第十三話 西部戦線異誕アリ case3

「……遅い」


 八幡小夜香やはたさよかは唇を尖らせた。履き慣れたテニスシューズで、敷き詰められたレンガをとんとんと踏む。


「あかん。いくらなんでも遅すぎる。向こうの人ら、道間違えとんとちゃうか」

「でも前の待ち合わせもここだぜ」

「四年も経っとるやろ。あかん、これは道忘れとるわ、絶対」

「スマホの地図アプリがあるだろ」


 それ便利なんか、と尋ねると、さあな、と叶はうそぶいた。


「アナログ人間だな相変わらず。ネットのついてない携帯すら壊しちまって、仙人にでもなんのか?別にそうなったって、魔術は強くなんないぜ」

「うるさいな、ネットは十八歳になるまで使わせんとお婆様に言われとるんや」

「あのババア、まだ生きてんのか」


 紗鳥叶さとりかなえ八幡小夜香やはたさよかは、それぞれ京都と兵庫を拠点に活動している魔術士だ。本来であれば、現当主が異誕には対処するはずが、今回はお互いの当主は地元に残り、他の異誕犯罪を警戒しており、小夜香たちが担当する事になった。

 小夜香の家の当主にとっては、今回の事件は「専門外」らしく、関わりたくないらしい。隠居の身である「お婆様」も、小夜香を修行させるつもりで今回の事件を一任するつもりらしい。

 当主はただ、ヤクザが怖いだけだと小夜香は思っている。今の自分の家は暴力団ととても正面からは張り合えないだろう。


 神戸で現在起こっている事件に、応援として中央の警察から人員が来ることになっていた。

 小夜香たちの家は、政府機関に雇われていない。昔から地元で根を張り、化物退治を生業としてきた家系だ。縄張り意識も強く、中央が異誕と戦うための特務機関を設立した時も、フリーのままで居続けた。

 今も、地元の有力者や警察から、事件ごとに依頼を受けて事件を解決するという形で化物と戦っている。今回の依頼は、大阪府警と兵庫県警からだ。

 そのため、今回共同戦線を張るメンバーを出迎えて、合同捜査本部に連れてくるように言われていたのだが……


「今、九時やんなあ。三十分は過ぎとる。おかしい。ずいぶん待たすんやなあ。なんでうちらこんなパンパンみたいに突っ立っとかなあかんの」

「お前、今全てのダイエット中の女子を敵に回したぞ」

「そっちのパンパンと違うわ 」


 神戸中央駅前広場にある、様々な店舗で囲まれたバスのロータリー近くで、待ち合わせのはずが、広場の時計が約束の八時半を指しても、東京からの応援は来なかった。行きかう人々を眺めるのも飽きた。

 おまけに、メンバー達の携帯の番号すらも二人は知らない。そもそもかけたくても、叶の携帯電話は充電が切れている。昨日、捜査に同行した時、帰った途端、疲れて寝てしまったのだという。そして、遅刻ギリギリにここに来た。更に、小夜香は昨日起こった事件で、私物の携帯を壊してしまっていた。今、新しいものを手配中だ。


