No Look Jamming〜私は見る事ができない〜

船木一底

プロローグ1

 ・冬には辺り一面が白く雪に覆われるらしい。

 ・春には花が咲き辺り一面が色とりどりの花に覆われるらしい。

 ・夏には太陽が木々を照らし辺り一面が新緑に包まれるらしい。

 ・秋には草木が枯れ始め辺り一面が紅葉した落ち葉で敷き詰められるらしい。

 全部大切な人に教えてもらった事だ。

 気がついた時にはも視界に何も映っていなかった。

 これを暗闇と言うのだと、それと似た様な景色を夜と言うのだと昔に教えてもらった。

 いつから視界が暗闇に覆われたのだろうか。

 その記憶は思い出せない。

 気がついた時にはもう目の前は暗闇だった。

 起きている時も、眠っている時もそれに大した違いは無かった。

 生きる上で問題や不安、偏見などはどうやっても付き纏う。

 私が生きるこの世界に限った事ではない、「普通」と少し違うだけで、ほんの少し違うだけで「普通」は私たちに牙を向ける。

 食べる物、吸い込む空気、浴びる日の光、それらは同じでも周囲とほんの少し違うだけでそれらは簡単に崩れ去っていく。

 科学技術がどんなに進歩しようと、魔術が一般にどれだけ浸透しようと人の心は進化しない。

 自分たちと違う、ただそれだけで人は他人を殺す事ができる。

 貧富の差が広がりその現象がより顕著に現れた世界に生まれ、地獄を見せられ、それでも生きなければならない理由を探す方が難しかった。

 

 しかし、私は恵まれていた。

 

 朝の香りに夏の日差し朝日で目が覚めた。

 給仕の朝は誰もがバタつきながら朝食の用意や掃除、洗濯などを行うが、私が仕えている主人様の給仕達の朝は全く違う

 朝起きて晴れていたら窓を開け、井戸から水を汲み、顔を洗い寝癖のついた髪を梳かし歯を磨く。

 リズミカルに薪を割る音を聴きながら雲ひとつない空を見上げ、つい先週くらいまで雨音を聞きながら歯を磨いていたことボーッと思い出していた。

 自室に戻り服を着替えキッチンに向かう。

 キッチンの扉を開けると肉の燻製を焼く良い香りが鼻をくすぐった。三十歳前後の背の高い細身の男性が肉の燻製が焼けるのを今かいまかと待っているのが後ろ姿からでも伝わってきた。

 その男性は雑に後ろに一本結びにされた髪をぴょこぴょこさせながら子供のようにフライパンを覗き込んでいた。

「主人様おはようございます」

 私は食卓を挟んで肉の燻製が焼ける音がする方向に声をかけ頭を下げた。

 私の声を聞くとゆっくりとこちらに体を向け優しく柔らかな声で

「おはよう、さゆり。今日は久々に雲一つない良い天気だよ」

 と笑いながら返事をし、フライパンの中で焼かれている肉の燻製を見せてくれた。

 脂身の弾ける音と肉の焼ける匂いが私に直接襲い掛かってきた。

 それを察してか笑みを浮かべながフライパンを細い体で遮るようにゆっくりと火の上に戻し鼻歌を歌い始めた。

 きっと私が肉の燻製の香りによって空腹と戦っているのが分かったのだろう。

 そう思うと急に恥ずかしくなり顎を下げ俯いた。

 この人の前ではどんなに取り繕っても自分は子供なのだといつも感じざるを得なかった。

 私が自分の子供っぽさに対して嫌悪感を抱いているとキッチン横の扉が開き細身の女性が手籠いっぱいに野菜を持ってきた。

 女性は二十歳半ばから後半ぐらいで女性としては背が高く落ち着いた雰囲気にスラリと伸びた手足が大人の女性だと私に感じさせていた。

 心の中で私はこんな大人になりたいと密かに思っていた。

 手籠いっぱいに綺麗に並べられた野菜からはまだ土の香りがし、今さっき収穫してきた事が分かった。

 細身の女性はキッチン横のシンクに手籠を置くと靴を脱ぎ綺麗に揃えると中履きに履き替えた。

 私はハッと我に返った。

「みのりさん、おはようございます。」

 少し慌て吃りながら野菜を持ってきた女性に挨拶をした。

 女性は洗っていた手をタオルで拭きながらそんな私を見て少し微笑みながらおはようと返し歩み寄ってきた。

 スラリと伸びた綺麗な手で私の髪を二、三度撫でると

「今日は久々にいい天気だから朝ごはんを食べたら洗濯するのを手伝ってね」

 と絹のように柔らかで母のように優しい声で語りかけた。

 私はその声に自分が先程まで感じていた劣等感を忘れ吸い込まれていた。

 その様子を見ていた主人様は目を細めニコニコ笑いながらこちらを見ていた。

 その視線を感じ私は頬を赤らめながら小さく頷いた。

 食器棚の横に掛けられた振り子時計の長身が動きボーン、ボーンと音が響いた。

 その音を聴き主人様が私の方を見ると

「まだ起きてない寝坊助さんと、たくましく元気に薪割りをしてる二人に朝ごはんがもうできると伝えてもらってもいいかな?」

 と優しく柔らかい声と視線で語りかけてきた。

 私はまた頬を赤らめながらでもできる限り冷静さを装いながら短く

「はい、かしこまりました」

 と返事をし、手すりに手をかけキッチンのドアを開けた。

 ドアを閉める際も二人は優しく微笑みながら私を見送っていたのが分かった。

 パタンとドアを閉めると私は誰にも聞こえないように深呼吸をし、まだ起きてこない寝坊助の給仕の元に向かうため、二階に続く階段へ向かう手すりを左手で掴んだ。

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