初恋は、義理の兄でした

@Saya_210

僕に家族が増える話

 雲一つない晴天。駅前のひまわり畑は輝く太陽の光を受けて、意気揚々と咲いている。


「じゃあ、光! また夏休み明けな~!」


 明日から、夏休みだ。午前だけで終わった授業。最寄り駅前で友人に手を振って別れる。肩からずり落ちそうなエナメルバッグを担ぎなおして、僕はバスに乗る。冷房の効いたバス車内。おじいさんおばあさんが数人いるだけで、空席が目立つバスの最後尾の席に座っていた。


 もう、高三の夏だ。「青春」の代表格である高校生活も終盤戦。僕は、人に相談できないような悩みを抱えていた。

 周りの友人たちは色恋の話が目立つ。彼女が出来たとか、片思いをしている相手に告白するタイミングを見計らっているだとか。


 「光はさ、好きな相手とかいないのか?」


 クラスメイトの問いに、僕は決まって首を横に振る。

 僕の悩みはただ一つ。

 僕、浅賀光は人生で初恋というものを経験したことがない。恋というものそのものが、僕にはまだ未知の領域だった。


 もちろん、アイドルとかモデルの女性をかわいいな、とか、きれいだな、なんて思うときはある。しかし、その人が好きかと問われると、僕は頷けないのだ。


「ただいま~」

「光、お帰り。アイスあるよ、食べる?」

「本当? じゃあ急いで手を洗ってくる!」


 家に帰ると母さんが出迎えてくれた。疲労で重かった足取りも、アイスという言葉一つで軽くなってしまうのだから、人間というものは単純だ。


「あ、僕の好きなアイスじゃん」

「光、食べながらでいいんだけど、聞いてほしいことがあるの」

「何?」


 食器棚からスプーンを取り出して、椅子に座る。カップアイスの蓋を取りながら、母親に聞き返した。


「母さんね、再婚しようと思うの」

「え?」


 僕の家は、所謂母子家庭だった。小学六年生のとき、両親は離婚した。今にしては少し古風な考え方を持つ父親に厳しく育てられ、学校に通うことすら苦痛になってしまった僕のことを考えて、母さんは離婚を決意した。

 それから母さんは高三まで僕を女手一つで育て上げてくれた。高校に入ってからは、少しでも支えになれば、とバイトを始めて少しだけ余裕が生まれた。

 僕は、あの父親が大嫌いだった。勿論、母さんが再婚を検討していたのは知っている。いわゆる彼氏的な存在の人がいたことは、事前に知らされていた。


「……いい人なの。向こうにもお子さんがいるんだ。光より、二歳上かな」

「母さんがいいなら、僕はいいよ」


 母には、きっと躊躇いがあったのだろう。本来の父親に嫌悪感をしめす僕を一番そばで見てきたのは母だった。僕の人生の中で、父親というものが消滅してからもう六年が経とうとしている。今更父親という存在が追加されたところで、人間関係が上手くいくかどうか、少しだけ心配している僕がいた。そして、母はそんな僕の気持ちを、わかった上での発言だったのだろう。


「光、明後日空いてる?」

「うん、明後日はバイトもないし、大丈夫」

「母さんは明後日、初めて向こうの息子さんと会うのだけど、光も来る?」


 両者が再婚をしてから相手を知るよりも、再婚する前に知っていた方がたとえ地獄でもいくらかマシだ。今は高校三年生の夏。そのうち受験勉強が本格化する。流石にどんな親であろうと受験勉強くらいは優先させるだろうし、実家に住むのもあと少しだと考えれば、耐えられる気がした。


「……僕も行くよ」

「ありがとう。光、これだけは言っておくわ。そんなに恐れなくて大丈夫よ」


 そう微笑んでいった母親は、僕の心を見透かしているような目をしていた。

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