第7話

 葵のいない日々は、これまでよりもあっさりと過ぎ去った。課題をしている時、いきなり部屋の扉が開くこともなければ、プールや海水浴に誘われることもない。今までよりも思い出の少ない夏休み。

「疲れた……。ちょっと気分転換でもすっか……」

課題が一段落したので、適当な服に着替えて外に出た。夕日が山の端を燃やしているような空。葵は『山にミカンの皮がついた』って言ってた気がする。アイツの発想力と言葉のチョイスはどこから来てるんだろうかと考えながら歩いていると、こないだ葵と来た公園に赤い提灯が吊るされているのが見えた。

「夏祭りか。いつぶりだろ」

地元のというか、町内会の夏祭り。スーパーボール掬いやくじ引き、焼きそば屋などといった小規模な屋台がちょこちょこと並んでいる。少しの好奇心に引かれ、俺は小学生くらいの子供たちが集まる公園に独りで入った。

 昔と何も変わらない品揃え。公園の端に設営されたイベントテントでは、おじさんたちがビールを酌み交わし、わいわい騒いでいる。そんなところも変わっていない。

『こっち!』

『走らないでよ~』

手を繋いだ男の子と女の子が楽しそうに手を繋いで、公園の中を走り回っている。

 懐かしい記憶が揃う公園の中で、一つだけ違うところ。俺は、冷たい右手をジッと見つめた。


 ここの夏祭りに来る時、隣には必ず葵がいた。葵はすぐいなくなるからと、いつも右手は葵の左手と繋がれていて、ずっと二人で屋台を回っていた。葵が走れば俺も走って、葵が転べば俺も転んで。楽しいのと面倒なのと、両面の記憶が頭に戻ってきて絶妙な感情が心に湧いてくる。

「葵がいないと、ここもつまんねぇな」

寂しい右手をゆっくりと下ろして、ゆっくり家までの道を歩いた。祭囃子の音が遠ざかる度に、小さい頃の記憶が呼び起こされる。この音が聞こえなくなると、葵が家に帰ってしまう。小さい頃の俺は、それが淋しくて仕方なかった。今はそんな気持ちもないはずなのに、心はキュッと締め付けられて、虚しさが込み上げてきた。

「葵……」

零れた一言は、大きくなり始めた太鼓の音に掻き消された。

 空にはすっかり夜の帳が降りた。街灯の少ない暗い夜道から真上を見上げると、そこには夏の大三角が美しく輝いていた。

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