11.聞き取り調査開始!
ガタンッという衝撃で目を覚まします。いつの間にか眠ってしまっていたようで、私は寝ている間に垂れていたヨダレをこっそりぬぐいました。うっ、恥ずかしい……。
周りを見回せば、同じ乗り合い馬車に乗車していた人たちが自分の荷物をまとめてぞろぞろと降りていくところでした。
慌てた私も、同じようにカバンを肩にかけて幌を押し開けて最後に飛び出します。
つんのめって転がりそうになるのを何とかふんばって、ゆっくりと視線を上げると――活気のある街の様子が飛び込んできました。
「ほ、本当に着いてしまいました……」
不安を胸に立ち尽くす私は、ここに至るまでの経緯を思い出します。
昨日、副隊長さんのお話しを聞いた私は、その足で商店街に寄り馬車のチケットを購入したのです。
そして自宅へ帰り、旅の荷物をまとめて、かまどの火が落ちていることをよくよく確認し、最後にお店に『臨時休業』の看板をかけてその日の内に出発しました。
行き先はもちろん、隊長さんにゆかりがあると思われるその街です。
それにしても、我ながらずいぶんと思い切った事をしたものです。
実をいうと今も緊張でガクガクと震えだしそうになるのを押さえるのに精いっぱいです。
道の真ん中で立ち尽くす私を、街の出入り口である門に向かう人たちが不思議そうな顔で追い越していきます。
人見知りの私がこうやって街の外に一人で出るだなんて、一週間前の私が聞いたら何かの冗談だと思ったことでしょう。ですが……
(何としてでも、この街で情報を掴みます!)
そう、私には成さねばならぬ事があるのです。自分が担がれようとしているのかどうかを確かめるためにも!
斜め掛けにしたカバンの紐をギュッと握りしめた私は、気合いを入れて一歩目を踏み出しました。引っ込み思案とか言ってる場合じゃありません!
馬車を下りた時から感じていたのですが、山あいに近いこの街の空気は私が住む街よりも少しひんやりとしているようです。
使われているレンガや木材も色が濃いようで、こうして城壁を眺めているだけでも圧倒されてしまいます。
(だ、大丈夫、何もやましいことはありません)
この街の騎士様が両脇に構える正面門をドキドキしながら通り抜けると、ようやく街並みが見えてきました。
私の街と同じような構造だとすると、この街にも西のはずれに騎士隊の詰め所があるのでしょう。ですが、今回の目的はそこではありません。
聞き込みの為に、カバンの中から折りたたまれた紙を取り出した私は、ガサガサとした触感のそれを広げました。
(えへへ、やっぱりカッコいい……)
思わずデレっとしてしまうそれは、自分の部屋から持ち出してきた隊長さんの姿絵でした。首から上のスケッチで、私が一番カッコいいと思う――つまり実物に一番近い一枚です。
こんな見知らぬ街でも安心感を与えてくれる肖像画を手に、私は鼻息荒く前進を始めました。さぁ、聞き込み調査の開始です!
ところが、話はそう上手くいきませんでした。
商店街と思われる通りを歩き始めた私は、さりげなく店先の商品を覗くふりをして店員さんの様子を伺います。なけなしの勇気を振り絞り、話しかけるのですが……。
「あの、ちょっとお尋ねしたいのですが――」
「…………。さぁ、そんな男知らないね」
姿絵を見せるのですが、どの方もちらりと見ただけでそっけない返事しか返ってきません。酷い時など客じゃないなら出て行ってくれと邪険に追い払われてしまったほどです。
「うぅ……。やっぱり怪しい」
あまり直観が鋭いとは言えない私ですが、こうあからさまな態度を取られればさすがに気づきます。間違いなく、この街の人たちは何かを隠しています。
そうして有力な情報を得られないままお昼に差し掛かった頃、レンガの塀に背を預けて思案していた私は、急に目の前を人影で遮られました。
「え……?」
見上げれば揃って同じような顔をした大柄な男性三人組が、こちらを取り囲んでいました。彼らはニヤニヤと笑いながら話しかけてきます。
「よう姉ちゃん、ちょいと顔貸してくんねぇか」
「ひっ……」
思わずすくむ私の手をとらえ、彼らは強制的に路地裏へと引きずり込みます。
精いっぱい抵抗しようとするのですが、途中からひょいと担ぎ上げられてまるで荷物のように運ばれてしまいました。
「っ……」
恐怖で声も出せません。一瞬意識が飛びかけるのを何とか堪えていますと、急に降ろされました。ふらりとよろめきそうになるのを、しっかりとした誰かの手が支えてくれます。
「あ、ありがとうございます……」
お礼を言って見上げると、そこに居たのは白い前掛けをかけた一人の女性でした。生きていたら私のお母さんと同じくらいの年でしょうか。かなりふくよかな体型でこの体勢ではかなり迫力があります。
こちらをジロリと見下ろした彼女は、チッと舌打ちを一つすると私をここへ連れてきた三人組を威勢よく怒鳴り付けました。
「あんたらね、ちょっとは女の子の扱いってもんを覚えな!! かーちゃんお前たちの将来が心配だよ」
「ひっ……」
反射的に身を竦めたのは私だけでした。三人組の息子さんたちは慣れているようで口々に喋り始めます。
「あンだよー、連れて来させておいてそりゃねーだろー」
「小遣いくれー」
「腹へったー」
「うるさいよ! とっとと行っちまいな!」
しっしと追い払うと、三兄弟はブツクサ言いながらも表通りへ戻っていきました。ため息をついたおかみさんは、路地裏の階段になっているところに座ると隣をポンポンと叩きます。
「ウチのバカ息子どもがすまないね。こっちへおいで、話があるんだ」
「え、と」
「取って喰いやしないよ。その男に関することだ」
その、と言うところで、私が固く握りしめたままだった隊長さんの絵姿を示します。
ゴクリとつばを飲み込んだ私は、ぎこちない動きで進み出て、ギクシャクと彼女の横に掛けました。
だ、大丈夫、いざとなれば護身用のアイテムもカバンにたんまり入っています。爆弾とか爆弾とか爆弾とか。
「アンタねぇ、どんな事情があるんだか知らないけど古傷引っ掻き回すような真似は勘弁してやっておくれよ」
「?」
どういうことか分からなくてちらりと見上げると、私の手からパッと絵を取り上げた彼女は、それを広げて固い表情のままこう呟きました。
「ウィルフレドの名はね、この街じゃもう何年も前から
ドキッとして思わず背筋が伸びます。それはどういうことか、とか、いったい何が、とか言葉を探して目を白黒させる私の様子を見ていたのでしょう。おかみさんはふぅっとため息をついてこう続けました。
「あんた、本当に何も知らないんだね。ここで話したら余計な波風を立てないでくれるかい?」
コクコクと何度も首を上下に振ります。路地裏の建物の隙間から空を見上げた彼女は、静かに語りだしました。
「ずいぶんと前、このスラム街には札付きのワルどもが居たのさ。大抵は身よりのない孤児たちで、街の住人が眉を顰めるような真似ばかりしていた……」
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