青の深さを知る
水無月れん
青の深さを知る
放課後の全ての授業から開放された生徒であふれた廊下を井上竜二はだらだらと歩いていた。竜二の頭の中はロングホームルームで配られた進路のプリントの事で一杯だった。
人混みの中をどうにかかき分け、竜二は所属している軽音楽部の部室にたどり着く。部室には先客がいた。
「あ、井上。お疲れ」
「あぁ、青木。お疲れ」
青木は竜二と同じバンドのベースを担当していて、必要があればボーカルもやっている。ちなみに竜二はボーカルだ。
二年生になった今では違うクラスだが、一年生の頃は同じクラスで席も近かったため、二人はよく話しをしていた。当時部活に入るつもりの無かった竜二を軽音楽部に誘ったのは青木だ。
竜二にとって青木は眩しい存在だった。いつも元気があり、好きなことに真っ直ぐで竜二とは真逆の存在だ。竜二も青木のようにありたいと思うが、どうしても無理だった。
__否、何かと理由をつけてやろうとしないだけなのかもしれない。
好きなことに打ち込むのが怖いのだ。
「__井上、どうしたんだ?浮かない顔してさ」
ベースを抱えた青木が部室の椅子に座って黙り込んでいた竜二の前に立っていた。
「__あ、えっと……何でもない。少し、考え事していただけだ」
「そっか……」
青木はそのまま椅子に座る。まだ部活開始の時間には早いためだろう。
「青木はさぁ、落ち込んだ時とか、どうしようもなく嫌になった時、どうやって感情をコントロールしている?」
「ん?いきなりどうしたんだ?」
「いや、ただの興味だ」
竜二は正直まともな理解を期待していなかったた。
「そうだな……落ち込んだり、自信を無くしたり、励まして欲しいと思った時は音楽を聴くかな」
竜二は瞠目した。
「青木でも自信を失くすことがあるのか」
「そりゃあ、誰だってあるだろう」
その後、何曲かおすすめの曲を教えてもらったところで他の部員が来たため、その話は終わった。
「いただきます」
手を合わせ、そう言ってから箸を手に取る。
最近竜二にとって夕食の時間は苦痛だった。
進路について父から聞かれるためである。
三つ年上の兄、竜也も高校二年生の頃「父さんから進路を聞かれる時が辛い」とこぼしていたのを最近よく思い出すようになった。
「__ところで竜二、進路は決めたのか?」
父のそのたった一言で夕食の味が薄くなった気がした。
「……何となくは。だけど、まだはっきりとは決めていない」
焦る気持ちをなだめながら言う。
「そうか。三年生になってからでは遅いから、二年生のうちに決めるように。それから……」
食欲が一気に失せてしまったが、それをこらえ父の話に適当に相打を打ちつつ食べ終える。そして、さっさと自分の食器を片付け、「課題があるから」と言い、自室へ逃げるように戻った。
「__何でかなぁ」
自室のベッドに仰向けに寝転がり、つぶやく。
大学へ行きたいという希望はある。だが、そこから先が思いつかなかった。五年後、十年後の自身の姿のビジョンが思い描けないのだ。
「……疲れた」
未来に希望を見いだせない世界に。何者にもなれないという自身の現状に。
__こんなんだったら死んでしまったほうが楽だろうか。
そう思ったりもするのだけれど、その"死"への一歩を踏み出せずにいる。そんな自身が更に嫌になる。
唐突に、放課後の青木との雑談を思い出す。
『落ち込んだり、自信を失くしたり、励まして欲しいと思った時は音楽を聴くかな』
「……とりあえず聴いてみよう」
適当に教えてもらった曲を選び、イアホンをスマホに接続し、流す。
「……なんでだろう」
言葉に表せない、暖かいものが竜二の心に広がっていった。
泣きたいような、嬉しいような、不思議な感じだった。
救われたんだ。
そんな風に思った。
涙が溢れていることに気がついたが、竜二はそれをぬぐわなかった。
恐かった。否定されて自身の存在の意義がどこにあるのか分からなくって、不安だった。
寂しかった。こんなどうしようもなく辛く、光のない真っ暗な世界で一人で生きていくのが。
叶えたくっても叶えようのない綺麗事を嫌った。
夢をかなえるゾウ見たって、望んだって、どうせ叶いはしないって、いつの間にか夢を見ることを諦めていたことに気付かされた。
こんな僕でも生きていていいのかなぁ……。
前を向いて生きよう。背中を押されたようなきがして。
あぁ、そうだ。この世界に__
「僕の存在証明が、したい……!」
これが十七歳の僕の夢だ。
青の深さを知る 水無月れん @tunami273
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