第2話 池田盛周 Begin
――全ての始まりは二年前まで遡る。
当時の俺は何も知らず、ただ今世の親父とお袋が死んだという知らせを聞いて呆然としていた。
そして、その知らせを持ってきたのが親父の秘書を名乗る『葛城朱音』という女性だっだ。
その後は、あれよあれよという間に喪主が俺、というのは当然だが、知らせを持ってきた彼女があっという間に段取りを終わらせて、葬儀と告別式が行われた。
そのこと自体は助かったのだが、なぜ彼女がそこまで尽くすのか分からなかった俺は、そのことを彼女に聞いてみた。
すると彼女は――。
「あのお方には、多大なる恩義がありましたから……」
と、はにかみながら俺に答えてきた。
その時の彼女の笑顔は、葬儀の段取りをしている時のキリリとした綺麗な姿とはまた違って、可愛らしい女性なんだな、と思ったことを覚えている。
だが、今となっては、彼女が親父を慕っていたのは本当だとしても、それでも
事実、彼女が最初に親父たちの死を伝えてきた時も死因は事故死などと言ってきたが、実際の死因は他殺。正確に言えばレッド・ルビーとの最終決戦に敗れての敗死だというのだから救いがない。
その事実を俺が知ったのは葬儀も終わり、四十九日も終えて身辺の整理もある程度済んだ後の事だった。
……因みに、彼女は葬儀を終えた後も、何かとこちらに対して親身に接してくれていた。
親父やお袋の遺品整理や、手続きなど何から何まで手伝ってもらったことから、大首領と部下という立場になった今でも、彼女には内心頭が上がらない。
尤も、本当にそんな行動をしようものなら、彼女が悲しそうな顔をして、頭をお上げください。と言ってくるので、したくても出来ないのだが……。
それはともかくとして、あの日は夏の暑い、とはいってもちょうど台風一過ということもあり多少は涼しくなっていたが、まぁ、そんな日だった。
ここは盛周の、正確にいうなら彼の両親が所有していた自宅。しかし両親の死後、彼が所有を引き継ぐ形で、現在一人暮らしをしている。
だが、今日は、というよりも今日も、というべきか。この家に彼以外の人影があった。
その人影、深紅の髪をストレートに伸ばし、切れ長の理知的な瞳、全体的に整った顔立ちと、さらには男好きするだろうグラマラスな身体を彼女の髪と同じ深紅のスーツで包んだ、一言でいうなら出来る女を現実に具現化したような女性。
彼女の名は『葛城朱音』
約二ヶ月ほど前に盛周の元に、両親の訃報を届けると同時に、以後彼の手伝いのために、影に、日向にと働いていた才媛である。
そんな朱音に盛周はありがたい反面、彼女のような――盛周にとって今世は二度目となることから、年齢を考えても意味はないかもしれないが、それでも今年十五になる今世の彼からすれば、一回り近い年上の大人の色香を漂わせる――美女に見つめられるのは流石に具合が悪い。
しかも、彼女ほどの美女が真剣な眼差しではあるが、その中に微かに親愛の情が籠められているのだから、なおさら質が悪い。
ふとした拍子に、彼女は自身に気があるのではないか? と勘違いしそうになる度、盛周は頭の中の煩悩を払うのに苦心していた。
そんな盛周は、彼女の肢体を見る度に無意識のうちに湧いてくる唾をごくり、と呑みながら彼女に話しかける。
「そ、それで? 朱音さん、今日は一体どんなご用事で……?」
「わたくしのことは呼び捨てで良い、と言っておりますのに……」
どこか残念そうに呟く朱音は、すぐに居住まいを正すと盛周に語りかけてくる。
「いつか、わたくしの名は呼び捨てにしてもらうといたしまして……。それよりも、本日は盛周様にお願いがあって参りました」
「お願い、ですか? それと、俺の名前こそ呼び捨てで――」
「なりません――!」
自身の名こそ呼び捨てで良い。そう言おうとした盛周だったが、そのことに彼女は机を力強く叩きながら彼に詰め寄るようにして否定する。
期せずして二人は、それこそ、そのままキスが出来るほどに顔が近づけることになる。
