三人寄れば文殊の百合

CYLTIE.

私は百合を描きたい


 表現をするということ。物語を描くということ。その人の生活を描くということ。空想の恋愛を書くということ。


 私は、百合漫画が好きだ。百合小説が好きだ。女の子が女の子に恋焦がれる話が好きだ。綺麗で、可憐で、可愛くて。そんな女の子が、得体の知れない感情に振り回されて、どぎまぎするような話を読むのが、書くのが、好きだ。書きながら、私もこんな恋ができたらな……なんてことを思ったりもする。

 私には、気になっている子がいる。名前をさやかという。私の一年下で、陸上部。ショートカットが良く似合う小顔と、陸上部らしからぬ細身で低身長な姿が可愛い。そんな彼女を横目にしながら、私は、こうして誰に見せるわけでもない架空の話を書いて、思いを馳せたりしている。

 彼女の名前は、同じ陸上部のクラスメートから聞いた。さやかは部内でもとりわけ話題になっているらしく、性格は見た目通り可愛くて人懐っこくて、天然でお茶目な性格だそうだ。

 彼女とは特段絡みがあるわけでもなく、会話をしたこともない。けれど、なんとなくこの時間に教室の窓を覗くと、グラウンドにはいつも彼女がいて、気が付くと、彼女の走る姿を目で追っていたりする。気が付けば、私はすっかり彼女のとりこになっていたのだった。

 

 キスをするということ。行為をするということ。有象無象の物語において、最も分かりやすく、恋愛を定義する言葉だと思う。いつか私にも、そんなことを許してくれる相手ができたらな、なんて思うけど、横目に見ているだけでは、そういうことも叶いそうにない。

 彼女は、傍から見ても人気がありそうだ。きっと、既に恋人もいるのだろうと思ったりもする。だって、その愛くるしい笑顔が可愛いから。その女の子らしい佇まいが可愛いから。

 彼女の周りには、いつも人が絶えない。いいな、人気者は。私はといえば、誰もいない教室で、こうしてあることないことを書き綴るばかり。彼女は私のことなんて、気にかけてもいないのだろう。せめて私も彼女に話しかける勇気があればな……なんて思う。


「……可愛いと思うけどな~」

「うわぁ! びっくりさせないでよ!?」

「ん~? また一人で百合妄想ごっこ遊び?」

 陽気な感じでひょこっと現れるや否や、原稿用紙を取りあげてきたのは優香だ。私の幼馴染。昔からこうして一人でいる私に、なぜだか付きまとってくる。

「ちょ、返してってば! まだ書き途中!」

「ふ~ん……? 『……キスをするということ。行為をするということ。有象無象の物語において、最も分かりやすく、恋愛を定義する言葉だと思う。』 ……なるほど~そうですか~」

 陽気な口調で原稿用紙に書いてあった文章を読んでる彼女が憎い。

「やめてその場で読まないで!」

「おやおや? 自分が書いた文章が恥ずかしいと思っているのかい?」

「ぼ、没にするかもしれないでしょ!」

「没にしようがしまいが、自分の書いた文章を自分で恥ずかしいと思うのは、物書きとしてあるまじき態度ではないかな?」

「小説書いてないあんたに言われたくない」

 反骨精神から言い返してしまったが、彼女の言う通りだと思う。自分の惨めさが出てしまい、直後に反省する。でもやっぱり言い方がちょっとうざかったので、許されるならしょっぴきたい。

「冷たいなぁ~。相手にするのに、小説を書いたことがあるか否かは関係ないことだよ」

「う……、なんかあんたに言われるとむかつく」

「そりゃどうも」

 彼女は持っていた原稿用紙を、再び私の机の上に置いた。表情はこちらを見つめたままだ。

「……可愛いと思うけどなぁ~」

 さっきよりも念を押すかのような調子で、彼女は言った。

「どっちのこと言ってる?」

「どっちって何? ここには君しかいませんが?」

 そうか、優香にはさやかのことが見えてないんだった。だとして、私に向かって言ってくるのはなんか照れる。そ、そりゃあ、私も、顔は悪くないかな、なんて、ガラスの反射越しに見ながら思ったりもするけど……。

「……それともなに、グラウンドにいる、陸上部のあの子のこと言ってるとでも思った?」

 いや見えてるのかよ! なんか悔しい気分になる。彼女はガラス越しに見えるさやかの方を指さしながらそう言った。

「……どっちのこと言ってたの」

 私は、ちょっと怪訝な態度で優香に聞く。

「どっちも、かな」

「どっちも、か……」

 許そう。さやかのことだけを言ってたら、危うく私が怒り狂って彼女に殴りかかるところだった。良くない。

「でも、実際あかねも相当可愛いと思うよ?」

「……そりゃどーも」

「なんでよ~。割と本気でそう思ってるのに」

「あんたがいうと本気に聞こえないから」

「ひどいな~。そんなむすっとした顔は可愛くないって~」

「あんたにそんな可愛い顔は見せません」

「つれないな~」


 本当は優しいし、頼りになるし、なんだかんだでノリが良くて、私にとっては大切な人なのだけど、こうしてダル絡みしてるときの優香はそんなに好きじゃない。単純にめんどくさいからだ。でも、めんどくさいなんて伝えたら、この二人だけの関係性も終わってしまいそうで、ずっと言い出さないでいる自分もいる。


「……ねえ、あかね」

「何……」

 

 言われて振り向くと、私の方に乗せていた、彼女の右手人差し指が、私の頬に当たった。典型的な子どものいたずらだった。こういうことしてくるのは単純にむかつく。勘弁してほしい。

「引っ掛かった~!」

「……バカにしてる?」

「してませ~~~ん。愛の告白だと思った?残念、さやかちゃんでした!」

 突然さやかの名前が出てきて、思わず赤面してしまった。恐らく本当に、あの陸上部の子の名前がさやかである、ということは知らないことだと思うのだが、変にびっくりさせないで欲しい。

「な、なんであの子の名前を知って……!」

「……え、あ、あの子、ホントにさやかっていうんだ? 知らなかった~。もしかして、気になってたりする~?」

「そ、そんなわけ、ないじゃん……」

「あは~図星だ! 顔真っ赤にしてて可愛い~! やっぱあかねって可愛いね~!」

「からかわないでって!」


 私の方に指を指し、はしゃぎながら言ってくる優香に対し、自分でも分かるぐらいに顔が熱くなる私。それは、彼女に対する、無視しようとしてもできない、特別な感情を再自覚した瞬間だった。

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