知らない君はやっぱり素敵だった

@NEET0Tk

第1話

 俺の通う学校で一つのアプリが流行った。



 そのアプリは匿名でただお喋りするというアプリ。



 学校内だけで作られたグループでは、殆どの生徒が参加し、顔も分からない相手と話をした。



 俺も例に漏れず、そのアプリを入れた。



 最初は声でバレるんじゃないかと思ったが、案外俺と似たような声の奴がいて、この前も



「もしかして歩くスマホ君?」

「いや、違いますけど」

「あ!!ごめん。声が似てたから」

「そうなの?じゃあとりあえず連絡先でm」

「それじゃあ!!」



 なんてやり取りもあった。



 最初知らない女子から話しかけられ、告白かと勘違いしたのは苦い思い出だ。



 そんなアプリを続けている内に、俺は一人の女の子と出会う。



「久しぶり、セイさん」

「お久しぶりです。ノラさん」



 俺の名前は、偽名として適当に道端にいた野良猫という名前を取った。



 だからノラと相手に呼ばれることが多い。



 そして今、俺が話しているセイさんも同じようにノラと呼んでくれている。



「ノラさん、この前の読みましたか?」

「ああ見たよ。まさかあんな展開になるなんてな」



 セイさんとは半年前に出会った。



 プロフィールに



『漫画やアニメが好きです。一緒に話せる相手が欲しいです』



 というシンプルな内容から、一度話してみようと思った。



 実際に話してみると、見てる漫画の趣味や、ゲーム、音楽などが似ており、仲良くなるにはそう時間が掛からなかった。



「いやちょっと待って下さいノラさん。最後に二人は手を繋いだに決まっています。あんなの絶対大好きですよ。結婚した方がいいです絶対」

「いやいやいや、あのラストはまだ好きか分からないけど、それでも確実に心の距離が近くなった二人が、手を繋ぐべきか迷った後、照れてお互いにしないんだよ。これ分かんないかなぁ?」



