許されない
三日ほど村長の世話になった後、フィルたちは隣村を立った。
村長が見送りに来てくれたのだが、フィルたち四人分の簡易的な食料とナイフ、少しばかりのお金まで渡してくれ、四人とも村長には感謝しきりだった。
目的地の聖都はゾネの村の反対側からさらに南、ヴィリームの西端にあり、かなりの長旅になると予想される。懐も寂しいため、次のバントという少し大きな街で日雇いの仕事でも探し、聖都行の路銀を貯めるつもりだった。
街道を歩きながら、フィルが疑問に思っていたことをカイトに尋ねる。
「なんであそこまで俺たちに良くしてくれたんだろ。隣の村って言ってもそんなに交流はなかっただろうに」
「たぶん、他人事とは思えなかったんだろ。多少あの村でも
「そっか……まぁ好意だしありがたくもらっておこう」
カイトはそんな話をしながら、未だ落ちこんだ様子のノクトへ話しかける。
「ノクト元気出せよ! 元気だけが取り柄のやつだっているんだぜ? 明るく行こうぜ」
「誰が元気だけが取り柄なのよ!」
「誰もリアなんて言ってねぇだろうが!」
「明らかにあたしのこと言ってるでしょうが! その馬鹿にした感じが特に!」
リアもこの数日でカイトの軽口に反論できるくらいには回復したようだ。まだ一人になると落ち込んだように暗い表情を見せるが、徐々に以前の元気を取り戻しつつある。フィルとカイトはなるべくリアとノクトを一人にしないよう、ここ数日過ごしていた。
「ふふっ」
そんな二人の様子にノクトが思わず笑みをこぼす。フィルは久しぶりにノクトの笑った顔を見た気がした。
「ようやく笑ったな。辛いかもしれないけど俺達がいるんだ。一緒に乗り越えていこう」
「そうだね。まだ気持ちの整理はつかないけど少しずつ頑張ってみるよ」
いくつかの村を経由し、街道を進むこと十日。野営にも慣れ始めた頃だった。
バントへ続く街道を進んでいると、行商の一行と思える集団がこちらへ向かってきており、フィルたちは邪魔にならないよう端に寄ってすれ違おうとしていた。
――――変な感じだな
フィルはすれ違いながら違和感を感じる。
商人一人に対し六人もの護衛がいるのだ。よほどの高額商品を運んでいる行商でない限り普通六人もの護衛はつけない。ましてや、こんな辺境にそんな行商が来るとは思えなかった。
そして、違和感の最たるものが、商人が帯剣していることだ。
商人であればせいぜい護身用のナイフ程度を携帯しているのが普通である。にもかかわらず、商人自身が戦闘を想定しているかのように帯剣している。
――――もしかしてあいつら
フィルがその考えに至った時にはすでに遅かった。
「きゃぁ!」
フィルの目に飛び込んできたのは、リアが先程すれ違った行商の護衛たちによって荷台に連れ込まれている姿だった。
「てめぇらなにしやがる!!」
カイトがナイフを持って果敢に向かっていくが、複数の男たちによってあっけなく押さえつけられてしまい、フィルとノクトも抵抗するが複数人に囲まれどうすることもできず、地面に叩きつけられてしまった。
「おし、てめぇら引き上げるぞ!」
フィルはリーダーらしき男のその言葉を最後に、手下の男たちによって意識を刈り取られた。
――――――――――
――――――
――――
――
「…………ル…………ィル!…………フィル! 起きて!」
フィルは全身に痛みを感じながらも体を起こした。
「ここは…………そうだ! リアは!?」
痛みを堪えながらフィルは立ち上がると、リアが連れ去られた方角を確認する。
「落ち着け。リアを攫った奴らはバントの街周辺を根城にしている盗賊だろう。最近は商人だけじゃなく、小さな村を襲っては奴隷商人に売るために人攫いを繰り返しているらしいからな」
カイトが忌々しそうな表情で説明してくれる。昨日村を出る前に村長と話していたのを見ていたが、この周辺の情報を聞いていたのかとフィルは納得する。
「だから正体が分からないようにする為にあんな偽装をしていたのか。どっちに向かっていった?」
「引き返した跡がある。おそらくバントの街方面へ戻ってるはずだよ」
「この跡を追っていけば……急いで追いかけよう!」
荷車の跡を追いフィルたちは走り出す。しばらく走り続けバントの街にかなり近づいた頃、跡が街道から森へと続いており、森に入ってすぐのところに例の荷車が隠されているのを見つけた。
「奴ら、おそらく近くの洞窟か開けた場所に住処を構えてるはずだ。正面突破じゃまず勝ち目はねぇから、夜になったら忍び込んでリアを救出するぞ」
カイトがリアを取り戻すための策を提案し、フィルは実行役を買って出る。
「カイトとノクトは外で見張りをしてくれ。俺がナイフを持って侵入する」
「オレがやる……って言っても聞かねぇんだろうな。分かった、気をつけろよ」
三人で詳細を詰めていると急にノクトが歩くのを止め、二人に声を掛けた。
「二人とも待って。微かだけど話声が聞こえる。それにこれ見てよ。足跡を隠すために土をかぶせてるんだろうけど、ここだけ微妙に土の色が違う。これを追っていけば奴らの住処にたどり着けると思う」
ノクトの言うとおり、良く目を凝らさないと分からないが微妙に土の色が違う。
「さすがノクトだぜ。よし、ここからは慎重に進むぞ」
しばらく土に沿って歩いていると、フィルとカイトにもはっきり分かるくらい声が聞こえてきた。盗賊たちが見える位置まで移動した三人は息を潜めながら盗賊たちを観察する。
どうやら盗賊たちは岩場に空いた少し広めの洞窟を拠点にしているようだった。その奥にはリアが縛られ転がされているのが見える。
――――リア!
