プロローグ5

 この世界で魔術とは努力と研鑽、研究の成果である。生まれながらに特別な力を持っていなくても努力すれば手に入る「努力の証」だ。そのため、魔術を使う人間たち、魔術師たちは自分の力に対して圧倒的な自信がある。それはそうだ。子供の頃から努力をして積み重ねてきたモノに自信がない訳がない。それを裏付けするだけの、血の滲むような努力をし手に入れている。鍛冶屋や武道家と同じだ。

 それを否定する存在が異能力者だ。

彼らは生まれながらに特別な力を持ち、魔術師達が喉から手が出る程欲しいと思う珍しく、貴重な能力を持った者もいる。その逆に、私のようにそんなに大した能力を持っていない者も多くいる。私は自分の目が見えない。その代わり、他のモノを経由して見る事はできる。それは人に関わらず動物や、無機物、例えばレンズの付いたカメラなどだろうか。そう言ったものの写す世界を自分のモノのように見ることができる。そう、とても地味な能力だ。魔術師なら五大元素、「火」「水」「風」「土」「空」に分類された物を自分の理想と適正に合わせて積み上げていく。しかし、「空」の分野に対しては研究が大昔で止まっているらしく、現在では代わりに「雷」が「空」の代わりを担っている。上記の五大元素は色々な書物や絵本などになっている有名な物なので説明はしなくても大丈夫だろう。異能力はその五大元素に追加して、五大元素に含まれないものを言う。私の他人の視界を見るはまさにそれだ。どれにも属さないためどのようにこの力を伸ばせば良いのか、どう使ったらダメなのかは全くわからない。だから私はこの能力を使いこなせないのだ。

逆に言えば、誰かに対策を取られることも殆どない能力とも言える。しかし、地味な能力だ。

大きな火の玉を出せる訳でも、華麗に水を操れる訳でも、空を飛ぶ事もできない。ただ、他人の見ているものを見られる、見せられるだけだ。ただ、私は自分にこの能力があって良かったと思っている。何故なら、私は自分の目で世界を見る事ができない。この能力を通さなければ、世界を見る事ができないからだ。この能力がなければ、私はただの非力な盲目の少女になってしまう。まぁ、見えた所で非力な少女であることに変わりはないのだが、この特別な力があるおかげで、私は数少ない自尊心を保っている。

しかし、これから朝食だと伝えにいくお弟子様の前では、この数少ない自尊心を保つ不思議な能力なんて霞んでしまう。一言で言えば、彼女は特別の中で最上位の特別だ。

 ギギと音を立てながら歩道を歩き数分、普通の人が歩けば三十秒足らずで着くような距離だが、私が歩けば数倍の時間がかかる。それでも、この歩道を作ってもらえたおかげで、私の世界は格段に広くなった。その歩道を真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ歩けば、すぐに薪割り場に着く。なんなら、私がテラスに出た時点で薪割り場は見える。大きな声を出せばお弟子様にも聞こえるが、私は大声を出すのが得意ではない上に、お弟子様は熱中すると周囲の声が聞こえなくなるタイプなので、私はいつもこの歩道を歩き、お弟子様を迎えに行くのだ。妹が早起きしている場合は、テラスから、近くの森の中まで響くくらいの大きな声を出して用事を伝えたりもしている。

 またギギっと音を立てながら一歩、また一歩と歩みを進めていく。そうすると、カーン、カーンと薪を割っていた音が止まり、代わりにチリン、チリンと鈴の音が聞こえてきた。私が歩いて来るのに気が付いてお弟子様が片付けを始めたようだ。薪割りに使う手斧や鉈などの刃物は薪割り場に併設されている納屋に仕舞うと決められている。刃物や籠、農耕器具などを詰め込んでいる納屋の扉には鈴が取り付けてあり、納屋の扉が開閉される度に、周囲に音で知らせる様な仕組みになっている。刃物など危険な物が置いてある為、その危険を周囲に知らせたり、周囲の動物たちが不用意に近づかないようにするためらしい。鈴の音を聞きながら、その音に引き寄せられるかのように歩いていると不意に、バタンと大きな音がした。私は無意識に、名の淀みもなく全身に力を入れた。そして手すりを掴む手に力を入れ、納屋周辺に数カ所設置されているカメラのレンズを覗き込んだ。そうすると、閉まった扉の前からこちらに向かってニコニコと歩いてくるお弟子様の姿が見えた。私はホッと一息つくと、全身に張り巡らせた緊張の糸を切り、覗き見るのを止めた。心臓に悪い、そう思い、お弟子様に文句の一つでも言ってやろうと心に決めた。

 正面からギギギと音がして、私はまたハッとした。ダメだ、間に合わない。そう感じながらも耳に付けたイヤーマイクのボリュームを絞ろうとした。しかし、ダイヤルを回すより早く、声の塊は私の耳に飛び込んできた。