 もしかしたらそんなに似てないかも知れない。



「このままでは平行線ですね」

「そうだな」

「いつものしますか!!」

「いくか!!」



 立ち上がる。



 向こうからもガサゴソと生活音が聞こえる。



 こうすると、やっぱり彼女も生きていると実感できる。



「セイさんと同じ学校か」



 こうして長い付き合いとなっても、俺は彼女の姿を知らない。



 朝はパン派だとか、寝る前にヨガをしているとか、課金は一ヶ月5000円までと決めているが、守れたことがないとか。



 色んな彼女を知ってるのに、その姿を見たことがない。



「待たせたな」

「お!!有名なやつですね」



 お互いに机の前でセッティングする。



 俺の机にはお菓子とジュース、それとタブレット。



「やっぱり」

「意見がすれ違ったら」

「「同時視聴!!」」



 二人で同じ作品を見る。



「アッハッハッハ!!」

「ちょ、ちょっとノラさん、笑いすぎです。これじゃあ集中できなブハッ!!」

「セイさんも吹いてるじゃんか!!携帯壊れてもしんないよ、俺」

「大丈夫です。こういうこともあろうかと防水の買いましたから」



 画面からドヤドヤと効果音が聞こえる。



「俺は携帯君が可哀想だよ。どこぞの可愛くもない女に水をぶっかけられるなんて」

「ちょっとノラさん!!ノラさん私の顔見たことないでしょ!!私メチャクチャ美人ですから。お婆ちゃん達も『セイは将来別嬪さんになるねぇ』って言われましたから!!」

「それ俺のお婆ちゃんも言ってるよ。それに無駄にお婆ちゃんっぽいモノマネうま過ぎだろ!!」

「声優目指してますから〜」

「こんな声優売れませーん」

「えー、絶対売れますよ。こんなに可愛くて愛嬌があって声もいい。完璧も完璧ですよ」

「残念それはフィクションの話でーす。セイさんの声がいいのは認めるけどな」

「それは素直にありがとうございますね!!」



 こうして喧嘩しながら視聴を終える。



「なぁセイさん」

「何でしょうか」



 画面からポテチを食べる音が聞こえる。



「なんかASMRみたいだな」

「今日もお疲れ様です」

「うお!!鳥肌たった!!」



 イヤホンをしてたら余裕でアウトだったな。



「ホントに、声優目指せるよマジで」

「それくらい甘いといいんですけどね」



 セイさんは寂しげな声を出す。



「俺が保証する。絶対になれるって」

「えぇ、ノラさん如きに保証されても自信湧きませんって」

「どういう意味だコラ!!」

「ひぃ!!怖いですぅ」



 ロリボイスを出されたら、本当に俺が悪いことしてるみたいじゃないか。



「まぁお前の声は良い。少なくとも、俺がセイさんのファン第一号であるのは事実だ」

「ふふ、そう言われると嬉しいですね」

「大いに嬉しめ。そして実際に俺と対面して、目の前言われたら吐くぞ」

「うげぇ、ノラさんの顔ってヘドロで出来てるんです?」

「失礼な!!下水道で洗っただけだ」

「そのままマンホールの下から出てこないで下さい」

「労え!!可愛い声で『しょんなことないですよぉ』くらい言ってみろ!!」

「無理でーす。私の声はそんなに安くありませーん」



 休日の昼間っから大声で叫び、煽り合う俺達。



「はぁ」



 疲れた。



「ため息吐きたいのはこっちです」



 声がする。



 不貞腐れた声まで透き通ってるな。



「……見てみたいなぁ」



 声が漏れる。



「会いたい……ってことです?」

「ん?ああ、悪い。確かにそれは事実だが、これだと俺の恐れる出会い厨みたいだから無し。俺はこれだけでも十分満足してる」

「ということは、直接話した方が楽しいと思ってるんですか?」

「ま、まぁそうだけど」



 何だ?



「会います?」



 その提案に少し驚かされる。



「セイさん、初めて会話した時に会うことは絶対無いって言ってなかったか?」

「ええ、まぁそうですね」

「なら何で急に」

「気分ですよ、気分」

「ふ〜ん」



 どこか投げやりだな。



「本音を言うのであれば、本当の私がバレたくなかっただけなんです」

「何だ?本当は虐められてるとか?」

「いえいえ、むしろ先輩を虐めようと思えば学校の半分は押し寄せて来ますよ」

「お前はアイドルか何かか?」

「むしろ私を知らないノラさんの方が凄いですが」



 最後の言葉は小さくてよく聞こえなかったな。



「じゃあ会うか?俺としては大歓迎だが」

「それだと面白くないじゃないですか」

「なんだ?ゲームでもすんのか?」

「いいですねそれ!!」



 モニターから元気な声。



 セイさんは色んな声を使い分けれるのに、こういう素直な反応ばっかなんだよな。



「そうですね、ルールはシンプル。声だけで私を見つけて下さい」

「声だけ?」

「はい。私のことを頭から足の先、そして恥ずかしい秘密まで知り尽くしたノラさんですが」

「おい!!俺達そんな話したことないだろ!!」

「そうでしたっけ?ノラさんあの苔むしたような髪のキャラのお尻大好きじゃなかったですか?」

「違う!!あれは芸術だ。時より見せるパンチラ、そこから生まれるエロスは最早、性欲という垣根を超え、一つの芸術と化す。それと苔むしたとか言うな!!」

「ノラさんがキモいのは分かりましたが、話を戻しましょう。ノラさんは私の情報を一切人に告げてはなりません。自身の耳だけを頼りに、私に会いに来てください」

「いいぜ!!やってやるよ。俺がお前の声を聞き逃すはずがないからな」

「ふーん、あ!!ちなみに、私は学校では違う声で喋ってるので」

「は?」



 ◇◆◇◆



 キーンコーンカーンコーン。



「おい!!飯食ってかねーのかよ。生放送始まっちまうぞ!!」

「俺もう食ったから!!」



 俺は教室を出る。



 さすがに同じクラスにセイさんがいるはずない。



「まずは他のクラスから見て行くか」



 隣のクラスに行く。



「うーん」



 皆が昼食を食べ、色んな雑音が聞こえる。



「聖徳太子でも無理だろこれ」



 少し時間が経つが、一向に分かる気配がない。



「声を掛けるには俺はあまりに弱すぎる」



 出直そうとすると、入り口で女子の声。



「マジそれな!!」



 ギャル!!



