第11話 帰ると見せかけて
「あら?どうされたのですか?ひょっとするとローレンス様は今日はシェリル様に会いに来たわけではなく、旦那様と奥様に会いにいらしたのですか?」
メイド長が不審げな眼差しで僕を見て来る。
「ま、まぁそんなところだよ。でもシェリルの気分が優れないなら、本当は顔を見ていきたいけれど‥‥誰にも会いたくないと言ってるなら諦めるしかないね」
「ええ。是非そうして下さいな。旦那様も奥様も不在ですし」
「…随分僕に早く帰って貰いたいみたいだね?」
メイド長のあまりの態度につい、恨みがましい言い方になってしまう。
「ええ、そうですよ。お嬢様の気持ちが最優先ですから」
あっさり言い切られてしまった。
すると、トニーが僕の腕を引いて耳打ちしてきた。
「ローレンス様。ここは一旦帰りましょう」
え?!帰るだってっ?!折角2度目の来訪なのに、又何も得られないまま帰ろうと言い出すのか?!
トニーに対する怒りがこみ上げてくる。
「どうも失礼致しました。ローレンス様、帰りましょう」
「ええ、気を付けてお帰り下さい」
メイド長の少しも心の籠らない声で僕たちは見送られた……。
****
「どういうことだよ!トニー!」
屋敷から離れ、馬車が待機している正門にトニーと並んで歩きながらに文句を言った。
「落ち着いてください、ローレンス様。誰が本当に帰ると言いましたか?」
トニーが辺りを警戒しながら小声で僕に囁いた。
「え?違うのか?」
「ええ、勿論です。あれはメイド長を油断させる罠ですから」
「何だって?」
この僕でもメイド長に太刀打ち出来ないのに、そんな相手を罠に掛けるとは……恐るべし、トニー。
「油断させて、帰ったと見せかけてシェリル様のお部屋へ行くのですよ」
「本気なのか?そんなこと出来るはず無いだろう?大体、どうやって屋敷に忍び込むんだよ」
いつの間にか僕たちは足を止めて、庭のど真ん中で見つめあって話をしていた。
「誰も忍び込むとは言っていないじゃありませんか。確かシェリル様のお部屋は1階の中庭に面していましたよね?」
「そうだけど……あ!まさかっ!」
「ええ、その通りです。中庭から侵入するのですよ。そして部屋の中にもしシェリル様がいらっしゃれば窓をコンコンとノックして呼びかければいいのです」
「成程……確かに中庭からなら行けるかもしれない。けれど…もしシェリルに見つかって叫ばれたりしたらどうしよう。あっという間に捕まって、この屋敷の使用人たちが見守る中、『貴方なんか大っ嫌い!今すぐ婚約破棄しましょう!』と叫ばれてしまったらどうしよう?」
そんなことを言われてしまえば、僕は許婚の役目を何も果たせないままシェリルと別れてしまうことになってしまう。
「ローレンス様は本当に自分に自信が無いのですね…。まぁそれも良しとしましょう。仮に自信満々でシェリル様に会いに行って『大っ嫌い!』と言われてしまうよりも心の傷は小さくて済むでしょうから。ではシェリル様のお部屋を目指しましょう」
「あ、ああ。そうだな」
ちっとも良くは無かったけれども、トニーの言葉にうなずいた。
まずは一度、シェリルと会って話をしないと……このまま彼女とお別れしてしまえば僕は一生後悔してしまいそうだ。
シェリル、僕の姿を見ても…どうか拒絶しないで欲しい。
こうして僕たちは辺りを警戒しながら中庭へ向かった――。
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