40 人見知りのジョルジュ君

 招待を受ける返事をして、双方で諸々準備をして、ようやくまた港町シャルリードへとやってきたのは、あれから二ヶ月以上も経ってからのことだった。


「ようこそおいで下さいました、公爵閣下、公爵夫人、マリエットローズ様」


 まずは港町にあるシャット伯爵家の別邸で、歓待の挨拶を受ける。

 相変わらず、シャット伯爵はうやうやしく臣下の礼を取った。


「ああ、世話になる、シャット伯爵」

「お世話になるわね」


 お父様は公爵らしく鷹揚に、お母様はシャット伯爵とその隣に立つ伯爵夫人に、にこやかな笑みを返した。


「お招き戴きありがとうございます、シャット伯爵、伯爵夫人」


 私も笑顔でカーテシーをしてお礼を述べる。


前回開校式前々回港の視察と、私の気が利かずにマリエットローズ様には申し訳ありませんでした。今回は、是非楽しんで戴ければと思います」

「ありがとうございます。今日をとても楽しみにしていました」

「それはようございました」


 シャット伯爵が愛嬌のある穏やかな笑顔を見せてくれて、伯爵夫人も私を見て微笑ましそうに目を細めている。


 楽しみすぎて、ちょっとばかり、はしゃぎすぎてしまったかも知れない。


 はしたなかったかなと思っていたら、シャット伯爵が伯爵夫人とは反対側の自分の隣に立っている、一人の男の子の背に手を添えた。


「マリエットローズ様は、息子に会うのは初めてでしたな」


 シャット伯爵が軽く背中を叩いた合図で、その男の子は一歩前に踏み出すと、赤い顔でちょっとギクシャクと、右足を左足と交差するように引き、右手をお腹の辺りに添えて、左手を横方向へ水平に差し出す、ボウ・アンド・スクレープと呼ばれるお辞儀をした。


「は、初めてお目にかかります。シャット伯爵家長男、ジョルジュ・ラポルトです」


 ジョルジュ君は、シャット伯爵そっくりの、綺麗な紅茶色の髪とヘイゼルの瞳をしている。

 父親似の穏やかそうな顔つきだけど、さすがにまだ細身で、シャット伯爵みたいなふっくら小太り体型にはなっていない。


 聞けば私より二つ上の七歳らしい。


 だけどジョルジュ君は、人見知りなのかしらね。

 名前を言って挨拶するので、いっぱいいっぱいみたい。


「初めまして、ゼンボルグ公爵家長女、マリエットローズ・ジエンドです」


 だから、私はできるだけ優しく微笑んで挨拶する。

 だけどカーテシーはしない。

 あれは、社会的に地位や身分が下の者が上の者に対してするものだから。


 シャット伯爵は伯爵家当主で、爵位を持たない私より身分が上になるからする必要があるけど、公爵令嬢と伯爵令息なら公爵令嬢が上だから。

 こういうところが、ちょっと慣れなくて落ち着かないのよね。

 誰にはカーテシーするのが礼儀だけど、誰にはしないのが礼儀、みたいなのが。

 しない相手、と言うよりも、しちゃいけない相手にしちゃうと、いらぬ誤解を生んで周りや相手の人が困るからしては駄目と諭されたら、するわけにはいかないのよ。


「マリエットローズ様とは年も近い、是非仲良くしてやって下さい」

「はい、こちらこそぜひ」


 シャット伯爵の穏やかな微笑みに、私も微笑みで返す。


 シャット伯爵は、こんな子供の私の発案なのに、真面目に、そして真剣に取り組んでくれていて、とても助けて貰っている。

 だから、その息子のジョルジュ君とは是非仲良くしておきたいわ。


 だけど、ジョルジュ君はやっぱり人見知りみたいね。

 私が挨拶を返した途端、固まってしまったから。

 おかげで、会話が全然始まらないのよ。


 このままってわけにもいかないから、ここは中身が年長者の私から助け船を出すべきよね。

 いえ、これから帆船に乗るから、と言うのとは関係なく。


「ジョルジュ様は、帆船はお好きですか?」

「は、はい」

「すてきですよね、帆船」

「は、はい」

「わたし、きょうみを持つようになったのは最近ですが、今日を楽しみにしていたんです」

「は、はい」


 うん、会話が成り立たない。

 やっぱり人見知りみたいね。

 あんまり話しかけたら逆に可哀想かな?


 そんな私達のやり取りを、お父様やシャット伯爵達が苦笑を浮かべて見ている。

 シャット伯爵も伯爵夫人も、ロボットみたいにギクシャクと『は、はい』を返すのでいっぱいいっぱいのジョルジュ君を生温かい目で見守るだけじゃなくて、助け船を出してあげなくていいの?


 そんな考えが顔に出てしまったのか、シャット伯爵が大きく笑うと、ジョルジュ君の肩を抱き寄せた。


「では、ご挨拶はこのくらいにして、マリエットローズ様ご希望の、帆船の船遊びと参りましょうか」

「はい、ぜひ!」


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