61 台車と運搬車

 ウインチは想像以上の早さで開発出来た。


 みんな熱心に意見を出してくれて、私がこういう機能が欲しいって言うと、私が思い付かない構造でも形にしてくれて、予想以上の仕上がりになったのは嬉しい誤算ね。


 このウインチも、供給文様の数を変えて出力を変えるのは当然、回転する向きや速度も同じ機構で命令文を差し替えることで変更可能にしたから、かなり利便性がある工業機械のような魔道具に仕上がったと思う。


 後はクレーンなんだけど、これは重量や強度計算、さらに転倒しないように土台などの基礎工事も必要になるから、さすがに外部の鍛冶屋や建築のプロに発注した。


 それらの業者さんが、打ち合わせの場に六歳の私が現れてビックリした上に、話の主導権を握るのがお父様じゃなくて私だったことにさらにビックリしていたのは余談ね。

 ついでに、お父様が得意満面で親バカ全開だったことも。


 この件は私が主導している、それどころか関わっていること自体を秘密にするよう、業者さん達に念押しするときは、さすが公爵閣下と言わんばかりに怖かったのは秘密。

 お父様に怖かったって言ったら、きっと泣いちゃうと思うから。


 それはさておき、もっと規模を小さく機構を簡単にしたクレーンを開発出来れば、建築現場の常識が一変するって、業者さん達はすごい意気込みだったから、それもいずれ開発することになりそう。

 ただ、今それを開発して世に出しては、多方面に影響が大きくなってしまう。


 こっそり迅速に大型船を建造したいのに、変に目立ってしまうと特許利権貴族に目を付けられて横槍を入れられるのは確実。

 それで万が一『ゼンボルグ公爵領世界の中心計画』が外部に漏れたら、どんなえげつない妨害が入って潰されてしまうことか。

 それだけは絶対に避けないと。


 何より、他に作りたい魔道具のラインナップが目白押しなのよ。

 目的外の魔道具にかまけている時間なんてないの。


 だからいずれタイミングを見て、と言う話で落ち着いた。


 ちなみにオーバン先生は色々とアドバイスをしてくれたけど、本当にアドバイザーとしての発言だけで、全部私達に任せてくれた。

 と言うよりも、オーバン先生は幾つもインスピレーションが閃いて、自分が作りたい魔道具開発に没頭していると言った方が正解ね。

 それに関して私も色々と相談されるから、お返しにアドバイスしているけど。

 おかげで、オーバン先生は毎日がご機嫌よ。


 そんな自分達の作った魔道具の反応が良くていい雰囲気の中、開発チームのやる気は鰻登りで漲っている。

 そのモチベーションを、是非そのまま次の魔道具開発に向けたい。


 と言うわけで、開発チームの九人を集めて高らかに宣言する。


「ウィンチが完成して、クレーンの建設も始まったので、本日はこれらの機能をさらに活用出来る利便性の高い道具と魔道具を開発しようと思います。まだまだ先の話になってしまいますけど、小型クレーンを開発した際にも、これはとても有用な道具と魔道具になりますので、みんな気合いを入れていきましょう!」


 プラスして、オーバン先生も同席しているのはいつものこと。

 むしろアドバイザーと言うよりも、私がまた何を言い出すのか面白そうで興味深いから聞いておきたい、と言うのが本音みたいだけど。


「次から次へとよくもまあ、お嬢様の知識の泉は底なしですな」


 感心半分呆れ半分のクロードさんに、みんなが同意してしみじみと頷く。


「その斬新な発想に付いて行くのも一苦労ですよ」

「そうそう、初めて知る知識が多くて戸惑うことばかりで」

「でも、楽しいからいいですけどね」

「そう、それ。それに尽きる」

「いやはや、こんな楽しい職場は、他にそうはないでしょうな」


 ウィンチとクレーンを完成させて、みんなの仲が良くなって、チームに一体感が出てきたのはとってもいいことよね。


 でも、こういう軽口でもその一体感を発揮するのはどうなのかしら?

 なんて、ね。


 本当の意味で私をリーダーと認めてくれたことは、和気藹々としたその雰囲気から十分に伝わってきている。

 だからみんな、次に私が何を言い出すのか、どんな魔道具を作るのか、興味津々って顔で私に注目してくれた。


「次に作るのは台車と運搬車です」

「台車……は、まあ分かるとして、運搬車……ですか?」


 台車と聞いて、ちょっと肩透かしに感じた人もいるみたいね。

 運搬車の方は、いまいちイメージが湧いていないみたいだけど。


「ウィンチやクレーンに比べたら、インパクトは小さいかも知れないですけど、それでがっかりするのは早計ですよ。利便性や普及のしやすさを考えると、むしろより広く大勢の人の助けになる、一般向けの道具と魔道具になりますから。では、具体的にどんな道具と魔道具にするかと言えば――」


 リアカーのような荷車があるように、物を乗せて移動させる道具はある。

 要は、その利便性をもっと上げようと言うこと。


 詳しく言うのなら、コンビニや物流倉庫で使っているような、ダンボール箱が一つ乗る程度の大きさの、キャスター付きの小さな台車や、もう少し大きめの人が押す取っ手が付いた台車ね。

 リアカーより積み卸しがしやすくて、気軽に使いやすいから。


 さらに、取っ手の付いた台車を一回り大きくして、ウィンチの回転機構を利用して後輪を自動で動くようにしたいの。

 今のように、えっさほいさと担いで何度も往復する必要がなくなるし、運搬の小回りが利くようになる。


「――と、このように、物の運搬が格段に楽になります。さらに、木材や板などただ積んで乗せるだけじゃなくて、しっかりロープで縛った状態で乗せれば、運搬中も安定する上、そのままほどかずにクレーンで吊り上げられるでしょう?」


 人が乗って運転するんじゃなくて、横や後ろに付いて歩いて操作する形で、速度を人が歩く程度に抑えて、前輪の向きの操作と、進む、止まる、だけに機能を制限すれば、さすがに自動車は無理でも、この程度の運搬車ならそう難しくないはずよ。


「さすが、まさか魔道具で台車を動かして荷物を運ばせようとは!」

「牛や馬の代わりをさせるのか! 確かに小回りが利く!」

「なるほど。確かに建設現場に限らず、あちこちで使えそうだ」

「回転機構と言うのは、ちょっとの工夫で色々と応用が利くものなのだな」


 うん、みんな興味を持って、その利便性を理解してくれたみたいね。


「では、開発をお願いしていいですか?」

「「「「「はい!」」」」」


 これで、大型船建造の工期が大幅に短縮出来そうで、ほっと一安心だ。

 運搬車を一般に広めるかどうかは、お父様に相談して慎重に決める必要があるけど、台車だけなら普通に売り出していいし、いい物が出来たら、お父様とエドモンさんに相談してみようかな。


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