9.たとえお人好しと言われても
意気込んで尋ねますと、裏人格さんは呻くように抵抗しました。正気を取り戻そうとするようにしきりに頭を振っています。
「やめろ……ウィルは俺だ……消されてたまるか……」
「消すだなんて酷いことしません、私たちは平和的な解決法を探してるんです。そのためにはあなたの協力も必要になってくるのであって――」
もうこちらの話は聞いていないようでした、うつむいて唸る裏人格さんはひどく恨みがましい声を出していました。耳をすますとブツブツと呟いている事が聞こえてきます。
「誰も、俺に近寄ろうともしなかった……お前らが見ている、のは、俺、じゃない……偽善にまみれた偽物だ……」
「裏人格さ……えぇと」
呼びかけようとした私は、裏人格さんじゃあんまりな呼び方だと思い留まりました。ウィル、フレドさん、えぇと――。
「フレド、さん?」
「『俺』は要らないのか? 居てはいけないのか? 違うんだ、最初はこんなつもりじゃなかった……どうしていつの間に……して……」
それは、聞いているこちらの胸までかきむしられるような悲痛な声でした。苦しそうな呟きは誰に宛てるでも無く宙に放たれます。
「俺も……優しく在りたかった。どうして俺のままじゃいられなかったんだろう」
「あなたは……」
「誰か本当の俺を見てくれ……見つけてくれ……頼むから」
それっきり、カクリと落ちてしまいました。私は今の言葉の意味を考え立ち尽くします。感情に流されそうになったところで、あのバカにしたような声がよみがえりました。
――バーカ、こんな単純な演技に引っかかってんじゃねぇよ
また……嘘だったりするんでしょうか。確かに真実を話す薬を嗅がせはしましたが、でもこれはお父さんが作ったレシピを私が無理やりお香にアレンジしたのです。効き目のほどがどれほどの物までかは実証できていません。
「私は確かに騙されやすいですけど、裏を返せばそれだけ信じてみたいっていう事なんですよ……フレドさん」
ぽつりと呟いて意識のない身体を見下ろします。
お香の煙が薄れた頃になって、ようやく隊長さんは気が付いたようでした。
「ん……。チコリ君、何か聞き出せたか?」
まだまどろみの半ばに居る彼を正面から見つめていた私は、しばらくしてから固い口調でこう答えました。
「隊長さん、もう少しだけ日にちを頂いてもいいですか? 本当のことを確かめたいんです」
しばらくこちらを見つめていた隊長さんでしたが、どこか寂しそうに笑うと頷きました。
帰りがけ見送りながら、私は彼の服のすそを捕まえて、力強く言い切りました。
「また連絡します。何度も足を運ばせてごめんなさい。でも約束します、次できっと決着をつけますから」
***
翌日、私は街の中にある西地区の騎士団の建物へとやってきていました。
建物とは言いますが、広大な敷地の半分は鍛錬するための広場となっています。今も若手の騎士様たちが二人組になって打ち合いの練習をしているようです。
「……」
私はそれを建物の角から見つめ、冷や汗をかいていました。
お、思い立って来たのはいいですが、私はこの先どうするつもりだったんでしょう。隊長さんとは少しずつまともな会話が成立するようになって来ましたが(それだって、彼がとても聞き上手というのが大きいのです)自分が極度の人見知りということを忘れていました。
先ほどから通り過ぎていく騎士様たちが不思議そうにこちらを見ています。ゆっ、勇気を出してどなたかに声を、あぁぁでも、なんと声をかけたら。もしかしたら不審人物として捕らえられてしまうのでは――
「ばぁ!」
「びぃゃあああ!!!」
緊張していたところで後ろから肩を叩かれ、私は奇声を上げながら壁に抱き着きました。
涙目になりながら振り返りますと、そこに居たのは見知らぬ男の人でした。
この街ではよく見かける、私と同じような薄茶色の髪の毛をツンツンと立てていて、濃いめのブラウンの瞳が気さくな印象を受けます。
それでも大柄な体格や、胸を覆うシルバープレートのアーマーに圧倒されます。ずるずると壁伝いに崩れ落ちる私を見て、その人は慌てたようにこちらの腕を掴みました。
「おっとごめん。脅かすつもりは――無かったといえばウソになる。君あれだろ? 錬金術屋の女の子」
「へひぃ」
返事を返すつもりが胸の辺りでつかえ、変な音が喉から漏れ出します。すると彼はびっくりするぐらいの大声で笑い出しました。
「だはは、やっぱりそうだ。どうした? ウィルなら街の外に見回り出てるから午後にならないと帰ってこないぜ」
隊長さんの名前が出た事で、大暴れしていた私の心臓は少しずつ落ち着いていきました。自分の足で立つことには成功したのですが、その先が上手く切り出せません。それにしても、どうしてこの人……?