間に合わなかった。

「おはよーう」

正面から声の塊が私目掛けて飛んできた。普段ならこんなミスはしない、しかし、久々の快晴、久々の太陽光、それは私の心を緩ませるには十分すぎる物だった。声の塊が耳を通過すると耳の中がキーンと耳鳴りを起こした。そう、お弟子様の声は「大きい」のだ。決して悪気があって大声を出している訳ではない、ただ単純に声が大きいのだ。普段はそれを見越してイヤーマイクのボリュームを少し絞ってから会いにいくのだが、先述の通り、今日はそれをうっかり、たまたま、忘れてしまったのだ。それに加え、久々の快晴でお弟子様のテンションも上がっていたのだろう。これは不慮の事故なのだ。

 しかし、耳の中で響く、キーンと言う音は紛れもない本物で、私はそれから逃れるかのように両耳についた機械を乱暴に外した。それを見てか、お弟子様がギギギとすごい音を立てて駆け寄ってきた。

「ごめんね、大丈夫・・・」

と今度は先程とは違う、少し高く、優しく、柔らかな声で心配そうにこちらを覗き込み、右手を差し出してくれた。

 私は、機械を握り締めながら、力なく手をひらひらと振りながら顔を上げ

「大丈夫です・・・、おはようございます、しおりさん・・・」

と告げ、お弟子様が差し出した手に支えられながら立ち上がった。

私の体を支えるように腰に手を回し、尚も心配そうに覗き込む顔は、例えるとすれば、まるで子犬のようだった。

正直に言おう、私にこのイヤーマイクはそんなに必要のないものだ。目が見えない以外は普通の人間と何ら変わりはない。なら何故付けているのか、それは簡潔に言えば付けていると便利なのだ。見えはしないが、何かを介して、第三者視点で周りを見ることはできるが、使い過ぎれば当然のように疲れる。そして、いつでも使える訳ではない。使うにはとんでもない集中力が必要なのだ。普段から気軽に使える物ではない、その穴を埋めるためにイヤーマイクを付け、周囲の音で物や人の位置把握をしている。人間は五感の一部が使えな状況になると他の感覚が研ぎ澄まされていくと言う。私もそれに漏れず、他の感覚は普通の人よりも発達している。それを更に耳に取付ける装置でブーストしているに過ぎない。そのため、このような事故も昔は起こっていた。慣れてきたのか、このタイミングでは大きな音が出る、この会話の流れならしおりさんやことはのテンションが上がる、など分かってきて、事前にボリュームを絞ったり、装置の電源自体を予め切っておくなど対策していた。が、今日は失敗してしまったようだ。

私は、まだ少し耳鳴りが残っているながら、フラつきながら、お弟子様の腕の中から自立した。

「申し訳ありません」

と自分の落ち度、これは事故だったんだと伝わるように謝罪を数回繰り返し、ペコペコとお辞儀をした。

私は、とても優しく、女性にしては少し背が高く、筋肉隆々ではないが、きちんと鍛え抜かれた綺麗な肉体に、金色の綺麗な髪を後ろで一本縛りにしている、少し垢抜けていない、けれど綺麗な顔立ちをしたこの人に、あまり心配をかけたくなかった。

しおりさんはあわあわしながら、お互いに謝罪合戦を繰り広げてしまった。

この流れはとても悪い。空気も最悪だ。

お互いに自分が悪いと思いながら、申し訳ないオーラを放っていた。

この空気を一新すべく、私は

「もう耳鳴りも治りましたので、気にしないでください」

と、苦手な笑顔を精一杯作りながら、イヤーマイクをポケットに仕舞い、手をひらひらと振った。

振っていた手を下ろすと同時に、

「それより、主人様から、もう朝食だから戻るようにとのことですので、急いで戻りましょう」

と話題を逸らし、急ぎ食卓に戻らなければならない事を告げ、彼女の腕を掴んだ。

しおりさんはそれを聞くと、先程までのしょんぼりとした子犬の様な顔から、パーっと明るい笑顔に変わり、

「今日は久々にいい天気だから、朝ごはんは外で食べたいね!」

と元気よく、でも優しい声で返事をしてくれた。

これでようやくいつものしおりさんだ、と私はホッとして、掴んでいた腕を離した。すると、

「早く行こう!きっといい天気だからベーコンを焼いてくれてるはずだよ!」

と言い、私の肩を掴み、クルッと回転させ、私をまるでお姫様のように抱き抱えた。

「ちょっとズルして、サクッと戻っちゃうね!」

と子供のように無邪気に笑うと、妹が階段を登る時に使っていた丸い機械を、納屋に続く手すりの下から、足で転がしてきた。

私はそれを聞いて、舌を噛まないように力一杯、口を結んだ。

次の瞬間、ことはの時よりも大きな音をさせ、ふんっと、お弟子様は力一杯踏みつけた。

気が付くと私は空を飛んでいた。

普段は危ないからできないと諦めていた、やってみたいけど怖くてできなかった、そんな些細な夢が叶った瞬間だった。

けれども、世界はそんなに優しくない。

普通に歩けば三十秒足らずで到着する、ほんの四十メートル程しかないこの距離を、この人が、この世界でも特別中の特別なこの人が、力一杯踏みつけたらどうなるか。

そんなものは子供でもわかる。

私達は空高く飛び出し、家を超えて反対側にある、主人様の研究用の別宅に、何もできないまま墜落した。

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