縛られたリアを見たフィルは、今にも飛び掛かりそうな自分を必死に抑える。そんなフィルたちに、酒に酔った盗賊たちの会話が漏れ聞こえてきた。
「お頭ぁ、こいついくらで売れますかねぇ」
商人のふりをしていた男が下卑た笑みを浮かべながら、お頭と呼ばれた男に聞く。
お頭と呼ばれた男はくすんだ金髪を後ろに流し、逆立てられた姿は一種の獣のようで、鍛えられた筋肉は数々の戦闘をこなしてきていると分かる。なにより、そいつの目は明らかに人を殺めたことがあるような濁った眼をしていた。
「そうだなぁ……こいつ首の後ろに痣が出てたろ。そりぁ”
陰で見ていた三人は顔を見合わせ驚く。
――――リアが”
フィルのたちの困惑を知る由もない盗賊たちはさらに続ける。
「てめぇらこいつに手ぇつけるんじゃねぇぞ。一度手をつけると高く売れなくなるからなぁ。金が入ったらバルトで遊ばせてやるから我慢しろよ」
「約束ですよお頭ぁ。そういやこいつの連れに若い男が三人いましたが、そいつらも捕まえた方が良かったですか?」
「男でも
「お頭そりゃひでぇっすよ! まぁたしかにお頭の言うとおりでしょうねぇ。おい、嬢ちゃん残念だったな。まぁ買ってくれる奴に精一杯かわいがってもらいな! ぎゃははははははは!」
盗賊たちの心無い言葉でついにリアの目から大粒の涙が溢れる。
――――限界だ
聞くに堪えない言葉の数々だった。思わず飛び出そうとしたフィルを、カイトとノクトが声を潜めながら必死に止める。
「フィル! 今は我慢しろ! オレだってあいつらをぶっとばしてぇ! けど今はリアを助けることが一番だろ!」
「そうだよフィル! 今出て行ってもさっきみたいに倒されるだけだ! 落ち着いてよ!」
「ッ!…………分かったよ」
フィルは静かな怒りを燃やしながら、盗賊たちが寝静まるのを待った。
動物たちの声も少なくなった頃、ようやく盗賊たちの話し声が止み大きないびきが聞こえ始める。
そのタイミングを見計らって、フィルたちは行動を起こした。
ノクトとカイトが洞窟の両脇に素早く移動し、フィルが盗賊たちに気付かれないよう息を潜めて中に潜入する。
フィルは盗賊たちを起こさないよう慎重に足音を消しながらリアに近づく。リアは突然現れた忍び寄る影に怯えていたが、人影がフィルだと気付いた瞬間、涙をため始めた。
フィルは音が出ないよう慎重に縛られているリアの手首のロープを切ると、リアの口に詰められていたロープも音が出ないよう切った。
「ぐすっ……」
よほど怖かったのだろう、リアは触れなくても分かるくらいに震えていた。村が襲われた直後のこの事件だ。心に深い傷を負ってもおかしくなかった。
怯えるリアに目線でとにかく外に出ようと促す。外で待機しているカイトとノクトも、フィルと一緒に出てきたリアを見て安堵の息を吐いているのが見える。
「おいおい仲良くどこに行くんだぁ? おれぁ外に出ていいと許可した覚えはねぇぞ」
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