「お、なんでアタシの正体が分かったのかって顔してるな? なに話は簡単だ、悪霊に悩まされる隊長さんに君の店を紹介したのが何を隠そうこのオレ様って寸法よ。どうよ治療経過は、ちょっとはアイツの助けになってやれそうか?」
「ほぁ」
一人で質問してはそれに答えてくれるので、話がトントン進んでいきます。口下手な私にとっては場が持ってありがたいのですが、話のテンポについていけず返事をしようと思った時にはもう次の話題に進んでいます。
「オレが思うにありゃ仕事のストレスだな。クソ真面目だかんなぁ、何もかんも一人で抱え込みすぎんのよ。たまには息抜きで綺麗なねぇちゃんの居る店にでもパーッと行けって言ってんだけどな。あわよくばオレも連れて行ってほしい。そして奢ってほしい」
「き、綺麗なねぇちゃん……」
「おっと失礼、女のコに聞かせるような話じゃなかったな。でも安心しな、ヤツは見ての通りの堅物だろう? イメージが崩れるような真似は何もしてないさ。でもなぁ、ありゃ近いうちに胃に風穴あくぜ。まったく、無敵のスーパーヒーローが内側からやられてどうすんだって話だよなぁ? あははっ。で、何だったか、何なら早馬でも飛ばして呼んでこようか? 今日は大した報告も上がってないし、抜けて来れると思うよ」
「えっ? あ、あのっ」
「おーい! 手の空いてるやつ誰か居ないかー、ひとっ走り行って隊長を――」
「あのぉおおーっ!!」
必死で止めるため、思ったよりも大きな声が出ました。私と会ってから初めて黙ったその人は、ポカンとこちらを見下ろしました。私はどもりながらも何とかここに来た用件を伝えます。
「今日、は、隊長さんじゃなくて……っ、あなた、そうあなたに、用がある、のですっ」
オレに……と、小さく口の中でつぶやいた彼は、次の瞬間バネ仕掛けのような動きでのけ反りました。
「んぇぇ!? 予想外! え、なに、隊長じゃなくてオレ狙いだったの!?」
言葉の『あや』にハッと気づいた私は、慌てて首を左右に振ります。すると落胆したような彼はがっくりと肩を落としました。
「あ、違うの。そんな全力で否定しなくても……ちょっと傷つくぅ」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、そうじゃなくて、私、ウィルフレドさんの事を身近な人にお聞きしたくて、その」
焦りながら言うと、ぷっと噴き出した彼は苦笑を浮かべながら手招きをして下さいました。
「そういうことか。いいぜ、おいで」
なんと、副隊長さんだったらしいその人に連れられて、私は日当たりのいい丘の斜面へと導かれました。
腰を下ろすと打ち合いをしている若手の騎士様たちの様子がよく見えます。
木の剣を構えている彼らはこちらを気にしているようでしたが、副隊長さんがシッシと手を振ると目の前の相手に再び集中し始めました。
「まったく、ウィルが居ないからってたるんでやがる」
「あの……お時間取らせてしまって、ごめんなさい。勤務時間中ですよね?」
なんなら、空いている時間に出直しますけど。と、申し出ると、副隊長さんは満面の笑みで手を振りました。
「いーのいーの、ちょっとぐらいサボっても平気だって。オレ最強だし」
「はぁ」
「ま、それもアイツの次にって意味だけどな」
組んだ腕を枕に、斜面に寝っ転がった副隊長さんは「で、なんだっけ?」と、話を促しました。
「ウィルの事聞きたいんだろ?」
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