第6話

 両親が共働きで、半日以上を独りで過ごしているということもあって、受験生のくせにろくに勉強をしないでダラダラと過ごしている夏休み。気づけば、もうその夏休みも二週間が経っていた。

「騒がしいな」

大型車両の振動音と野太い男性の声で目が覚めた。時計を見ると九時を指している。騒々しさの答えを求めて濃紺の遮光カーテンを開けると、隣の家の前に大きなトラックが止まっていた。少し見える荷台には青色のカバーが掛けられた直方体と、いくつかの段ボールが乗せられていた。

「今日か……」

昨日の夕飯の時、母が言っていたことを思い出す。葵が東京に行くのは今日なんだそうだ。無感情でトラックの荷台を見ていると、視界の端で葵の家の扉が開くのが見えた。出てきたのはおじさんとおばさんと葵。三人とも、とても淋しそうな顔をしている。

「はぁ……。朝飯でも食うか」

カーテンを閉じようとした時、葵の視線がこちらに向いたような気がした。一瞬だけ見えた葵は、大きな目から大粒の涙を零していた。

 胸の奥が疼く。なにか忘れていることがある気がする。胸の奥がグルグルして、お腹がキュゥっと締まる。食欲は失せていき、頭の中がグワンと熱くなってくる。

「なんなんだよ」

俺はおかしくなってしまった胸を抑えながら一階に降りて、コップ一杯の水を喉に流した。ふぅ、と小さく息を吐いたときインターホンが鳴った。キッチンから見えるモニターには、さっき見えた葵の顔が映し出されている。さらに食欲が失くなっていく。微かだが、葵の口が動いたように見える。少しして葵が背中を丸めて、インターホンの前から離れて行った。それから数十秒後、車のエンジン音が聞こえてくる。その音は、俺の家の前を通り抜けてすぐ隣の角を曲がって離れて行った。

「なに言ってたんだ」

インターホンの再生ボタンを押して葵の声を再生する。

『こないだはごめんね。葵ね、修也に言いたいことがあったの。……修也――』

そこで録画は途切れてしまっていた。

「なに言いたかったんだよ」

聞けなかった葵の最後の言葉。分からないのはもどかしいが、特段、気になるわけでもないから終了のボタンを押して画面を暗転させた。

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