第40話 食糧貯蔵庫

 晩餐の席。


「あなたはお店でお客からお金を貰えるほど

給仕を学ばねばならないわ。


だから、私の給仕を勤めてみなさいな」


「クレアンヌさま?」


「今から私はあなたのお店のお客よ。

まさか、お客のお名前を逐一確認して呼んでいる訳ではありませんね?


では、接客の最初からどうぞ」


「は、はい。よろしくお願いいたします」


 本気のやつだ。

どうやら何がなんでも僕の接客を見たいのだろう。

やるしかないのか。


「いらっしゃいませ、DRM's Barrels Saloonダーラムの樽酒場へようこそ。


お飲み物は何になさいますか?」


「この店にはどんな飲み物があるのかしら?」


「よく皆様がお飲みになるのは、ビーラかヴァインが主でございます。

ほかにも、女性のお客様は乳酒や人参酒など、変わったお酒を飲まれることもございます」


「乳酒と人参酒?

そちらはどこで仕入れていますの?」


「仕入れですか?仕入れはたしか、マスターが伝手つてで仕入れているとか・・・。

あ、えと、マスターの知り合いから直接仕入れております」


「60点」


「え?」


「今ので減点、50点」


「ふえ?!?」


「その表情は少し良いわね。加点で65点」


 どうやらリアルタイムで評価が下がったり上がったりするシステムらしい。


「あの、お客。

それで、お飲み物はなにになさいますか?」


「乳酒にしたいところだけど、生憎あいにく仕入いれていなかったはずだわ。


ヴァインにするわ。注いでくれるのよね?


サイネリア。

フィーリスとジュリーにヴァインの場所を教えてあげなさい」


 視界の端に、あたふたとするジュリーさんが映った。

おそらく、クレアンヌさまの気まぐれでジュリーさんとサイネリアさんがDRM's Barrels Saloonダーラムの樽酒場のウェイトレス衣装を着ている。

お2人ともよく似合っておられる。

マスターの好きそうな見た目なのはジュリーさんだろう。

でも、サイネリアさんもいつもは長いスカートに隠れてしまっているが、アスリートのように引き締まった美脚が映えている。


「こちらへ、フィーロ様、ジュリー」


 サイネリアさんは僕のことをフィーロ様と呼んでくれるらしい。

この格好でそっちで呼ばれるのも何故か複雑な気持ちだ。

妙にソワソワとしてしまい、落ち着かない。

バレたら怖いという防衛意識なのかもしれない。


「ジュリー、僕、フィーリスちゃんって呼ばれるんだけど、それほど女の子に見えないよね?」


「いいえ、フィーリス。

今のあなたはどこからどう見ても、完璧に女子よ!


だから、僕はやめて、わたくしとか、わたしにしなさいよ」


 怒ってる?そりゃそうか。

僕が彼女を泥だらけにして置いていったんだった。

それは怒って当然だとも。


「かしこまりました。

この格好の時だけ、わたくしにいたします。


それから、

昨日さくじつはごめんなさい」


「ふんっ」


 ジュリーさんは子供がするように鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

相当機嫌が悪いらしい。

この関係を修復しないと、明日から困ったことになりそうだ。


「フィーロ様、ジュリー。

ここが屋敷の地下の食糧貯蔵庫に繋がる階段よ。

ヴァインはここにあるの。降りましょう」


 サイネリアさんは僕たちに燭台とロウソクを渡し、火を灯して、暗い階段を降りてゆく。後に続こう。


「ジュリー、先に行ってもいいかい?」


「す、好きにすれば!?」


 気を立てないように優しく言ったつもりだったのだが、顔を背けるほど気を立ててしまったらしい。

ロウソクの光に照らされて、横顔が少し赤みを帯びている。


「ごめん、先に行くね」


 僕は暗い階段の感触を確かめつつ、1歩1歩降りていった。

サイネリアさんのロウソクの明かりが立ち止まって見える。

そろそろ階段も終わりのようだ。


「フィーロ様!?

スカートの中が丸見えではございませんか?!」


 サイネリアさんの声でハッとした。

そうだ、今僕は膝丈のスカート姿なんだ!

