第7話 高校

入学した都立白咲高校は伯父の家から歩いて20分くらいの場所にあり、俺は徒歩で通学していた。


地元ではそれなりに有名な進学校で、制服も中学の時の学ランから、グレーのブレザージャケットに茶系のタータンチェックのズボンという洒落たものだった。


実家からかなり離れた場所にあるので、当然見知った顔はひとりもいない。


しかし中学のときから独りでいることに慣れていたので、愛想の無い俺に友達が出来なくても特に何も感じなかった。


どこで情報を仕入れてくるのか知らないが、どこにでも事情通の人間はいるもので、中学時代の俺の素行はもう学校中に知れ渡っているようだった。しかしそんなことは別にどうでもよかった。


俺はすぐに野球部へ入部届けを出した。


中学の時は途中退部してしまったので、高校では3年間やり通そうと自分の中でそう誓った。


白地に黒のオーソドックスなユニフォームだが、再び腕を通せたことに喜びを感じていた。


広いグラウンドを毎日10周走ることも、キツい腕立てや腹筋などの筋トレも、先輩に言われて行うグラウンド整備や荷物運びも、身体を動かすことが好きな俺にとっては全く苦しくなかった。


練習に熱中していると、頭より身体の方が勝手に動き、筋肉や肺活量の発達が日に日に鍛えられていくのを感じて、家に帰ると心地よい疲れが俺を早い眠りに誘った。


野球部には俺と同じクラスメートの男がいた。


クラスのムードメーカーのようなヤツで、そいつは必ず一日に一回は俺に声をかけてきた。


俺とは正反対の、快活で何かというと大声で叫び、笑い、いつも多くの友人に囲まれていた。


遠足や体育の授業でグループを作るときは、一人ぼっちの俺に声をかけ、仲間に入れてくれた。


しかし俺はその男をクラスでも野球部でも、一番苦手なヤツだと感じていた。


その暑苦しい親切は、孤独な俺へ手を差し伸べることで自己満足しているのだと解釈していた。


そのクラスメートの男は、山本信二という名前だった。


伯父の家から近い公立高校へ確実に入学できるように、偏差値より若干低めの高校を選んだので、勉強で困ることはほとんどなかった。


放課後は野球部で練習や筋トレに精を出し、雨で部活が中止になった時は図書室で予習をした。


復習は家で行ったが、簡単に教科書とノートを読み返すだけで内容は脳内に苦も無くインプットされていった。


また、俺は余裕があるときは、歴史の本を読み漁った。


中学生活での恩師である流川の影響で、社会科、特に歴史に深く興味を持ち始めていた。


流川の好きだった吉田松陰の言葉は俺の座右の銘になった。


「夢なき者に理想なし 理想なき者に計画なし 計画なき者に実行なし 実行なき者に成功なし 故に夢なき者に成功なし」


俺にはまだ明確な夢や理想などない。


しかし、漠然と流川恭介のように、俺みたいなはぐれた人間の気持ちを推し量れるような仕事に就きたいと思い始めていた。


いつか自分の夢や理想を見つけられた時の為の手段として、勉学に励むことは悪いことじゃない。そして自分の実力を知るのに、テストというシステムは最適だった。


俺はテストの成績を上げる為に計画を立て、実行し、着実に成功という名の点数を手に入れるようになった。


成績はどの教科も3番以内に入り、教師からの信頼を得ていった。


元々自分の実力より低い高校に入ったのだから、俺にとってそれは当然のことだった。


だが神宮司美也子という校内でも才色兼備と名の高い女子生徒だけには、成績で勝つことが出来なかった。


昼休みはひとり屋上で、購入したパンや弁当などの昼食を取り、余った時間は仰向けに寝転んで、文庫本を読んだり、高く青い空を見上げて過ごした。


あの女から解放され、身体と心を縛っていた鎖が外れ、俺は初めての自由を満喫していた。


淋しさなどは全く感じなかった。


独りの方が気楽でいい。


俺は教室で、誰にも興味を持つことなく、本を読んだりイヤホンで音楽を聴いて過ごした。


そんな俺に関心を持つ女子生徒も少なくなかった。


野球部のエースで成績も上位にいる俺を、桃色のフィルターを通して見ている。


ただ無駄口を叩かないのをミステリアスだと勘違いしている。


馬鹿らしい。


そんな少女漫画の男みたいな役割を与えられるなんて冗談じゃない。


「付き合ってください!」


「鹿内君のこと気になって眠れないの。」


「連絡先、交換してくれないかな?」


何度も告白らしきことをされた。


中途半端な優しさは相手に無駄な期待を持たせてしまう。


俺はわざと突き放すような言葉を選んで、それらを冷酷に拒絶した。


「俺、アンタのことなんとも思っていないから。」


「もっと他のことを気にすれば?」


「迷惑だからそういうこと聞いてこないでくれる?」


玉砕した女子生徒達は俺を「女嫌い」と認定して、その後は頻繁にそういうことを仕掛けてくる女はいなくなった。


それでも陰でコソコソ見ているような女はいたが、どの女もみな同じに見えた。


女は俺の身体の上を通り過ぎていくだけの存在、その思いは環境が変化しても、俺の心の奥深くに染みついた泥のように広がっていた。


中学時代での女との経験は、俺にとって勲章ではなく黒歴史。


だから同じ高校の女と付き合うなんて、この時はまだ考えたこともなかった。





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