 俺にはハードルが高……



 待てよ、この声確か



『なぁセイさん。この声当ててくれよ』

『しょうがないですね〜』



 セイさんはコホンと咳をし



『マジありえなくな〜い?普通そこは特殊相対性理論を使うって感じ〜』

『……』

『……』

『何だこれ』

『ノラさんが読ませたんですけど!!』



 あの時の声と似てる。



 もしかしたらセイさんはリアルだとギャルなのかもしれない。



 俺は勇気を振り絞り



「あn」

「マジオタクとかありえねぇって感じ。特に漫画読んでニヤニヤしてる奴とか、ドルオタとか普通にキモいよね。ん、あんた誰?」

「いや……えっと」

「へぇ、意外とイケメンじゃん。ちょっと私達と」

「あ!!空にケバい国語科の先生が!!」

「何それウケる〜」



 ギャルが視線を逸らした隙に、俺はすぐさま逃げ出した。



「危なかった、あのままだったら俺はギャルゲーと真逆の、恋愛要素をすっ飛ばした大人な恋愛をさせられるところだった」



 呼吸を整える。



「そもそも同学年はよく通りかかる人が多い。ならば、声を聞く頻度の低い、年上か年下の方が確率が高いか」



 俺は上級生のフロアに向かう。



「怖い!!俺より年上しかいないこの空気が怖い!!」



 こういうことなら友達を連れてこればよかった。



 でも理由を聞かれて



『女の子探してるんだよねー』



 なんて言ったら百年はイジられる。



 それだけは避けたい。



「通話だとタメ口だけど、よくよく考えたら失礼だったかもな」



 今日帰ったらタメ口のままでいいか聞いておこう。



「ここで通りかかる人の声だけ聴くか」



 さすがに教室に入る勇気はない。



「あんまり人が通らないなぁ」



 ボケーっと座る。



 ただ時間だけが流れていく。



「はい、分かりました。これを職員室に持っていけばいいんですね?」

「は!!」



 今の声!!



『セイさん。この作品はアニメ化しなきゃ勿体無いと思うんだ』

『同意見です。特にこの」

『『黒髪先輩』』

『声当て頼む』

『了解しました。未熟者ではありますが、彼女の素質を引き出せるようにします』

『GO』

『分かりました。あなたの頼みを聞き入れます。ですので、私のお願いも聞いて下さいよ』

『……』

『……』

『恋……焦がれちまった』

『どうして私達はこの次元を超えられないのでしょう』

『きっとそれが人間への罰なんだよ』

『アンチテーゼですね』



 あの時の声



 似てる!!



