死んだ母が遺した3つのしゃもじ

古びた望遠鏡

第1話

うちの家は代々続くしゃもじ屋だ。そうは言っても炊飯ジャーから米をとるしゃもじではなく、人の健康、運などを祈願するためのお守りのようなしゃもじを作っている。


今は親父と二人暮らしで俺は親父の仕事を手伝いながら一人前の職人になれるよう努力している。母親は俺が3歳の頃に癌で亡くなってしまった。顔や声は覚えているが、どんな話をしたかはあまり覚えていない。父親いわく、母はしゃもじ作りの名人だったという。買った人からの評判が良く、購入者は母を訪ねて感謝を述べたという。


そんな名人の母は俺に3つのしゃもじを遺した。そしてそのしゃもじは今の俺の生きる意味でもある。



俺が母のしゃもじについて知ったのは5歳の頃だった。その時俺は重い病気にかかっており、仮に助かっても後遺症は残る確率が非常に高いと医者から言われていた。


父が暗い顔をして医者の話を聞いていたので状態が良くないのは子供ながらに理解していた。入院生活が続く中で父が家からしゃもじを持ってきた。母が生前に最後に作ったものだという。


「お父さん。これなんて読むの?」


「これはけんこうって読むんだ。母さんが作ってくれたんだから必ず良くなるよ。」


健康の読み方も知らなかった歳だったからしゃもじの意味や使い方もよくわかっていなかった。でもあのしゃもじが届いてから誰かに守られている気がしていた。安心感と愛情が伝わってきていた。


状態は最悪だったものの、俺はあのしゃもじのおかげで恐怖や痛みを耐えられた。そして1年間の闘病を経て俺は奇跡的に後遺症もなく、日常へ戻ることができた。この頃だろうか俺がこのしゃもじには特別な力があると思い始めたのは。


また驚くべきことに闘病生活が終わるとあの健康のしゃもじはどこかへ消えてしまったのだ。まるで役目を終えたかのように。





次にしゃもじが俺を救ったのは中学生の頃だった。その頃の俺はやること全てが順調で初めて彼女もできた。あの頃はとても楽しく、やる気にも満ち溢れていたから今思うと、少し浮かれていたのかもしれない。


今でも思い出す。あれはクリスマスイブのことだった。うちはクリスマスツリーにしゃもじを飾るのが通例だった。そのため俺は蔵でツリーとしゃもじを探していた。そしてその時に俺は二つ目のしゃもじを見つけた。しゃもじには「運」と書かれており、持つと運気が入ってくる気がした。縁起がいいと思ったから俺はツリーにそのしゃもじをつるした。これが命を助けるとも知らずに。


クリスマスイブは彼女と過ごして夜の10時くらいになって解散したのだが、俺は家の門限の10時をすっかり忘れていて親父からの怒りのメールを見て自転車のペダルを大慌てに漕いだ。路面には少しの雪があって滑りやすくなっていた。その時の俺は親父への言い訳を考えており、気をつけて運転することは頭の片隅にもなかった。


目の前の信号が赤に変わりそうになった時、普段は停まっていたがその時は停まらなかった。スピードが出ていたので停まりたくなかったのである。そして横断歩道のちょうど真ん中あたりに差し掛かった時、寒さで凍った路面にタイヤを滑らして転んでしまった。道路に叩きつけられて動けずにいると俺のすぐ横には大型トラックが突っ込んできていた。俺は起き上がらずにそのままふせて車体と地面の間に身を縮めた。それが功を奏し、俺はまたもや奇跡的に助かった。


家に帰り、親父からの叱責を受けた後、まさかと思い、クリスマスツリーをのぞくとあったはずの「運」のしゃもじが消えていた。俺は数年前のことを思い出してしゃもじの効果を再び実感することとなった。






最後のしゃもじは高校3年の受験期だった。俺は志望校合格のため必死に勉強し、もうちょっとで合格ラインというところまできた。ライバルは多いが、この時の俺はあるものを発見しており合格を確信していた。そのあるものとはもちろん母からのしゃもじである。


3つ目のしゃもじには「必勝」と書かれていた。おそらく母はこの受験期を見越して作ったのだろうとこの時の俺は信じ込んでいた。今までのしゃもじの効果を知っていた俺はもちろん合格するだろうと信じて疑わなかった。


そして合格発表の日。俺は不合格だった。特にテストで大きなミスをしたわけではなかった。油断もなかった。なのに俺は落ちてしまった。その時の感情は悲しみと悔しさと母のしゃもじに対する裏切られた気持ちと怒りだった。


俺は帰宅して自室に行き、しゃもじを確認した。しゃもじは俺の勉強机の前にあった。しゃもじは消えていなかったのだ。そして俺はそのしゃもじを持って下に叩きつけようとした。その時に俺は後ろから腕を掴まれてしゃもじを取り上げられた。振り向くとそのには父がいた。俺はなんでか知らないが涙が出ていた。父は何も言わずに俺を抱きしめた。父のふところはとても温かく、温もりを感じた。少し落ち着いて俺は父にしゃもじについて聞いてみた。なぜ今回はしゃもじが消えていないのかと。


「それは今から話す。ずっと言っておかなければならないと思っていたんだけど言えなかった。このしゃもじと母さんのことについて。」


父は遠くの母を見つめながら話し始めた。このしゃもじの完成秘話を。





「ねぇ。私ってもう長くないでしょ。だからこの子のためにしゃもじを作ろうと思うの。」


律子はそう言ってしゃもじを作り始めた。この時律子は余命数ヶ月と診断されて、最期の時を過ごすため一人息子の勝の面倒を見ながらしゃもじを作っていた。


「このしゃもじにはなんて書くんだい?」


「それはもう決めてあるよ。1つ目は健康。この子が小さいうちに病気になったら効果を発揮するよ。2つ目は運。これは中学生くらいかな。きっと調子に乗って交通事故でも起こしちゃうだろうから。3つ目は1番重要な必勝だね。この必勝は一生続くようにする。きっとこの子も壁に当たる時もくるでしょう。でもその時に負けて欲しくない。その壁を乗り越えてほしい。だから一生私はこのしゃもじからこの子を見守るの。」


彼女は満面の笑みでこう話した。きっと願いは届くよ。そう言って俺は彼女を抱きしめた。






この話を聞いた時、俺はしゃもじに関する全ての謎が解けた。そして俺は今までの人生を振り返ってみた。ずっと母さんに守られ続けた人生だったことがよくわかった。母さんはずっと俺を見ている。今もこれからもずっと。


そして俺はこの時に職人になることを決めた。進学もやめてひたすらしゃもじ作りに打ち込んだ。そして今、父が引退を決心して俺はこのしゃもじ屋を継ぐことになった。二人の思いを引き継いで俺は人を助けられるしゃもじを作ることを天国の母に誓った。すると空から一つのしゃもじが落ちてきた。

拾ってみるとそこには「ありがとう」と書かれていた。

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死んだ母が遺した3つのしゃもじ 古びた望遠鏡 @haikan530

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