世界は青を求めない~君がいない異世界で、僕は君になる~

南員ハル

第一章 直線

始まりの点


「フィル! 誕生日おめでとう!」


「ありがとう!」



 小さな村の一角に一際賑やかな声が響き渡る。


 今日は村の青年であるフィルの二十歳の誕生日を祝うため、幼馴染たちが集まりささやかな誕生日会を開いてくれていた。



 ここはゾネの村と呼ばれる、大陸西側の覇者、聖公国ヴィリームの中で最北端にある辺境の農村だ。


 高濃度の『晶素』が噴き出している”悪魔の咆哮”と呼ばれる大穴が近いため人がほとんど寄り付かず、働き口もほとんどないため、成人の年齢である二十歳になるとほとんどの若者が聖都へ出て行ってしまうような閑散とした村である。


 『晶素』とは、この世界に満ちている物質で、日常生活や様々な文明機器に利用されている、いわば”高エネルギー物質”である。


 晶素は古来より存在されていたと言われているが、その実態は謎に包まれた物質だった。しかし、ある一人の研究者によりここ数十年で晶素に関する様々なことが分かってきたのだ。


 研究結果によると、まず、人体には『晶核』という臓器があり、晶素の貯蔵庫の役割をしている。通常自然と体内に入り晶核に入って自然と体外へ排出される。

 晶素は人体にある個々の細胞を活性させる作用があることが分かっており、人間の中には意図的に晶素を体内に取り込める者が存在する。この者たちは『適合者アダプタ』と呼ばれ、取り込んだ晶素を体に巡らすことで身体能力を大きく向上させることができると言われている。


 ただし、一定時間自身の晶核の許容量を超えて晶素を取り込むと晶核が徐々に結晶化し、体が結晶化しやがて全身が動かなくなる。また、晶核が砕けると急激に晶素が失われ死に至ると言われている。


 『悪魔の咆哮』と呼ばれる大陸中央の大穴が最も晶素濃度が濃く、また、村の北側に広がる海は『腐海』と呼ばれ、高濃度の晶素により汚染されているため、常人には近づくことさえ叶わない魔境である。


 これらの知識はすべて行商が来るたびにフィルたちが必死に頼み込んで教えてもらったものだ。そのくらい外の世界とつながりのない村なのである。

 

 一時期は開拓村として百人以上いた村人も、今では老人と数人の若者とその親たちが数える程度いるだけで、つい先日、残る若者が成人したら全員で聖都に移住することが決定していた。


 フィリックス・フランツ、カイト・ガーラン、リア・ハーディ、ノクト・コスペルリング、この同い年四人組に加え、二歳年上のヴァン・クロイツとセーラ・ペイジールの六人がこの村に残る最後の若者たちである。


 今日は、最後の未成人だったフィルの誕生日を祝うため、村の若者全員(といっても六人しかいないが)がフィルの家に集まっていた。ちなみにフィルの本名はフィリックスだが、村のみんなからは親しみを込めてフィルと呼ばれている。


「はぁ~これでようやく聖都に行けるぜ! 今から楽しみで仕方ねぇな」


 カイトが顔に笑みを浮かべ上機嫌な表情を浮かべている。


 それもそのはずで、カイトは以前から外の世界のことを知りたがっており、フィル以上に熱心に行商の話を聞いていた。


 上機嫌なカイトに対し、そばで聞いていたノクトが幼さが残る顔をしかめながら心配そうに呟く。


「大丈夫かなぁ。整備されたとはいえ聖都まで行くのは危険だし……」


「心配しすぎなんだよ。オレだってこの村は好きだけど今のままじゃ『晶獣オーロ』にいつ襲われるかわかんねぇし、働き手もどんどん少なくなってんだぞ。たまに来る行商と生活するためだけの農作業だけじゃいつまでたっても開拓なんか進まねぇよ」


 『晶獣オーロ』とは、晶素を過剰に取り込んでしまった動物のことで、理性を失った獣である。濃度が濃い場所に多く、体表の一部が結晶化して凶暴性を増している。


 また、ゾネの村は東側は高い山脈に阻まれており、西側は深い森に接している。東側の山脈のおかげで、悪魔の咆哮から噴き出る高濃度の晶素が遮られているのだが、南から晶獣オーロが頻繁に襲ってくるため、開拓がなかなか進まないといった状況だ。


 現在は南側と北側に門を設け、南門は国の兵士で、北門は村人が交代で見張りをしている。北側に村人が就いているのは、今まで北門から晶獣オーロが襲ってきた前例がなく比較的安全とされているからだ。


「大丈夫だノクト。いずれおれが聖公軍に入ってこの村に戻ってくる。その時は必ずこの村を今の倍の面積にしてみせるさ」


 そう自信に満ち溢れた顔で言い切るのは二歳年上のヴァンだ。

 

