第13話 親友
俺はその日を境に、山本信二に少しづつ近づいていった。
あの少女を、つぐみを、俺のものにする。
これが俺の今後の人生のドリームでありサクセスとなった。
それには時間がかかるだろう。
けれど俺の座右の銘である、計画を立て実行し必ず成功してみせる、という言葉を実践する時が来たのだと思った。
それにはまず、つぐみが心を許す山本信二と仲良くならなければいけない。
ただ仲が良いだけでは駄目だ。
山本信二に心を許してもらわなければ先に進めない。
元々山本信二は俺に一日一回話しかけてくるぐらい、俺と絡みたがっていた。
友達になるのはわけない事だった。
俺は手始めに自分から山本信二に挨拶をすることにした。
「山本。おはよ。」
「おう。おはよう!鹿内。」
そんな挨拶から始まり、一言二言たわいのないことを付け加えた。
「今日の古典の予習やったか?けっこう難しかったけど。山本、お前出席番号的に当たるんじゃねーの?古典の山崎、そういうのうるせーぞ?」
「うわ!忘れてたわ。どうしようかな・・・」
「良かったら俺のノート貸すぜ。俺、昨日当たったから。」
「いいのか?じゃ、遠慮なく貸してもらおうかな。」
体育の授業のバスケで俺と山本信二が同じチームになったときは、積極的に信二にパスを回した。
信二がゴール近くにポジションを取ったときには、すかさず、的確に信二にボールをパスする。そして信二がゴールを決めるとハイタッチをした。
逆に信二が俺にパスしてきた時は、必ずゴールを決めて、ナイスパス!と声を掛けた。
山本信二という男は、言い方は悪いが、愛すべき馬鹿だった。
NHKのど自慢で堂々と下手くそな歌を大きな声で歌い切ることが出来るようなヤツだ。
人の言葉や行動を疑うということを知らない。
無条件に相手を受け入れ、騙されたと知ってもそんなことはどこ吹く風というスタンス。
俺と信二が漫才コンビだとしたら、信二がボケで俺がツッコミだ。
信二の見当違いの言葉を、俺が訂正して笑いが起きる。
教室では信二とその仲間たちの馬鹿話の輪に加わった。
その中の一人がエロ雑誌を持ってきて、好みの女をみんなで言い合った。
俺は女の身体なんて、中学の時から見飽きていたので興味はなかったが、他のヤツらと同じように、とある幼い顔をした女が際どい水着を着用したページを指さしながらエロ話に興じた。
なぜ他の男達は、こんな誰もが目にする雑誌なんかに肌を晒す女に欲情できるのだろう。
俺は、誰にも開けられない箱の中でそっと息を殺しているような、誰の目にもその姿を見せない絶滅危惧種のような女にしか興味ない。
そしてそれはイコールつぐみという少女の存在しかあり得なかった。
さらに俺は信二と同じ選択科目を取った。
本当は美術を選択したかったが、信二は音楽を選択した。
俺は担任が集めた選択科目の申し込み用紙を、担任がいない時を見計らって、人のいない放課後の職員室で盗み見た。
そして俺も音楽と書き換えた。
俺は好きなバンドの曲を聴いたりするのは好きだが、自分で歌うのは得意ではない。
ハッキリ言えば苦手だ。音痴なのだと自分では思っている。
ガキの頃から音楽の合唱という授業が嫌いで、いつも口パクで歌っているふりをしていた。
あの音符の意味がわからない。
どんな数学の公式でも歴史の年表でも頭にスラスラ入っていくのに、あのオタマジャクシのような形の記号だけはどうしても理解不能だった。
かろうじて音階とその音の長さだけは覚えた。
しかしその音程をとろうとしても、上手く声を調節することが出来ない。
家で鼻歌を歌っていたときも、よく陽平に「弘毅。音程がずれているぞ」と笑われた。
だからカラオケに誘われても絶対に行かない。
弱点はひたすら隠すに限る。
しかし音楽を選択してしまったのだから、必然的に合唱曲を歌わざるを得なかった。
信二は男性の高い方のパートであるテノール、俺は低いパートのバスを歌うことになった。