「だいたい、来る人達どんな顔してんねん。もうだいぶ違うメンバーになってるんやろ?」

「機密情報なんだってよ。顔写真はあげられないんだってさ」

「メールに添付して見たらすぐ消せとでも言ったらええやろ」

「信用されてないのかもな、アタシら」

「ふん。東はうちらにずいぶん非協力的なんやなあ。うちらの顔は向こうは知ってるんやろ?」

「そうじゃなきゃ、向こうがあたしらを見つけられないからな」

「うちらのプライバシーは守られてへんのに、なんで向こうは守られてんねん。うちらの個人情報はフリー素材か」

「仕方ねーだろ、向こうは役所、こっちは民間なんだから。それも日本一忙しい役所だ。公安みたいなのもバックについてる。情報戦じゃかなわん」

「忙しい?そっかあ?東京の部隊と比べたらうちの県庁の方がまだ忙しいわ。あいつら九時五時なんやろ」


 前髪をなおしながら、小夜香は少し苛立った。自分でも、なぜ不機嫌になったのかはわからない。イレギュラーに対しての、八つ当たりに近いのかもしれない。

 叶があくびをし、端正な顔が歪んだ。が、なけなしのお淑やかさを発揮し、すぐに手で押さえる。自販機の近くのベンチに叶は、退屈したように長い脚を組んで座った。


「目立つ人がいるからいいだろ」

「……その人はずいぶん様変わりしてそうやけど 」

「たかが四年だろ」

「四年は大きい。いろいろ変わる。学校も。何もかにも」

「お前そんなに変わんないけどな」

「お互いさまや」

「腹減った。コンビニでなんか買おうぜ?」


 大きく伸びをして、叶が立ち上がった。変なところで叶は活動的だ。少し呆れながら、小夜香はため息をつく。


「その間に来たらどうすんねん」

「いいだろ、べつに。待ってくれてるって。こっちだって待ってんだから」


 ロータリーから引き返し、目についたコンビニに入った。レジには長い行列ができており、店員たちが忙しそうに会計を続けている。


「そういや、中央の機関に新人が入ったらしいぜ」

「ほんまに?景気ええなあ」

「風の噂だけどな。魔術士じゃないらしい」

「ほな、新しいバケモンか?」

「それが、どっちでもないらしい。親父が府警の本部長から掴んだ情報によるとだな、人間らしいぞ」

「人間?混血か?」

「違うらしい。最近まで普通の中学生やってた子で、女子らしいぜ。で、どうやらなかなか優秀らしい。どんなゴリラなんだろうな」

「ゴリラ?それはわからんけど」

「げ、マジかよ。牛飯ねえのかよ。吉田屋以下じゃねえかこのコンビニ」


 叶は気に入った食べ物が見つからなかったのか、他のコーナーに歩いて行ってしまう。

 人間?いったい魔術士でも混血でもない人間がどうやって化物と戦うのだろう?どんな能力があるのだろう?

 冷蔵のコーナーから飲み物を選ぼうとして、別の思考を始めてしまう。

 ふと、背後に視線を感じた。


「……?」


 思わず振り返る。いつの間にか背後に一人の少女が立っている。気配を全く感じなかった。

まるで、幽霊がいつの間にか現れたかのようだ。自分より少し背が低い。

黒いパーカーに黒いショートパンツ。肌の色は日本人離れした白色だった。くりくりとした瞳は今まで見た事の無い色だ。


「(紫色……?)」


 顔立ちは美しく、睫毛も長い。人目を引きそうな容貌でありながら、なぜか目立たない印象。不思議な雰囲気だった。


「…………」

「な、なんやろ?」


 こちらをなにか言いたげに見つめている。そして気づいた。


「あ、ごめん。どうぞ、飲み物とりたいんやね」

「……うん」


 少女は足音を立てる事なく、進み出ると、カフェオレをとる。そして、またこちらをちらっと見た。


「白翅さん、もう決まった?」

「……うん」


 総菜パンを並べているコーナーから小柄な女の子が歩いて来る。通った鼻筋に、顎の下まで伸ばした綺麗な黒髪を持つ、ぱっちりとした緑の瞳の女の子だ。

にこにこと笑みを浮かべて、「プリン乗せパン」と書かれた菓子パンを左手に握っていた。

 そして、その子は小夜香の顔を見るなり、「あ!」と声を出す。


「八幡小夜香さん?」

「……やっぱり?」


 色白の少女がぼそっと呟いた。自分の名前を知ってる?なんで?ふと、ある予感が頭に浮かぶ。もしかすると……


「忘れらんないよ、あんたの顔は」

「相変わらずの長身ね。スマートだわ。何センチ?」

「一七五センチ。バスケ助っ人の常連だよ」

「茶花のことは忘れてしまっているようですね」

「そもそも誰だお前」


 聞き慣れた声が近づいて来る。他の学生の一団を避けながら、叶と共に、淡栗色の長身の精緻に整った容姿の女性と、鳶色の髪の小生意気そうな少女がその袖を掴みながら現れた。


「叶、ひょっとしてその人」

「そうだ。螢陽のツバキだ」


 顎を軽く振って叶が答えた。やっぱり。背が伸びて、体つきは以前よりグラマラスになっているとはいえ、顔と髪の色は忘れようもない。螢陽椿姫だ。四年前に会った時以来だ。


「ということは……」


 魔術士としての感覚を研ぎ澄ませる。気配を敏感に感じ取る。異誕のエネルギーをまったく感じる事のできない相手が一人いた。


「じゃ、その子が期待のルーキーか」

「うそやろ」


 叶が言葉を発した一秒後に小夜香も続いた。

 黒いパーカーの少女は首を傾げた。

 この子が?異誕を倒せるのか?自分達魔術士とは違うのに?

 その隣に立つ、カーディガンに赤いチェックスカートの女の子がにっこりと笑みを浮かべて丁寧にお辞儀をした。微かに異誕の気配を感じる。

異誕との混血も分室に所属していると聞いたが、この子がそうなのか。

両方とも、細く華奢な身体つきをしている。

ちっとも強そうじゃない。ただ、服の上から見る限り、無駄の無い肉体をしていて、ほどよく鍛えているのが見てとれた。けれど、それだけだ。

 小夜香は頷いてから、どう対応したらいいかわからず、思わず視線を外し、誤魔化すようにレジ近くの壁を見た。


「うそやろ」


 店内の時計は八時二十五分を指していた。広場の時計が進んでいたらしい。

 なんということだ。駅にクレームを入れたい。自分の携帯電話を壊したやつらにも。近場にいたからといって、ついでに徒歩で来て、駅の構内の時計を確認しなかった自分達にも。


「……叶は糸こんにゃくで首吊ったらええねん」

「なんでだよ⁉」










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