178 王家の思惑
◆◆◆
『お前はレオナードの母親か教育係のつもりか!?』
国王ジョセフはリビングにて、そう心の中で激しく突っ込んだ。
レオナードから、本日の招待でマリエットローズと交わした会話の内容を聞いた結果である。
他にも様々に思うところ、言いたいことはあった。
それらが様々に胸中で渦巻いた結果、その台詞に行き着いたのである。
「何故、お爺様があそこまでゼンボルグ公爵家やゼンボルグ公爵領を見下すのか、僕には分かりませんでした。でも、それに負けず、凛としてお爺様と意見を戦わせるマリエットローズ嬢はすごく格好良くて、自分の中にしっかりとした芯がある女の子なんだって、とても感心したんです」
身振り手振りを交えて興奮気味に話すレオナードに、ジョセフは頭が痛かった。
普段、同年代の子供達に比べ落ち着いた雰囲気があるレオナードが、まるで年相応の子供のように興奮して、落ち着きなく振る舞っている。
『小娘の分際で、いっぱしの貴族としてのプライドを振りかざしおって。平然と口答えするなど、なんたる生意気な! 躾けがなっとらん!』
父親である先王から先に話を聞いていたが、腹立たしげにそう評するばかりで、途中の会話の具体性が欠けていた。
それも道理だ。
七歳の小娘に言い負かされた。
それは、プライドを
先王として、そんなことを口に出来るわけがない。
しかしそれだけに、感情的になった父親の言葉をそのまま鵜呑みには出来なかった。
皮肉にも、マリエットローズがレオナードに教え諭したとおりなのが腹立たしい。
だからこそ、レオナードの方に詳しく話を聞いたのだが……。
レオナードと同じ七歳の令嬢が、老齢の先王と対等以上に、自分と同じ七歳の王子に対する教育論を戦わせた。
それは、あまりにも異常な事態だ。
つまり、マリエットローズがレオナードに匹敵するではなく、レオナードを上回る知性と教養を持つ本物の天才だと言うことに他ならない。
しかも、かつての王家の血筋を確かに感じさせる、誇り高さ。
期待をかけているレオナードを凌ぐ優れた統治者になるのではないか、そう感じさせる片鱗。
しかしそのようなこと、容易に認めるわけにはいかなかった。
「――それで雰囲気が悪くなってしまったのですが、マリエットローズ嬢が気を利かせて話題を変えてくれたんです。そうしたら、口を開けば弟、弟、弟と、本当にもう弟の話ばかりになって」
レオナードは心から楽しげに声を上げて笑う。
王族の一員として、常日頃から感情をコントロールするように教育されている。
だからレオナードは七歳にして上出来なくらい、それが出来ていた。
それが、ここまで自分の感情を顕わにしている。
それは本当に珍しいことだ。
つまり、それほどに一人の令嬢に関心を抱いたと言うことに他ならない。
しかもその相手がよりにもよって、ゼンボルグ公爵令嬢である。
それは由々しき事態だ。
そして、マリエットローズの……ひいてはゼンボルグ公爵家の狙いがどこにあるのか読めないのが不気味だった。
レオナードから聞く限り、マリエットローズはレオナードの見識を広め、自ら考える力を付けさせる以上のことをしていない。
王妃シャルロットからも話を聞いたが、親子共々、婚約者として取り入ろうとする素振りを全く見せていないようだった。
これでレオナードが自ら経験を積んでより賢くなれば、付け入る隙がなくなる。
もし何か企みがあるのであれば、それはゼンボルグ公爵家にとってマイナスにしかならないだろう。
であれば、そこに警戒すべき裏など何もない。
しかし……そう思わせる策かも知れない。
そう思わせて油断させ、領地へ招き、レオナードを取り込み、マリエットローズとの仲を深めさせ婚約者に収まろうとする可能性がある。
奸臣の操り人形にされないよう忠言してきた相手こそが、自らを操り人形にしようと画策している奸臣である。
それに気付き警戒できるほど、レオナードはまだ貴族の恐ろしさを知らない。
善意の裏に隠された悪意は、大人でさえ気付き警戒するのは難しいのだ。
普通であれば、父親と母親であるリシャールとマリアンローズが企てた謀略で、娘に入れ知恵をしたと判断しただろう。
そうであれば、対処の方法などいくらでもある。
しかし、もし本当にレオナードを上回る本物の天才であれば……?
「いや……さすがにそこまでは考えすぎか」
これが、貴族学院へ通う年齢になっていれば、
しかしマリエットローズはまだ七歳だ。
いくらなんでも圧倒的に経験が足りていない。
過剰に賢雅会を挑発して怒りと恨みを買ったのが、そのいい証拠だ。
もし、たった七歳でそこまでの謀略をその場で思い付いて実行し、男を
それは傾国の悪女。
国家を揺るがす脅威にすらなり得る。
「何を考えているのだ私は……さすがにあり得ん」
自嘲して、考えすぎて深みに嵌まりそうになっていた思考を、軽く頭を振って払う。
ゼンボルグ公爵領を見せて貧乏でも田舎でもない、単にそれを証明したかっただけ。
そう考えるのが自然だ。
いずれにせよ、レオナードが実態を知るのは好ましくなかった。
ゼンボルグ公爵領が本当に貧乏で田舎かどうかなど、全く問題ではない。
元敗戦国で臣従した、富を吸い上げて良い植民地的存在。
古参の貴族家を優遇し不満を反らすための、一段下に置くべき存在。
そして、王家を中心に結束し、権威を知らしめるための、仮想敵としての存在。
これらの前提こそが重要なのだ。
ヴァンブルグ帝国に東を塞がれ、これ以上、版図を広げようのないオルレアーナ王国が、これからも豊かな国として繁栄し続けていくためには。
「それで僕もマリエットローズ嬢に倣って、これからはもっとシャルルに会いに行くように――」
レオナードの楽しげな話は続く。
ジョセフは黙ってそれを聞き続けた。
『あの小娘は、レオナードにとって害悪だ』
先王が言い捨てた言葉を思い出し、まさにその通りだと苦々しく思いながら。
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