そのことに気付いた二人は羞恥で顔を赤らめると即座に離れる。
そして、朱音は気まずい空気を払拭するために咳払いする。
「ごほん、んん。……盛周様のお名前については後でご説明するとして。お願いをする前に、一つお話をしなければならないことがあるのです」
「お話……?」
「はい。……その、お話とは、お父上とお母上についてなのですが」
「親父とお袋……? 二人がどうしたんですか」
自らの両親のことと言われ、疑問を覚える盛周。疑問顔を浮かべる盛周に対して朱音は謝罪とともに頭を下げる。
「申し訳ありません、盛周様」
「急に謝ってどうしたんですか? 朱音さん」
「実は、ご両親は事故死ではないのです」
「……なんですって?」
「本当は、あの方々は
彼女の言葉に驚いた盛周は問い詰める。
「……はぁっ! 誰に、なんで、どうしてっ!」
その盛周の質問に、朱音は、彼女は机を悔しさを滲ませて、血を吐くかのように言葉を絞り出す。
「バルドルのレッド・ルビーに……。今一歩のところでしたのに、無念にございます……!」
「バルドルのレッド・ルビー……! ん……? レッド・ルビー?」
朱音の言った下手人の名を噛み締めるように鸚鵡返しする盛周だったが、それがとんでもなく場違いな、所謂正義のヒロインの名前であったことに困惑する。
困惑する盛周をよそに、朱音はなぜそうなったのか、その経緯を説明する。
「そもそも、貴方様のご両親、表向きは研究者として名を馳せておられましたが、それは世を欺く仮の姿にすぎません」
「……仮の姿?」
「ええ、そうです。ご両親の、あの方々の真なる姿。それは、偉大なるバベル。秘密結社バベルの大首領と副首領であられました」
両親の、父と母の正体を聞いて絶句する盛周。それと同時に、二人の葬儀を行った時と前後して、メディアでバベル壊滅の報が駆け巡っていたことを思い出す。
つまり、それは、彼女が冗談やドッキリを言っていないのであれば、それが寸分ない事実であることを端的に示していた。
――冗談じゃない。それが本当だとするなら……。
そもそも両親が世間一般での悪党に該当するから、仇討ちなど論外で、怒りの矛先を何処に向ければ良いのか。と、そう思う盛周。
盛周の思いをよそに、朱音の話はさらに続く。
「それで、なのですが。盛周様には亡きご両親の遺志を継ぎ、新たなる大首領となって頂きたいのです」
「……は? 待って、ちょっと待ってください。俺が大首領? バベルの?」
「左様で御座います。我らの新たなる大首領、それは盛周様を於いて他に居られません」
「えぇ……」
朱音の説明に、盛周は先ほどとは別の意味で、困惑する。
即ち、秘密結社の首領って世襲制なんだ。とか、バベルは壊滅したのでは? といったような具合で。
そんな盛周の考えが分かったのだろう。朱音は彼の逃げ道を塞ぐように疑問に答えていく。
「そもそも先代大首領も、後継は盛周様である。と何度も仰られておられました。それに、バベルも大首領と副首領は身籠られてしまいましたが、大幹部はわたくしも含め少数生き残っておりますので、大筋では問題ありません」
「あっ、やっぱり朱音さんは偉い立場だったんですね」
盛周の場違いとも言える言葉――本人自身、現実逃避ぎみに発している――を聞いた朱音は、照れ臭そうに顔を朱に染める。
そして彼女は誤魔化すように盛周に早口で捲し立てると彼の手を握る。
「と、ともかく! 盛周様には一度、バベルに来て頂きたくっ!」
「ちょ、ちょっと。朱音さんっ!」
その後、盛周は朱音が用意していた送迎車に無理矢理押し込まれ、家を後にすることになる。
もしも、あの時。彼女の手を振りほどくことが出来ていれば……。いや、これは考えても詮なきこと、だな。
どうせ、彼女は俺のことを諦めなかっただろうし、何より俺も、親父たちの本当の目的を知った時点で断る、という選択肢は取れなくなるのだから……。
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