 ヴァンの父はヴィリーム聖公軍に所属する兵士であり、自分も聖都で兵士になると日頃から言っていた。


「あんたたち今日はフィルの誕生日なのよ! まずはおめでとうぐらい言ったらどうなのよ、まったく」


「そうですよ。聖都行きよりもまずはお祝いしましょう」


 聖都行きのことで頭がいっぱいの男性陣をリア腰に手を当てながら一喝し、セーラが優しく諭す。


「ありがとうリア、セーラ。まぁこれで聖都にみんなで行けるんだし、正直言うと俺だってそのことで頭がいっぱいだよ。リアも聖都行き楽しみだよね?」


「もっ、もちろん! あたしも聖都行きすごく楽しみ!」


 顔を赤らめ、肩口で揃えられた赤髪を揺らしながら話すリアに、いつものごとくカイトが余計な一言を言う。


「お前切り替え早すぎだろ。さっきまで怒ってたんじゃねぇのかよ」


「うるさい」


「そんなんだからフィルに見向きもされな――――」

「フィル、残念ながら聖都に行くのは五人になるみたい」


 これがいつもの日常だ。


 カイトとリアが言い争いを始め、ノクトがいつ止めようかとあたふたしている。ヴァンとセーラは寄り添いながらそれを微笑ましそうに見ているだけだ。ヴァンとセーラは恋人同士で、二人ともお揃いの白いブレスレットをつけており、聖都に着いたら結婚する予定なのだ。


 フィルはこの空気がとても好きだった。軽口をたたきながらもお互いを尊重し合う今の関係がフィルにはとても心地がよかった。


 しばらく他愛もない話をした後、ノクトが聖都行きのことについて切り出す。


「みんなはもう聖都に行く準備できてるの?」


 未だに言い合っている二人を横目で見ていたノクトの問いかけに、ヴァンが自分の黒髪を触りながら答える。


「おれはもうまとめたぞ。自分の荷物なんか大してないしな」


 セーラもヴァンに同調するように答える。


「私もある程度はまとめましたよ。あとはディアの分をまとめたら終わりですね」


 ディアとは、とても活発で可愛らしいセーラの妹のことだ。セーラから去年の誕生日にもらった白いブレスレットをいつも身に着けており、フィルに会う度それを自慢してくる。


「僕も準備しているんだけどなかなか本が片付かなくてね。フィルは?」


「俺ももう終わったよ。ヴァンと一緒で荷物も少ないし。大事なものはこのペンダントくらいだし、父さんと母さんの荷物も片づいたからいつでも出れる状態だよ」


 フィルは首元にぶら下がっているペンダントに触れながら答える。


 このペンダントはフィルにとっては特別なものだ。


 フィルが生まれてしばらく経った頃、まるで最初からそこにあったかのように小さな手に握りしめられていたそうだ。以降、成長と共に肌身離さず身に着けている。


 フィルは厳しくも優しい両親が大好きで、成人したら早く仕事について二人を楽にさせてやりたいと常々思っていた。


「そっか。いよいよ明日だもんね。あの二人はどうせまだやってないんだろうし……あっ! 最後にみんなで”希望の丘”に行かない?」


 ノクトが急に思いついたように言う。


 『希望の丘』とはフィルたちが名付けた秘密基地のことだ。村の北門から出て少し歩いたところにある小高い丘のことで、村の大人たちからは子供だけで外を歩くなと言われていたが、こっそり抜け出してそこによく六人で集まっていた。


 ノクトの提案に対し、リアに沈められていたカイトが起き上がりながら賛成の声を上げる。


「いいこと言うじゃねえかノクト! みんなで行こうぜ!」


「あんた明日の準備はどうすんのよ」


「そんなん帰ってからやればいいんだよ」


「またおじさんとおばさんに怒られるわよ?」


「いいんだって! なっ! みんなで行こうぜ!」


 カイトの呼び掛けに対してヴァンが残念そうに答える。


「すまん。おれは今日”北”の担当なんだ。おれのことは気にしなくていいからみんなで行ってきてくれ」


 ”北”とは北門の警備という意味だ。ヴァンは父親から剣術を習っているため今日は警備の担当だった。ヴァンに続くようにセーラも同行は難しいようだ。


「すみません、わたしも帰らないとディアが一人になってしまうので……わたしの事も気にせずみんなで行ってきてください」


 艶のある長い髪を揺らしながら申し訳なさそうに言う。二人の事情が仕方ないものだと納得した様子のカイトがフィル、リア、ノクトに声を掛ける。


「じゃ四人で行くか。日が暮れる前に行こうぜ」



 しばらくフィルの家の前でしゃべっていたが、見張りの時間も近づいていたためヴァンとセーラとはそこで別れ、四人は北門を抜け希望の丘を登っていた。


 リアの赤髪とカイトの短めに切り揃えられている金髪を追いかけながら、唐突にノクトがフィルに声を掛ける。


「ねぇ、フィルは聖都に行ったらなにかやりたいことはある?」


「やりたいことねぇ。正直何も浮かばないんだよな。ノクトは何かあるのか?」


「僕は……ずっとみんなといられるように自分ができることを全力でやろうと思う。それが何かはまだ見つかってないんだけどね」


 腐海から吹き抜けてくる風を浴びながらうつむき加減にノクトが言った。

 