歌う合唱曲は、日本を代表する女性シンガーソングライターの歌で、人気ロックバンドのボーカルがカバーしたことでも有名な曲だ。
「あ~上手く音程が取れない!弘毅、教えて!」
俺と信二、そして数人の音楽を選択した男子生徒で集まり、駅前の料金が一番安いことで有名な「ウタデココ」という冗談みたいな店名の、カラオケ屋の一室で合唱曲の男性パートの練習をしていた。
料金が安いだけあって、そのサービス内容はすこぶる悪い。
部屋のテーブルには、前の客が注文したと思われる飲み物のこぼした水滴が水たまりのように残っていたし、壁が薄いせいで隣の客の演歌も丸聞こえだ。
しかしドリンクバーは無料で飲み放題。
味は薄くてまるで炭酸水のようなコーラやカルピスソーダだったが、それでも俺達は必ず3杯は安いプラスチックのコップにその飲み物を注いだ。
金のない俺達学生にとっては、オアシスのような場所だった。
「バスパートの俺に聞くな。誰か信二にテノールの音程を教えてやれよ。」
「わかった。信二、俺が歌うから良く聞いていて。」
小さい頃からピアノを習っているという、ひょろりとして色が白く丸い眼鏡をかけた、いかにもお坊ちゃん育ちという容貌の辻井翔が、率先してテノールパートを堂々と歌い上げた。
「え?ちょっとわからん。もう一回歌ってくれ。」
「仕方がないな~。もう一回だけだよ?」
辻井翔はそんな簡単なことも出来ないのか、とでもいうように得意げに手を指揮者のように振ってみせた。
音楽の選択科目を通じて俺と信二はいつしかファーストネームで呼び合うようになっていた。
そして信二の側にいることで、俺自身の友達も増えた。
とかく孤立しがちの俺にとって、それは予想外の収穫だった。
俺も歌は上手くないが、信二はそれ以上の音痴だった。
「お前、どうしてそんなんで音楽を選択したんだよ?」
俺は信二にそう問いただした。
「だってみんなで声を合わせて大きな声で歌うのって楽しいだろ?
俺は大声を出すのが大好きなんだ。」
たしかに信二は野球部の練習中でもグラウンドに響き渡るくらい、一番大きな声を出している。
それは俺が信二を尊敬するところのひとつだった。
「そういう鹿内はどうして音楽を選択したんだよ?」
いつも太宰治やら谷崎潤一郎を愛読書にしている久喜徹郎が俺にそう尋ねた。
「たしかにお前の声は低くていい声だけどさ。
なんか意外だったよ。弘毅ってクールだから、熱を入れて歌う合唱なんてアホらしくてやってられない、とか言いそうだもんな。」
そう信二がまぜっかえす。
俺だって本音は合唱なんてやりたくなかったよ、と心でつぶやく。
「・・・お前が音楽を選択したからだよ。」
俺は信二を指さしてニヤリと笑ってみせた。
嘘ではない。半分は本当の事だ。
「弘毅、お前・・・いきなりデレるなよ。照れるだろーが!」
信二はまんざらでもない顔をして、俺の首に腕を回してプロレス技をきめようとしてきた。
「いいから、練習するぞ!音程が外れると、俺達だけ目立つだろ?」
「ほいほい。」
野郎だけ集まって、カラオケ屋で歌の練習も悪くない。
つぐみのことを抜きにしても、俺はこの山本信二という男に惹かれていった。
信二が太陽なら俺は月だ。
月は太陽が照らしてくれて初めて輝きを増す。
信二と言う太陽に頼らなければ、つぐみという美しい地球から俺の輝きを見せることができない。
ただ、俺はつぐみとの出逢いにひとつのルールを課した。
信二には直接的に頼らず、あくまで自然な出逢い方をする、ということだ。
それが何の疑いもせず俺と友達になってくれた信二への、精一杯の誠意だと思った。
俺とつぐみはいつ出逢うことが出来るのだろうか?
つぐみにとって俺は逢うべき人間になれるのだろうか?
いや、俺達は絶対に出逢う。
俺がその糸をたぐりよせてみせる。
どれだけ時間がかかっても、絶対に・・・。
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