237 王都到着と三通の手紙



 王都へ到着したのは、予定より半月遅れでのことだった。


 結局、襲撃されたのはロット子爵領での一回だけ。


 領地から呼び寄せた援軍の騎士達二百人を加えての、さらなる大所帯での移動に、それ以上手出しが出来なかったのか、それとも最初の襲撃で目的を果たしたから手出しを控えたのか。

 とにかく、その後何事もなく、無事王都に到着した。


 貴族街の屋敷に着いた時には、思わず大きな安堵の溜息を吐いてしまったくらいよ。


 ただ……。


 当然、レオナード殿下の誕生日パーティーは終わっていたし、ハインリヒ殿下達も外遊を終えてヴァンブルグ帝国へ帰った後だった。


「無事辿り着けたのは良かったですけど……黒幕の思う壺で、きっと陰で大笑いしているのでしょうね」


 そう思うと腹の虫が治まらないわ。


「我がゼンボルグ公爵家に喧嘩を売ったことを、後悔させてやればいい」

「はい、絶対に」


 お父様が優しく頭を撫でてくれたから、それ以上グチグチ言うのは止めておく。

 そんな中、唯一の慰めだったのは。


「お嬢様、お手紙が届いています」


 私達が到着する前に届けられたと言う、二通の手紙だった。

 差出人は、なんとレオナード殿下とハインリヒ殿下だ。


「お二人からどんなお手紙を戴いたの?」

「お二人とも、私の安否を心配してくれていました。パーティーで会えなくて残念だとも。不参加だったこと、怒っていないようで安心しました」


 お父様のチェック後に受け取って目を通して、興味津々のお母様へ渡す。


 レオナード殿下の手紙からは、私の無事が一番だから欠席したことは気にしなくていいと、気遣いと優しさが伝わってきたわ。

 最初パーティーには出なくていいかもなんて思って、ごめんね?


 ハインリヒ殿下の手紙からは、ゼンボルグ公爵領への招待に応じられなかったから、逆にヴァンブルグ帝国に来た時は歓迎するとあったわ。

 あのオレ様なハインリヒ殿下がそこまで気を回せるとは思えないから、多分ルートヴィヒ殿下かダニエラ殿下の入れ知恵ね。


「殿下からは、王家の検閲を考慮すれば、可もなく不可もなくかしらね。それと、皇子殿下がヴァンブルグ帝国へ正式に招待しなかったのは、王家を過度に刺激しないため、そしてわたし達への配慮もありそうね。いずれにせよ、マリー?」

「はい、改めて私の名前でお詫びとお礼の手紙を出しておきます」

「その手紙は、私にも校正させて貰えるかな?」

「はいお父様、お願いします」


 今回の件を切っ掛けに、オルレアーナ王家にもヴァンブルグ皇家こうかにも、私達がヴァンブルグ帝国へ傾くと思われるのは良くないものね。

 もちろん、王家への牽制のため、多少の含みは持たせておくべきとも思うけど。


 海洋貿易を始めて力を付けた後ならまだしも、今、下手に関与されたり動向を探られたりしたら、計画が露見して奪われたり潰されたりしかねないわ。

 だからここは慎重に対応しないと。


 それから私は自室でお手紙を書いて。

 お父様は王宮へ向かい、王様と王妃様との謁見の手続きをして。

 お母様は屋敷のことや、他の貴族から届いた手紙の対応など、様々に差配して。

 すぐに私達は忙しく動くことになった。



 それからさほど日を置かず、襲撃犯達が雇われた領地へ調査に行った騎士達が全員、王都の屋敷へ到着した。


 早速お父様とお母様が報告を聞いて、その後、改めて私を呼んで説明してくれる。


「では、襲撃犯を雇ったのは、ルシヨ子爵とロデーズ伯爵の可能性が高いのですね?」

「ああ。雇い入れるための動き、雇われた者達の動向などを、取り調べ拷問で得た証言と照らし合わせると、その二人が怪しいと言うことになる」


 騎士達はこの短期間で、よくそこまで調べられたわね。

 さすがだわ。


「つまり黒幕は、その二人と言うことですか」

「結論を出すのは尚早だよマリー」


 お父様がたしなめるように言って、続きを説明してくれる。


「ルシヨ子爵とロデーズ伯爵はモーペリエン侯爵派だ。ルシヨ子爵は派閥の新参者で、近年、領地経営が思わしくない。大勢の手練れを雇う財力も伝手もないだろう。ロデーズ伯爵はモーペリエン侯爵の腰巾着で、財力も伝手もある」

