筑波岳神の妻問い~神祖尊は歌垣で筑波岳神の嫁を拾う

仲津麻子

第1話新嘗祭

「たのもう! たのもう!」


筑波岳つくばのやまの入口で声を張り上げているのは、神祖尊みおやのみことである。


彼は駿河国の福慈岳ふじのやまと、この常陸国の筑波岳、二神の親神おやがみに当たる。諸国の神々に会うため、巡り歩いている旅の途中であった。


 つい先ほど、福慈岳で、一夜の宿を請うたのだが、あいにく新嘗にいなめの物忌みとて断られてしまった。


 いかに日本ひのもと一と言われる霊峰だとしても、神祖みおやなる我を、戸口で追い返すとは、なんという思い上がりか。


 怒り心頭、呪詛を吐いてみても、霊山の戸口は開かない。

しかたなく東へ下り、筑波岳へ来ていたのだ。


 ここでも追い返されたら野宿しかない。

秋の収穫も終わって、冬の寒さが迫って来ている霜月しもつきのこと。神の身なれど、さすがに凍えるだろう。


「たのもう!」


「戸口で叫ぶのは、どなたかな」

神祖尊が十度も、二十度も叫んだあげくに、ようやく、おっとりしたいらえがあった。


「我だ、神祖尊だ」

「おお、神祖尊か、お久しぶりでありますな」

「もう日が落ちるというのに、すまぬな。頼みがあって来た」


「そうですか、どうぞお上がりください。本日は新嘗の祭ということで、いささかあわただしくしておりますが、お許しくださいよ」

「かまわん、やしろの隅にでも泊まらせて欲しいだけだ」


「なんと、それなら隅などとおっしゃらず。歓迎いたしますよ。

酒肴しゅこうの用意もさせましょう。山中には温泉もありますから、お疲れも癒やされましょう」

筑波岳の神は、嬉しげに笑いながら、神祖尊を招き入れた。


筑波岳の神は、御山そのものが神であるため、普段は人の形はしていない。しかし、神祖尊に敬意を払い、今は若い偉丈夫の姿を取っていた。



 ゆったり温泉につかり、旅のほこりを落とした神祖尊は、やしろの奥にある至聖所しせいじょに招き入れられた。最も格式が高い神聖な部屋である。


 そこには、大きな卓がしつらえられて、上にはたくさんのご馳走が並んでいた。

 シシ肉、キジ肉、ワカサギにウナギ。大根、牛蒡に、山の芋、栗、柿、福来ふくれみかん…… 近隣で採れる食べ物が山と盛られていて、澄んで清らかな米の酒も添えられていた。


「急いで準備しましたので、至りませんが、どうぞお召し上がりください」

筑波岳の神は、自ら酒を注ぎ、神祖尊にすすめた。


「これは 旨い酒だな」

「お気に召しましたか、御山の湧き水で仕込んだ酒です」


「なるほど、霊気が込められておる」

「料理もどうぞ、シシ鍋が煮えて来ましたよ」


「ありがたい。その前に、酒をもう一杯」

よほど筑波の酒が気に入ったのか、神祖尊は杯を重ねていった。


 やがて、酔って興が乗った神祖尊は、暖かいもてなしに感謝して、言祝ことほいだ。


愛乎我胤はしきかもわかみこ 巍哉神宮たかきかもかむみや 天地並斉あめつちのむた 日月共同ひつきのむた 人民集賀ひとくさつどひことほぎ 飲食富豊おしものゆたかに 代々無絶よよたゆることなく 日日弥栄ひにけにいやさかえ 千秋万歳ちよろづよに 遊楽不窮たぬしみきはまらじ 

※常陸風土記より


(愛しい我が子孫よ 高い神宮は天地に並び、日月ともに 人々が集い口々に祝い 豊富に飲み食いして 代々絶えることがない 日々栄え いつまでも楽しみは尽きない)

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