は、恥ずかしい・・・。

思わずスカートを抑える。

いやいや、この格好もかなり恥ずかしい。

スカートの中を見られまいとすると自然に内股になってしまった。

やばい、心臓がドクンドクンいっている。


「ちょっ!?!フィーリス??!きゃあ!!?」


 間近でジュリーさんの大声が聞こえた。

狭い螺旋状の階段なので、前の人との間隔が掴めない。

進むペースが乱れると、後続や前方にすぐにぶつかりそうになる距離まで接近してしまう。

声に振り向こうとした時には既に遅かった。


「うわぁ!??」


 ジュリーさんが階段を踏み外して、僕の方に倒れてきていた。


 どすん、ズズザー...。


 手にした燭台を投げ出してしまい、よく見えないが、仰向けに倒れて背中を少し打ったみたいだ。

それから上半身から顔面に掛けて、のしかかるこの重みがジュリーさんだと思う。

息は苦しいが何とかできる。

鼻の下あたりがちょうど隙間があって、鼻より上が左右にフィットして、ぎゅっと押しつぶされている格好らしい。

鼻息はできない。


「大丈夫ですか、2人とも?」


 サイネリアさんが歩み寄ってくる足音が耳の近くで響いている。

床が近いようだ。

全くの無視界、暗闇状態なのは変わらず、口はジュリーさんに押しつぶされており、返事をすることも出来ない。

無闇矢鱈むやみやたらと女性に触ってはいけないぞ。

どう思われるか、どのように受け取られるか分かったものじゃない』

父様の言葉がよぎった。

とりあえず、今のこの状態は、正直いってまずい。

そのうえ、できるからと言って、ジュリーさんのどことも知れないところを触って持ち上げてしまうのは避けた方がいいと思った。

サイネリアさんが近くにいるので、どうにかしてくれることを祈りつつ、話せもしないので、しばらく様子見で無抵抗のままでいることにする。

これ以上のトラブルは避けたい。


「ジュリー、目を開けて、

フィーロ様があなたの下敷きよ?」


 ジュリーさんがモゾモゾと動き出した。


「ご、ごめん、フィーロ。今よけるね」


 僕はまだ何も言えない。


「もしかしてこれって、フィーロ!・・・ねの下?!

ちょっと、なんか鼻息荒くない?」


「そうみたいね。ちょっと気持ちよさそうなところに

すっぽりと収まってるよ」


 からかうようにサイネリアさんが言う。

早くけてくれないと、何もしゃべれないんだってば。


 ジュリーさんは立ち上がろうとするも、階段に頭を下向きにたおれていて、うまく起き上がることができないらしい。


「サイネリアお姉様、少しお手をお貸しいただけませんでしょうか?」


 僕の上でモゾモゾと身動きしながら、ジュリーさんはサイネリアさんに手を差し出したらしい。

しかし、


「私はちょっと面白いから、このまま見てるね」


 またもからかうようにサイネリアさんがジュリーさんの救援をスルーした。

僕が何も言えずにもみくちゃにされていることを見ているはずなのに、この人。助ける気ない?


「そんな、サイネリアお姉様!」


 救援が得られないことを諦めたのか、ジュリーさんがまた動き出す。

先程から僕の目の前でモゾモゾモゾモゾとおそらくジュリーさんの上半身が揺れている。

僕のお腹辺りにジュリーさんの足があり、良い足場がないことは言うまでもなかった。

ジュリーさんが両腕に力を入れて上体を持ち上げるも階段の下り勾配こうばいでかなりきついらしい。


「ジュリー、僕が持ち上げてもいいですか?」


 ジュリーさんが腕で上体を持ち上げたわずかな瞬間を狙って、早口に用件を伝えた。


「あ!」


 ばすっ


 またもや顔面に押し当てられ、口を封じられた。


「フィーロ、ごめん。お願い」


 ジュリーさんが囁くように肯定した。


 それを聞いて、僕は多分腰あたりだろうというところに手を添えた。


「きゃっ、そこは、待って、いや、くすぐったい!

あ、やぁ、もう少し上でお願い!」


 どうやらジュリーさんのツボだったらしい。

上といったら、今逆さなんだけどどっちだろう??

とりあえず、もう少しジュリーさんの頭側に手をずらした。


「あ、やあはは、さっちより、くす、ぐった!いは!し、下、ひひゃにして!や、んんふへ!」


 ジュリーさんは体の横がかなり弱いらしい。

下、腰より下になっちゃうけど、本当にいいのかな?


 むにゅう


「う、フィーロ。後でちょっと文句を言わせて。

でも、とりあえず、そこでいいからお願い」


 持ち上げるためにおしりの弾力に軽く手を食い込ませるように力を込めてジュリーさんの体を持ち上げ、何とかジュリーさんに立ち上がってもらうことに成功した。


「ふう、暗くて良かったわ。

ここに立ったらフィーロにパンツ丸見えだもの」


 ジュリーさんが呟いた。


「ほれ、フィーロ様。

これが今日のジュリーのパンツだよ」


 サイネリアさんが落ちていた燭台とロウソクに火を灯しなおしていて、おもむろに僕たちに近づけてきた。

僕の視界にはジュリーさんの股の間にある三角がハッキリと見えた。


「ちょっ、いや!」


 膝が狭まり落下してきた。

首元に膝があり、抑えたスカートが顎のすぐ下でヒラヒラしている。

覗き込むジュリーさんの瞳は潤んでいて顔全体が真っ赤だ。


「見たの!?見たんでしょ!?」


「ごめん、見えちゃった」


 僕は正直に言った。


「バカ!」


 罵られた。


「サイネリアさん。僕、悪いことをしたみたいです」


 僕の困った顔と泣きそうなジュリーさんを見て、サイネリアさんが吹き出し、ジュリーさんがサイネリアさんをどつく光景が、揺れ動き今にも消えそうなロウソクの明かりに照らし出された。

はやくヴァインを・・・とはなかなか言い出せない雰囲気だった。


でも、なぜクレアンヌさまは、ジュリーさんにもヴァインの場所を案内するように言ったのだろう?

従者として仕えているなら、食糧貯蔵庫の場所くらいは、サイネリアさんのように把握していそうなものなのに。

もしかして、ジュリーさんは従者になってまだ日が浅いのかな?

言葉遣いもそうだし、まだまだ新米ってことなのかも。

ジュリーさんに、少しだけ親近感が湧いてきた。

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