 少し長めな青みがかった髪が夕日に照らされている。



「そっか。じゃあ俺と一緒に見つけよう」



「えっ?」


「自分が何ができるか、やりたいかなんて別に一人で見つけないといけない訳じゃないと思うんだよ。最終的に決めるのは自分だけど、やりたいことなんて誰かと一緒に探せばいいんじゃないかな」


「そういうものかな」


「そういうものだよ」


「フィルはすごいね。僕もフィルみたいになりたいよ」


「別にすごくなんかないさ。ノクトはノクトなりの生き方を探せばいいんだ」


「僕なり……ね」


 ノクトはそれ以降何も言わない。


 遠くに青い鳥が飛んでいるのが見えていた。



「やっぱりここはいつ来ても眺めがいいわね」


 頂上に着き、広大な腐海を見ながらリアが気持ちよさそうにつぶやく。そんなリアを見ながらフィルはノクトに言われた質問をリアにぶつけてみた。


「ねぇリア。リアは聖都に行って何かやりたいことはある?」


「どうしたの急に? やりたいことねぇ……あたしはやっぱり自分の店を持ちたいわね。料理が好きだから色んな人に自分の料理を食べてほしいの。聖都にはここにはない色んな食材もあるだろうしね。あとはあたし物語読むの好きじゃない? だから自分も人をわくわくさせるような物語を書いてみたい」


 フィルはうらやましかった。自分のやりたいことがあって、それを将来の目標として見据えて動こうとしているリアが眩しかった。


「リアはやりたいことがいっぱいあるんだね。うらやましいなぁ……カイトは?」


「オレは世界中を旅して色んなことを自分の目で見たい。その為には色んな知識がいるだろ? だから聖都に着いたら働いて金貯めて『国教院』に入る。それが今の目標だな」


 『国教院』とは聖都にある教育機関で、入学するには一般知識を問う試験に合格できうる学力と多額の入学金が必要なのだ。


 そんなカイトを尊敬の想いで見ていると、はっとした表情でカイトが叫ぶ。


「あっ! しまった! 家に忘れてきちまった!」


「何を?」


「酒だよ。フィルが成人したから親父の酒を持ってきてここで飲もうと思ってたんだよ。ちょっと取ってくる!」


「あっ、ちょっ」


 止める間もなくカイトは風のように村の方に走り去ってしまった。


「まったく……」


 カイトを待っている間、フィルとリアは理想のお店の話や国教院の話など聖都での暮らしの話で盛り上がっていた。

 

 しばらくリアと話していたフィルだったが、ふいにノクトが会話にまったく入ってこないことに気付く。


「ノクトどうかした? さっきから全然喋ってないけど」


 その表情はどこか不安げだ。ノクトは頭に浮かんだ考えを整理するかのように、西の森を指しながら真剣な面持ちで言う。


「……西の森の様子がなんだかおかしい。今の時間なら夜告鳥フーバが飛んでいるはずでしょ? なのに今日はまったく飛んでない。それに、何か変な臭いがしない?」


 そう言われフィルも五感を研ぎ澄ませるように集中する。するとフィルにもその異様さを感じ取ることができた。たしかにいつもあれだけうるさい夜告鳥フーバがいない。


 そして鼻腔を突くこの臭い。まるで何かが焼けているような――――



 その時、突如、村の方から地面を揺るがす程の轟音が響き渡る。



「なんだッ!?」


 村の方へ目を向けると黒い煙が濛々と吹き上がっている。


 全身から血の気が引くのを感じながら、何があったのか確かめようとフィルたちが村の方へ向かおうと立ち上がったその時、カイトが血相を変え丘を駆け上がり、息を切らしながら叫んだ。


「村がッ! はぁっ……はぁっ……晶獣オーロの大群に襲われてるッ!」


 先程聞いた轟音が脳裏に蘇ってくる。汗が吹き出し嫌な予感がぬぐえない。


 襲撃の話を聞いたノクトが必死な形相でカイトに詰め寄る。


「どうして……ヴァンは無事なのっ!?」


「無事だ。やつらなぜかから来やがった。ヴァンと聖公軍が交戦してるが、数が多すぎる。しかも、よく見えなかったがたぶん後ろにいたあいつは……『晶魔ゲート』だ」


「「「晶魔ゲート!?」」」


 その言葉を聞いたフィルたちに衝撃が走る。


 『晶魔ゲート』。


 それは”適合者アダプタ”が多量の晶素を取り込んだ際、まれに結晶化しきらずに狂暴化し身体が変質する異形の存在。強い思念を持っていた適合者アダプタが成ると言われており、体表だけでなく全身が結晶化し、一時的に適合者アダプタ時の数倍の身体能力を持つ。


 晶獣オーロよりも発生数は圧倒的に少なく、ゾネの村周辺で出現したという話は聞いたことがない。


「ヴァンも加勢しに行ったが、数が多すぎる。それに晶魔ゲートがいるならまず勝ち目はねぇ。村のみんなを連れて早く逃げるぞ!」



 フィルはうるさく鳴り響く鼓動を抑えつけながら、仲間とともに丘を駆け下りていった。

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