第十八話 ファイアークラッカーcase12

 窓が映し出す街並みは、遠くの建物が放つネオンサインが重なり合い、まさしく現代の不夜城を体現していた。時々通りすがる車のライトが、分厚い窓ガラスを通して室内に差し込み、ガラスという境目を隔てた先がこちらと確かに繋がっている事実を伝えてくる。


 新宿歌舞伎町のあたりは、なんとなくいかがわしくて敷居が高い。いわゆるホテル街というやつらしかった。窓に映る白翅自身の顔は、相変わらずの無表情だった。表情豊かになりたいと思ったことはないけれど、不安なことが多い今はありがたかった。きっと、自分が苦しい表情をすれば、周りに心配をかけてしまうだろうからだ。


「遺体がうずくまるような体勢をとっていた所を見ると、相当高温で一気に焼かれたらしい」


 新宿警察署のホワイトボードが置かれた小さな一室で、特務分室監督官の不破が、立ち上がりながら事件の概要を説明し始めた。バラバラな位置にいた翠、椿姫、茶花が部屋の中央に集まり、パイプ椅子に腰かけた。


「視界に入った対象を一気に燃やす能力……?ってことですよね」

「キミたちの見立てによるとな。今は、近隣の防犯カメラをチェックしているよ。正確にいえば、犯人が遠距離から『狙った』と思しき場所だがな」


 カメラの分析には、もう少し時間かかるらしい。今回の事件は、犠牲者が少ないこともあって、分室の手が空いているスタッフと、新宿警察署刑事課の捜査一係という部署との合同捜査という体制がとられているらしい。


「問題は動機ね……何が目的かさっぱり分からないわ」


 椿姫がきつい眼差しで疑問を述べる。被害者たちに共通点は無かった。最初に殺害された会社員も、次に焼き殺された作業員も、調べたところ特に接点はない。共通の知り合いも、第一の事件発生後から四日経った現在発見されていなかった。

 遺体は一酸化炭素の血中濃度が非常に高く、典型的な焼死なのだという。また、目撃者たちから新たな証言は得られていないらしい。


「これで無差別殺人だったら、犯人を探すのが難しすぎるのです」


 茶花の口調はひどく不満げだ。探すのが難しいということは、次の犠牲者が出る確率が上がるということだ。白翅自身だって、それは避けたい。

 なぜなら、自分は捜査という形でもかかわっているし、認識票に関連する事件であれば、確実に自分の存在が関係していることだからだ。翠が力強く答えている。


「次の事件には起こって欲しくないけど……。もし起きたら、すぐに現場を探して、似た条件の場所を虱潰しに探しましょう」

「それしかないな。とりあえず、めぼしい人物をカメラと目撃者を洗って探す。そして、見つかったらピックアップし、手配写真を出す。今は被害者たちの以前の足取りを生活パターンに沿って追っているよ。もしかしたら、被害者たちの生活パターンを犯人が、尾行するなりなんなりして調べているかもしれない。それなら、目撃者がいるかもしれないし、他のカメラにも犯人が映っているかもしれない」


 まるで、被害者たちが亡くなったのが、自分のせいであるかのように感じられる。犠牲者たちが増えるたびに。それがたまらなく嫌だった。

 そして、こんなことが起こるたびに、せっかくできたメンバーたちに負担をかけていることが苦しかった。


「わたしも……犯人を倒すのを頑張る……」


 当たり前のことしか言えないのが嫌で、その先をなんとか繋ぐ。


「みんなの中で一番頑張るから……」


 頑張るから、なんなんだろう。その先の言葉は続かない。頑張るから、わたしはどうしてほしいの?

 言葉を切ってしまった白翅に心配そうな視線が注がれる。それがまた白翅の気持ちを惨めにさせた。

 不意にコンコン、と、ドアがノックされ、脇道にそれかかった思考がもとに戻る。


「不破さん、清水です!ちょっと来てください!」


 言うが早いか、ドアが開け放たれ、短髪の二十代前半ほどのダークスーツの女性が、大慌てで飛び込んで来る。その表情豊かな顔には見覚えがあった。確か、三月の廃工場の事件で白翅を避難させようとしてくれた、清水という捜査官だったはずだ。


「どうした、落ち着いて話せ」

「落ち着いてなんかいられませんって!メッセージです!」


 清水が激しく息を切らしながら、報告する。


「捜査中の……!連続焼殺事件の犯人が、メッセージが送りつけてきました!」






 ラップトップPCの画面には、粒子の粗い静止画データが映し出されていた。望遠レンズを介して撮影したと思われる添付写真には、歩道のタイルから噴き出したかのゆに炎に巻かれ、膝から今にも崩れ落ちようとしている男の姿が映し出されていた。

