セミ少女
たまごかけマシンガン
月曜日
「こんな成績じゃ進学校に行けないでしょ!? 何の為に塾に行かせてると思ってるの!?」
ここに私の居場所はない。
「
「うん……。正直言って気持ち悪い……」
ここにも私の居場所はない。
じゃあ、どこに私の居場所はあるんだろう。
なんだか、ずっと楽しくない。楽しくないのに、どうして生きているんだろう。
なんだか、ずっと生きたくない。生きたくないのに、どうして生きているんだろう。
私を笑うクラスの皆んなは、とってもとっても楽しそうだ。自分も同じようにしてみれば、楽しめるのだろうか。
けれども、そんなことは出来ないし、やりたくない。
きっと私は、こんなにも下らない生を永遠に貪ることとなるのだろう。
吐き気がする程、暑い夏。暗い未来を想っていた。
◇
月曜日。大嫌いな日。最悪な一週間の始まる日。
おまけに今日はひどい雨。世界は鈍い暗闇と不快な湿気に支配されていた。ただ呼吸をしているだけで、ジワジワと精気が吸い取られていくのを感じる。
そんな、人生で幾度となく経験してきた、当たり前の厭な日を、今日も今日とて、また生きるのだ。誰に頼んだわけでもなく、この世に生を受けて、誰にも求められることなく生きていく。この不快感も哀しみも、人知れず人類史のゴミ溜めに沈んでいくのだ。その過程で、誰かが得することはない。ただ、私が損をするだけだ。
そんな無意味な受難を抱えながら、死ぬ勇気もないというのならば、やはり無意味に生きるしかない。私は、そんな拷問にも等しい所行を、気が遠くなるほど長い間、受け続けなければならないのだろう。
そう、思っていた。
「なに……これ?」
目を覚ますと、うっすらと十字形の痣が手首に出来ていた。それは最近テレビで見た、とある病気のサインと酷似している。
「
未だかつて、生き残った者は一人もいない。
何の前触れもなく現れた病気。患者数こそ少ないが、あまりの奇怪さに世界中をざわつかせる未知の災厄。
まさか、私も蝉病に罹ったの?
残り、一週間で死んでしまうの?
今まで過ごした十年ちょっとの毎日が、こんなにあっさり幕を閉じるの?
自然と目頭が熱くなり、涙が頬を伝う。
「よかった……!」
本当に、本当によかった。
この世界は不幸に塗れてて、何もかも醜く、汚く、つまらないものだと思っていた。だが、まさかこんな幸運があったとは。
死への恐怖も苦しみも感じさせることなく、救済へと導く聖痕。それが私にもついた。遂に、この生きづらく不条理な世界から逃げ出すことができる。
母はちょうど仕事へ向かう直前だった。それを呼び止めて痣を見せる。
「蝉病、罹った……!」
母は、今までに見せたことのない顔をしていた。
◇
「はい。間違いなく、お子さんは蝉病に罹っています」
老いぼれた医師は淡々と告げる。たちまち母は泣き崩れてしまう。
彼女の涙なんて、いつぶりに見ただろうか。確か、父が浮気して離婚することになった時以来か。まあ、今まで私にかけた費用が無駄になったのだから仕方がない。もっとも、親は嫌いだし、お金も私が頼んだ訳じゃないから、同情なんてしない。
「どうにか、娘を救うことは出来ないのでしょうか……」
彼女は、私にとって『生きること』が救いだと思っているのか。だとしたら、それはひどい勘違いだ。
「残念ながら出来ません。お子さんが残りの一週間を充実して過ごせるように手伝ってあげて下さい」
◇
母は待合室で泣き続けた。そんな状態では車も運転できないので、私は帰れないまま暇を持て余す。
私の残り時間は少ないっていうのに、どうしてこんなことで浪費しなくちゃいけないのか。
そんなことを考えながら、小さなテレビで流されている、名前も知らない映画を観てみる。やけに音量は小さいし、途中からなので面白くもなんともない。
すると、母が突然口を開く。
「ごめんね……最後の最後まで、こんな駄目なお母さんで……!」
そこには確かに知らない母がいた。私が嫌いな母とは違う誰かが居た。
——もしかしたら、今まで私は致命的な何かを勘違いしてきたのかもしれない。
まあ、一週間で死ぬ私には、今更関係ないことか。
◇
残りの一週間は塾も学校も行かなくていいらしい。
私は自由を謳歌できるのだ。何と幸せなことだろうか。
じゃあ、あのゲームをしてみようか。いや、疲れそうだし辞めておこう。
じゃあ、映画でも観てみようか。でも、もしこれで駄作だったら時間を無駄にするから辞めておこう。
じゃあ……、じゃあ……?
そこで私は気が付いた。
私は自由の扱いに慣れていないのだと。
何だか何をするのも損に思えて、一方で、何もしないのは一番損に思える。けれども、無気力な心は一切の行動を拒否していた。
漠然とした虚無感を抱えながら横になる。
「もしかして、このまま一週間が過ぎるのかな……?」
思えば、私の人生はずっとこんな感じだった。何事にも無気力で、嫌なことから避けるためだけに生きてきたのだ。
だからと言って、一切の悦びを感じなかった訳ではない。ただ、その悦びが刹那的で、ひどく虚しいものに感じたのだ。永続的な幸せというものを、私は持っていなかった。
だから、ふとした時に、自分の生が如何に無意味で退屈かを、ありありと感じ取ってしまう。満たされない心の空洞を、どうしても直視せざるを得なくなる。
少しでも未来のことを考え始めると、何もかも嫌になって、思考を放棄したくなってしまう。そこには、底なしの暗闇しか見えないのだから。
結局、痣が出てからも出る前も何も変わっていない。いっそのこと、一週間後と言わず、今すぐ死ねればいいのに。
こうして人生最後の一週間は、退屈な雨と共に始まった。
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