64 王族が抱える問題 1
「う~ん……」
「どうかなさいましたか、お嬢様」
エマがお茶を淹れながら、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
私の目の前には、テーブルに置かれた報告書が。
なんの報告書かと言えば、王族についての調査報告書。
そう、遂に報告書が上がってきたの!
当然、すぐさま目を通したわ!
中身は、一般にも広報されている通り一遍のことから、ご家庭の事情まで。
決して分量は多くはないけど、よくこんなことまで調べたわねって驚くようなことまで書いてあって、さすがはお父様の部下って感心したわよ。
ただ、その中から情報を取捨選択して、国王陛下から欲しいだけの便宜を引き出せそうな内容を選んで、それに役立ちそうな魔道具を開発する必要があるんだけど……。
それがとても悩ましい。
「王族について調べて貰っていたでしょう?」
その報告書に原因があると分かっていても、エマは報告書を覗き込んだりしない。
本当によく出来たメイドよね。
「そうでしたね。国王陛下に便宜を図って戴くために」
エマの口ぶりはちゃんと丁寧だけど、ニュアンスはとても軽い。
そこに国王陛下を利用しようなんて恐れ多い、みたいな感情は全くなさそう。
むしろ、私のため、そしてゼンボルグ公爵領のため、国王だろうが使える者は便利に使っても別にいいじゃない、くらいの口ぶりだ。
こういう、ゼンボルグ公爵家への忠誠心が、王族や古参の貴族達がゼンボルグ公爵領に力を付けさせたくない理由の一つなのよね。
「それで、欲しい物や抱えている問題について、色々報告して貰ったんだけど……」
私は報告書を手に取って、一番インパクトがあった内容、そして恐らく、最も喜ばれるだろう内容が書かれている部分を見つめた。
「……国王陛下に側妃を迎えさせようと言う貴族達の動きがあるらしいの。だけど国王陛下は王妃殿下を愛していらして、側妃は欲しくないみたいなのよね」
国王陛下に妃は王妃殿下お一人だけしかいない。
お世継ぎも、すでに王太子レオナード殿下がいる。
今はまだ、レオナード殿下も私と同じ六歳だから、王太子として立太子されてはいないけど。
いずれ十二歳になって『海と大地のオルレアーナ』のゲーム本編が開始される貴族学院初等部に入学する頃には、立太子されて王太子として通うことになる。
つまりお世継ぎ問題は解決済みだから、側妃は必要ない。
だけど、国王陛下と王妃殿下の子供は、レオナード殿下一人しかいない。
他に王子も王女もいない。
しかも、オルレアーナ王国は大国だ。
当然、王室に娘を送り込んで権力を握りたい貴族なんて、掃いて捨てるほどいる。
レオナード殿下を邪魔に思っている人達もきっと少なくないはずだ。
だからスペアの第二王子が必要だし、婚姻政策のために王女も必要になる。
それを理由にして、貴族達はこぞって娘を側妃にしようと国王陛下に迫り、王妃殿下の実家に圧力をかけて黙らせようとしている。
本来なら、余所様の家のお家騒動なんて、関わり合いにならないに越したことはないけど……。
こんな政治的に不安定で付け込む隙があると、お父様達が王国を乗っ取ろうと陰謀を企んでしまうかも知れない。
だからそんな隙をなくせば、破滅も処刑も遠ざかるはず。
そう考えると、この問題を
「それは……魔道具ではどうにもならない問題では?」
「うん、まあ……直接的にはそうなのよね。だけどこの問題のインパクトが大きすぎて、他の物だと期待した便宜を図って貰うには全然足りない気がするわ」
スパイスがきつい食事の口直しに甘くて美味しいお菓子が欲しいとか、レオナード殿下に優秀な家庭教師を付けたいとか、そんなの叶えても、ねえ?
「お嬢様……まさか腹案がおありなのですか?」
「一応、間接的に、お手伝いくらいは出来るかも? と言う程度の、全く確実性がない方法なら」
目を丸くするエマに、そう歯切れ悪く答える。
そもそも子供は天からの授かり物だもの。
だから私に出来るのは、少しでも確率を上げることだけ。
「ちょっとお母様のところへ行くわ」
「はい、お嬢様。行ってらっしゃいませ」
廊下で出会ったメイドにお母様の居場所を聞いたら自室でお茶をしながらのんびりしているらしいから、お母様の自室へと行く。
「お母様、ご相談があって来ました」
「まあ、今度は何かしら?」
相談があるから、ママ、じゃなくて、お母様。
それを理解したお母様が、今度はどんな突拍子もない事を言い出すのか楽しみね、と言いたそうな顔で微笑む。
私のことを理解してくれていて、嬉しいやら、申し訳ないやら。
お母様の顔を直接見たら……なんだか急に恥ずかしさがこみ上げてきたわ。
「どうしたの?」
「えっと、その……ですね? 実は、下着を作りたいな、って」
「あら? 今のはもう合わなくなってしまったの? マリーも成長しているのね」
「いえ、私のじゃなくて……お母様のを」
「わたしのを?」
意図を説明すると、見る間にお母様の顔が赤くなっていく。
私も、すごく恥ずかしくて顔が熱くて、きっと真っ赤だ。
「つまり、マリーは赤ちゃんの作り方を、もう知っているのね? 六歳には早すぎないかしら……でも、マリーですものね、天才ですものね、どこかで知っていてもおかしくない……のかしら?」
そこは是非、スルーして欲しい。
ともかく、そういうこと。
異世界転生定番の、女性の下着問題。
この世界の下着もご多分に漏れず、色気も何もないズロースと乳バンドだ。
そこで、セクシーランジェリーを作る。
と言っても、普通のブラとショーツだけど。
それだけでも、この世界の人にとっては、はしたないくらいエッチな下着になると思う。
ゴムはないから、ショーツはサイドで紐を縛る形で、ブラも前か後ろで紐を縛る形になるだろうけど。
でも、ベッドでドレスやネグリジェを脱がせたら、色気も何もないズロースと乳バンドじゃなくて、紐で結んだブラとショーツが現れたら、きっと男性諸氏は大興奮に違いない。
国王陛下も王妃殿下を毎夜寝室へ呼ばれること間違いなし!
……だといいな、と。
大きな声では言えないけど、私、前世でそういう経験をしたことがないから……男性の反応なんて正直分からないんだけどね。
ともかく、そういう下着作りを、お母様とお母様お抱えのお針子さん達に手伝って貰いたいのよ。
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