結尾美織はみそ汁が飲めない!

織部

第1話 プロローグ

私は、みそ汁を飲んだことがない。

 26年間の人生で口に触れたこともなければ触ったこともない。

 嫌いだからではない。

 他の味噌料理は食べれるのでアレルギーでもない。

 そもそも口に触れたこともないから嫌いなのかどうかすら定かではない。

 なぜなら私はみそ汁に触れることすら出来ないのだから。


 母曰く、それは何回目かの離乳食の時に起きた。

 結尾けつお家夫婦の初めての子どもとして生まれた私は、それは大そうな愛情を注がれた。

 母は、いつも「美織みおは、なんて可愛いの

かしら」とか「将来は美人さんね」と愛情たっぷりの言葉を注ぎ、常に一緒にいた。

 父は、仕事から帰るたびに「これ美織が喜ぶと思って」と服やおもちゃを買ってくるし、オムツを変える、ミルクを上げる、寝かしつけまで率先してやった。

 それはそれはの夫婦揃っての親バカぶりだったと祖父母は言っていた。

 ちなみにこの愛情の注ぎ方は2歳下の弟にも遺憾無く発揮されている。

 そんな2人だからお宮参りやお食い初めにも並々ならぬ力を注いだし、離乳食に関してはテキスト本やネット動画などを見て研究し尽くしていた。

 そして生後6ヶ月が過ぎた頃、1番最初の離乳食では10倍粥を一口目から初めた。自分で言うのもなんだがとても食いつきの良い子で一口だけでは嫌と泣きながら主張したらしい。次の週に野菜のペースト、次の週に淡白な白身魚等、子育てのHOWTO本に記載してあるような慎重な手順で進めていき、そして、もうそろそろいいかな?言う段階で初めて調味料を使った料理、最初のお粥同様に10倍薄め、しっかりと出汁から取ったみそ汁を準備し、大丈夫かな?と心配になりながらも私の目の前にみそ汁の入った器を置いた瞬間、器がすうっとテーブルの上を滑って床の上に落ちたのだ。

 顔を見合わす両親。

 びっくりして目を丸くする私。

 恐らく、器の下に空気が溜まって起こる"みそ汁移動現象"だろうと夫婦は自分達のおっちょこちょいぶりを苦笑いし、私に謝った上で新しいみそ汁を入れて私の前に起きた瞬間、再び、先ほどよりも速く器がテーブルの上を滑って落ちていった。

 その後、違う器に変えても結果は同じだった。

握力自慢の父が器を押さえても器が暴れるように震え、両手で押さえてもその手を弾くように飛び出し、父の顔に薄めたみそ汁が盛大に掛かった。

 みそ汁塗れになった父を見て私はとても嬉しそうに大笑いしたらしいが、父と母は幽霊でも見たかのように顔が真っ青になったそうだ。

 心霊現象を疑った父母は、私を名のある神社やお寺に連れて行って相談した。

 しかし、結果はシロ。

 私には悪い霊なんて虫の魂すら付いてないから安心しなさいと逆に諭されたそうだ。

 しかし、その後もみそ汁が私の前から逃走する現象は続いた。

 私の目の前に置かれた物だけでなく、食卓に置かれた親の物も弾き、和食のファミレスでたまたま店員が運んでいたみそ汁がトレイからこぼれ落ち、旅行先もバイキングでみそ汁の入った鍋にたまたま近づいたら気を失うように真横に倒れ、危うく大惨事になるところだったと言う。

 そんな訳で我が家にみそ汁が出ることは無くなった。

 外食で和食を食べることも無くなった。

 旅行先でもバイキングがあってもスープコーナーには近付かず、旅館に泊まってもみそ汁は外してもらった。

 幼稚園はお弁当なのでみそ汁と出会うことは無く、平穏な毎日を過ごすことが出来た。

 その頃にはみそ汁事件は過去のものとなり、弟が生まれた忙しさからすっかりと忘れ去られてしまっていた。

 そして小学校で再びみそ汁事件は再発する。

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