 一見すると分かりにくいが、顔照合の結果、第一の被害者である高岡恵吉たかおかけいきちに間違いないとのことだった。そして第二の事件の被害者の写真も。


「自分が殺した人の写真を撮って送ってきたってこと?」

「趣味悪すぎでしょ」

「おそらく悪戯目的ではないと証明するためだろうな」


 たまたま見かけた通行人が撮った写真である可能性もあるが、それは現在、翠と共に見つけた第二の現場と照合中らしい。ちなみに、第一の事件の現場は、翠達が現場を見つけた後、椿姫達が似た場所を調べ上げ、今にも反応が消えそうになっている場所を見つけ出したおかげで、なんとか特定することができた。


 この写真は最初、東京のテレビ局に送り付けられてきたもので、内容を読んで仰天した担当者が大慌てで社内で会議を行い、結果として警察に届けることにしたらしい。

 新聞の報道では、原因不明の不審死として片付けられている。犯人も、着火した方法も不明な事故の可能性もある不可解な事件として。


 そして、送られてきたメール内容は、それを否定するものだった。タイトルは「欺瞞に満ちた警察への挑戦者より、市民の声の代弁者達へ」


 パソコンを滅多に使わない白翅でさえも、長いと感じるタイトルだった。

 そして、もっと問題なのはその内容だった。


『無知蒙昧たる市民を日々啓蒙したる報道局の皆様へ。結論から言わせていただきたい。巷を騒がせている偉業、そう、罪過に満ち満ちた官憲の犬どもに制裁を浴びせたのはかくいう私である。わが偉業の目的は……』


 から始まり、内容が一度読んだだけでは理解できないほど煩雑だった。不破は途中から目を瞼の上から抑えていたし、茶花は全く内容が理解できていなかった。

 白翅も半分も分からなかった。椿姫は途中でギブアップした。そして、一言翠に向かって、「頼むわよ、城山女子学院きっての国語の女帝」と言い放つと、あろうことかを丸投げした。


「頑張ります!」


 と意気込んで読み始めた翠は、十分後に解読を終えたが、黙読している最初の辺りから眉を顰め、先に進むうちに、みるみる冷や汗をかき始めた。やがてついに読み終えた時には、あどけない顔の全てが困惑に覆われていた。


「こんなに……こんなに酷い文章は初めて読みました」

「ごめん。あたし、リーダーとしての自分の指示に初めて疑いを持ったわ」

「椿姫さん、我らが国語の女帝に支援物資を送ってあげてください」

「シュークリームでいい?」

「……、翠、大丈夫?」

「うん……。ちょっと、休んでもいいかな……。ほんとうに酷いの。同じ言葉が何度も何度も続けて出てきてるし、出てくる四字熟語はほとんどが使い方を間違ってるし……。句読点が最初の方しか使われてなくて、つめつめだし……。一文が長すぎるし……。文法も無茶苦茶……。なんでこんなにガタガタなんだろう……」


 異物を飲み込んだような顔つきのままで、翠は言葉を吐き出す。その消耗っぷりは見ていて心配になるくらいだった。しかし、彼女には、これを要約するという責務が残っている。


「何分くらいすれば、回復するかしら?」

「五分ください。もし回復しなくても、時間が長引いたら要約する気が無くなるかもしれません」


 きっかり五分間おいて、翠が表情を殺して再読を開始した。やがて、しばし沈黙したのち、結果を報告する。


「二件の焼殺事件を起こしたのは自分だと言っています。犯人は警察が、善良だけどすごくバカな民間人たちを騙していて、不正をしてたくさんの利益を得ている、と思っているらしいです。そして、殺された二人はそんな警察の悪事に協力していて、そのことを『とある方法』……これはよく分からないんですけど、何かすごい方法で知ったみたいです。で、殺したのは不正に対する抗議活動のためなんだそうです」

「……なんだって?本当にそう書いてあるのか?」


 不破は半信半疑の様子だった。最近まで白翅は民間人だった。そして、現在もそこまで警察には詳しくない。けれど、それにしてもあまりにも内容が胡散臭かった。

 メールの文体と内容から推定するに、この場にいる誰もが口に出していないが、自分も含めて全員が同じ結論に達しているに違いなかった。

 即ち、『この文章を書いた人間はまともな精神状態ではない』


「はい……。それから、結びの部分なんですが……」


 翠はひどく言いにくそうだ。


「これは警察全体に対する挑戦で……まだまだ続くそうです」

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