156 不始末と罰 2

 執務室へ戻り、侍従を下がらせボドワンと二人だけになったところで、ジョセフはだらしない格好で椅子の背もたれに身体を預けると、大きく溜息を吐いた。


「して、陛下。彼らにはどのような罰を?」

「そうだな……」


 今回の件は、国益を大きく損なうオルレアーナ王国の恥であり、ゼンボルグ公爵家の力を削ぐ絶好の機会だ。

 しかしそれ以上に、賢雅会の貴族達の力を削がなくてはならないことは明白である。


 マリエットローズの扱いに気を遣う必要が出てしまったため、理不尽な懲罰は、ゼンボルグ公爵家がヴァンブルグ帝国へ接近する口実となってしまうだろう。

 だから、常識的な範囲での罰を与えるに留めなくてはならない。


 しかし、賢雅会の貴族達への懲罰はむしろ重くすべきである。


 両成敗ではなく差を付けることで、王家への不満と批判をゼンボルグ公爵家への恨みへと誘導しなくてはならないが、それが出来れば、再び互いにつぶし合ってくれるに違いない。

 その争いが国内の問題として留まるよう今後は監視と注意が必要だが、国益を損ねられておきながら単に罰を与えただけで終わらせてしまっては、王家の名が廃る。


 その程度の思惑は、わざわざ口にして確認しなくても、ジョセフとボドワンの間では問題なく察して共有出来た。

 だから端的に述べる。


「ゼンボルグ公爵家には罰金でもくれてやれ。少々高額にしても払うだろう」

「分かりました。ゼンボルグ公爵家にはそのように」


 近年、ゼンボルグ公爵家がゼンボルグ公爵領全体でインフラ整備を行い、また魔道具開発に大金を投じていることは掴んでいる――大型船の開発にかかる予算を魔道具開発の予算として偽装している結果である――ため、罰金だけでも十分な罰になる。

 インフラ整備と魔道具開発に遅れをきたすことは明白で、それは大きな負担になるだろう。

 だから、ボドワンもわざわざ意図を聞き返さない。


「本来であれば、マリエットローズ式変更機構の特許か、所領の一部を取り上げたいところだが……」

「ゼンボルグ公爵家の離反を招くかと」

「だろうな。だから後腐れなく、金で片付けるだけで済ませる」


 考えるべきは、賢雅会の貴族達への罰である。


「賢雅会の貴族達へも、ゼンボルグ公爵家と同額の罰金を科す」

「それではただの両成敗かと」

「ああ。だから、あの者達が後生大事に抱え込んでいる特許の一部を取り上げる」

「それは……!」


 その危険な懲罰の提案に、ボドワンが息を呑む。


 賢雅会の貴族達の反発は必至。

 下手をすれば、賢雅会の貴族達と王家の間に、修復不可能な亀裂を生じさせる危険があった。


「安心しろ。金になる重要な特許に手を出しはしない。古い型落ちや、マリエットローズ式の登場で見向きもされなくなった旧式の、なんの金にもならない特許だけを選ぶ」

「……なるほど、そういうことでしたか」


 もはや製造されているかも分からない、それら魔道具の数々。

 金銭的な価値はなく、取り上げたところで王家は銅貨一枚すら得することはない。

 もちろん、賢雅会の貴族家も銅貨一枚すら損することはない。


 だから、第三者の目には、こう映るだろう――


『事態の原因となった賢雅会の貴族達の方に、より重い罰が与えられて然るべきで、事実そうなったが、罰金の金額が同じである以上、事実上の両成敗だ』

『王家が金にならない特許を召し上げたのは、罰と慈悲のバランスを取って手加減したためで、ゼンボルグ公爵派の貴族より古参の貴族達を優遇した結果だ』


 ――と。


 これであれば、王家が批判されることはない。


 また、原因となった賢雅会の貴族達の方により重い罰が与えられたため、王家は双方に配慮したと、納得もしやすい。

 だから、当事者のゼンボルグ公爵家も、一応は納得をするはず。


 そのくらい察することが出来ると、ジョセフはリシャールを正しく評価していた。


 これに不服を持ち納得しないのは、間違いなく賢雅会の貴族達の方だろう。


 たとえ、今更銅貨一枚すら稼げない、市場しじょうから消えてしまった魔道具であっても、特許は賢雅会の貴族達の利権である。

 たとえ経済的な損失がなくても、失う物は大きい。


 それこそが罰である。


「特許は神聖不可侵な聖域ではない。たとえ無価値だろうが、『罰として特許を取り上げられた』と言う前例を作れる」

「今後の布石と言うことですか」

「そういうことだ。次もまた同じような事態を引き起こすのであれば、次こそマリエットローズ式変更機構の特許を取り上げることも不可能ではなくなる。もちろん、賢雅会の主力商品の数々もな」


 そうして争わせ、疲弊させ、力を削いでいく。

 そこに支援でも仲介でも懲罰でも、王家が介入することで事態をコントロールし、相対的にも絶対的にも王家が力を蓄えていく。


「王国において、最も力を持つべきは王家だ」


 それこそが王国の安定と発展に寄与し、平和な治世を実現することになる。


 ジョセフは国王の責務として、そのためにあらゆる手段を講じるつもりだった。

 たとえそれが卑劣な手段であり、個人の幸せなどかえりみることがなくてもだ。


「ボドワン、ヴァンブルグ帝国とゼンボルグ公爵家の動きをこれまで以上に注視しておけ。多少の介入であれば、お前の権限の範囲に収まるならば許す。手を結ばせるな」

「御意」

「そして、あの娘マリエットローズの婚約の動きについては特に注意をしろ。可能であれば、内から監視も出来るゼンボルグ公爵家の足枷になる家の、うだつの上がらぬ男を宛てがえ。最低でも、なんらメリットのないゼンボルグ公爵派の貴族家の男をだ」

「御意」


 惜しいことだ、とジョセフもボドワンも口に出さずに思う。


「それと、レオナードをこれ以上、あの娘に近づけさせるな」

「レオナード殿下が直接ゼンボルグ公爵令嬢を王城へ招かれ、ゼンボルグ公爵家はその招待を受けたと報告が上がっていますが」

「チッ、そうだったな」


 ジョセフは苦虫を噛み潰したような顔を隠さない。


 レオナードの婚約者の座を巡り、貴族達が自分の娘を宛てがおうと、あの手この手で接触を図ってくる中、実際に接触させる相手は厳選していた。

 しかし引き合わせた中で、レオナードが特別な関心を示した令嬢はこれまで一人としていなかったのだ。

 だから、レオナードが直接招待する程に関心を示した令嬢が遂に現れたことは、本来であれば非常に喜ばしいことである。


 それが、ゼンボルグ公爵令嬢でさえなければ。


「加えて、ゼンボルグ公爵家はレオナード殿下の誕生日パーティーへの参加の打診をしており、招待状を送付することになっています」

「チッ、それもあったか」


 どういう風の吹き回しか、これまで娘を表に出そうとしなかったリシャールが、娘を公の場に出すことに決めた。

 そのため、ゼンボルグ公爵家がレオナードを祝い王家に恭順する姿を周囲に知らしめる効果もあり、どのような娘なのか一度見てやろうと許可を出したのだ。


 今であれば、リシャールの判断も当然だと理解出来た。


 しかし、だからと言って今更それを取り消すのは不自然で、いらぬ不信感を与えることになる。


「仕方ない。レオナードとの接触は最低限にさせろ」

「御意」


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