「じゃあ黒幕はロデーズ伯爵で決まり……と言うわけではなさそうですね?」


 お父様の口ぶりからすると、ルシヨ子爵とロデーズ伯爵、どちらも違うように聞こえるわ。


「ロデーズ伯爵はがめつい男だ。二流、三流を大勢雇うような真似などしないだろう」


 要は、お金が大好きで、ケチなのね。


 それから、お父様がルシヨ子爵領の窮状を説明してくれた。

 そして、モーペリエン侯爵から多額の資金援助を受けていることも。


「恐らく、資金援助と見せかけて襲撃犯を雇う資金を渡し、ロデーズ伯爵が伝手を紹介したのだろう。使い捨ての駒としてね」

「つまり、黒幕はモーペリエン侯爵だ、と」


 今度こそ、お父様は否定しなかった。


「しかし証拠は何も残していないだろう。モーペリエン侯爵は底意地が悪い男だ」


 資金援助を盾に忖度させて・・・・・、そう動くよう仕向けたのね。

 追求されても、ルシヨ子爵が勝手にやったことだ、と言い逃れるために。


「しかもモーペリエン侯爵にはマリーと同い年の令嬢がいる。最有力の婚約者候補と自ら吹聴している、ね」

「そこに繋がるのですね……」


 やっぱり私が狙われて、そういう狙いがあったのね。

 また震えがくるけど、拳を握って抑え込む。


「さらに言えば、モーペリエン侯爵派は賢雅会とも親しい」

「そことも繋がるのですね。でも、賢雅会に罪をなすりつけようとしていたのでは?」

「そういうことを平気でやる男だと言うことだ。大方、奪った美容の魔道具を賢雅会へ横流しして、恩と罪を同時に着せるつもりだったのだろう」


 本当に嫌らしくて、底意地が悪いわ。


「付け加えるなら、アージャン伯爵家に令息はいるが令嬢はいない」


 それもあって、お父様は早々にロット子爵の仕業ではないと思ったのね。


「念のため調査は続けさせるが、恐らくこれ以上は有益な情報も証拠も出てこないだろう。だから、限りなく黒だが、モーペリエン侯爵を黒幕と断じて処断は出来ない」

「直接手を出せば、こちらが悪者になるわ」


 でもお父様もお母様も、絶対に黒幕だと確信しているみたい。

 お父様の目が鋭く冷たくなる。


「これから私とマリアは忙しくなる。着いて間もないが、十分な数の護衛を付けるからマリーは領地へ――」

「お手伝いさせて下さい」

「マリー!?」


 お父様の言葉を遮って先回りした私に、お母様が驚き目を丸くする。

 その場にいたエマやお付き侍女達もだ。


「大丈夫です。手段と目的を見誤っているわけでも、状況が読めていないわけでもありません」


 これから二人は報復のために動くんだろう。

 もしかしたら逆恨みされて、身の危険があるのかも知れない。

 仕掛けてきたのは相手の方が先なのにね。

 きっと、そういう理屈が通らない相手なんだと思う。

 だから私もまた危険な目に遭うのかも知れない。


 でも……。


 私だってやり返したいし、受けた恐怖を少しでも払拭したいのよ。

 このまま泣き寝入りはごめんだわ。


「すでに目的を果たした以上、すぐに無茶な真似はしないはずです。しかも今度は王都です」


 王都で騒ぎを起こせば王家が黙っていないでしょうし、黒幕が自分だとバラすようなものだわ。


「それに、私にはアラベルが付いていてくれますから」


 だからそれほど大きな危険はないはずよ。


「……分かった」

「あなた……」

「ここまでマリーが言っているんだ。本来、それがマリーのためになる」

「そうでしょうけど……」


 お父様とお母様に、私の気持ちは筒抜けだったみたい。


「大丈夫です、お母様。危険な真似はしません」

「もう、マリーったら……」


 お母様が抱き付いてきて、頬擦りしてくる。

 いつかちゃんと、心配をかけないだけの力を付けないとね。


「それで、具体的にどう報復を?」

「どの貴族まで話を持って行くか悩んでいたが、腹は決まった。まず――」


 お父様の説明に、思わず驚きの声を上げてしまった。

 だってまさか、そんなことまで考えていてくれてたなんて。


「すごいです! しかも一石二鳥だなんて! ありがとうございますお父様!」


 お父様に抱き付いて頬にキスをすると、お父様も優しくキスしてくれる。


「大事なマリーのためだからね」


 本当にもう、大好き!


「では、マリーにも少し動いて貰おう。どうせなら、直接意趣返しをしたいだろう?」


 そう言ってお父様が取り出したのは、一通の手紙だった。


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