 俺は震える足に喝を入れ、話かける。



「あの」

「はい、何でしょうか」



 勉強の物や、ファッション雑誌、ましてやアイドルなどの写真集などの本を持ち上げる名も知らない先輩。



「あ、手伝いますよ」

「え?あ、ありがとうございます」



 俺は半分本を持ち、無言で歩く。



「えっと、どうして声を?」

「あ、いえ、その、友人に声が似ていまして、それで勘違いしたといいますか……」

「あ、もしかして例のアプリですか?」

「ああ、そうです」

「それなら人違いですね。私はあのアプリをしてませんので」

「へぇ、珍しいですね。学校の殆どの人がしてるのに」

「機器の扱いが苦手でして」

「あぁ、最初は俺もスマホ使うの大変でした」



 軽い雑談をし、職員室に着く。



「ありがとうございます。助かりました」

「いえいえ、俺の方こそ急に声を掛けて驚かせてしまって」

「お陰で私は楽になったのでむしろ大歓迎でした」

「あはは。これなら先輩がアプリをしてても、彼女じゃないと分かりますね」

「それはどうしてですか?」

「だってあの人なら先輩のように優しいこと言ってくれませんから。きっと『頼んでませんから』とか、『口説いてるんですか?』とか言ってきますからね」



 すると先輩はクスリと笑い



「どうでしょうか。それはきっと照れ隠しだと私は思いますよ」

「そうでしょうか?」

「はい。その人、見つけられるといいですね」

「そうですね。会って最初に『めんどくせぇ』って言ってやりますよ」

「頑張って下さい」



 こうして名前も聞かず、先輩と別れる。



「いい人だったな」



 あの人とは本当に大違い。



「いや」



『声だけで私を見つけて下さい』



「あれくらい生意気な方がいいか」



 俺は探すのを再開する。



「そもそもさっきの先輩みたいに敬語で喋る人は少ない」



 つまり、セイさんは年下だから自然と敬語を喋っていた。



「それになんか年下って感じがする!!」



 これは完全に偏見だ。



「行くか」



 下級生のいるフロアに向かう。



「怖い」



 年上も怖いが、年下も怖い。



 もしかしたら俺は人が怖いだけなのかもしれない。



「うーん、後輩か」



 俺は高校に入って部活動をしていない。



 そんなことしてる暇があったら漫画かアニメを観たいからだ。



 この生き方に不満はないが、こういう人間関係で少し大変なのは少し難だな。



「いや、ここは一つ年上としての力を見せつけてやるか」



 道を歩いていると



「えぇ!!すごいですぅ」

「は!!」



 この声!!



『なぁセイさん』

『何だねノラさん』

『よく世間ではぶりっ子が嫌われてるではないか』

『そうですね。私も反吐が出る程嫌いです』

『だが俺は思うんだ。男の喜ぶポイントを熟知し、それを言葉巧みに使いこなす。彼女らは尊敬されるべきじゃないのか?』

『なるほど。考えたこともありませんでした』

『というわけでこれだ』

『……随分と長い前振りでしたね』

『やってくれるか?』

『いいでしょう。将来どんな役でもこなす為です』

『ヘッドホンはつけた』

『えぇ!!先輩ってこれも出来ちゃうんですね!!私、尊敬しちゃいますぅ』

『……』

『……』

『なんか……イラッときた』

『私も自分でしておきながら死にたくなりました』

『声優は大変だな』

『先が見えないですよ』



 思い出す。



 あの子のウザさとソックリだ!!



 よし!!行くか!!



「ちょっと君、時間あるかい?」



 俺は後輩に話しかける。



「えぇ!!わ、私ですかぁ?」



 凄い神経を逆撫でされるなこれ。



 話すたびに驚かないと気が済まないのか?



「あぁ君だよ。少しお話ししようか」

「わぁ、こんなカッコいい先輩に話しかけられて私嬉しぃ」



 リアクションがオーバー過ぎる。



 もしかして俺はバカにされてるのか?



 すると



「またあの子」

「ああやって媚び売って」

「キモ」

「有名人でもなった気かよ」



 陰口……か



「行こうか」

「はぁい」



 彼女はどこか元気が無かった。



 少し距離を離し、人気のない場所に来る。



「怖ーい、私何されちゃうのぉ」



 後輩の子は先程のように軽い口調だが、僅かに震えている。



「悪い、声を掛けたのは俺の友人に声が似てたかたなんだ。何もしないから安心してくれ」

「そうなんですか!!私、襲われると思っちゃいました」



 後輩の子は笑っているが警戒心は緩んでいない。



「あぁ、何だ、君それが素なの?」

「え?」



 本当に驚いた顔。



「当たり前じゃないですかぁ。確かによく天然とか言われますけどぉ」

「アニメとか好き?」

「え?」

「何でもいいよ。有名なやつとか、昔見てた少女向けのものでもいい。もし俺の知らない作品なんて出せたらやってみろ」

「急に何を」

「いいから。天然なら空気読むな」



 それから俺は、一方的にアニメの話題を話し続けた。



「あ、それ知ってます」

「お!!中々だねぇ」



 最初はライトな層から。



 そこからドンドンディープな方を話すも、思ったより知っていて驚いた。



「あの作画いいよな!!」

「はい!!痺れましたよね!!」



 いつの間にか語り合う程に。



「そうそう、その漫画の子と君が似てるんだよね」

「だって私はその子を目指してますから」



 ぬるりと真相が語られる。



「自信がないと、何かを真似したくなりました」

「それで、あんな似合わないことを?」

「えへへ、やっぱりそうですかね?」

「俺とここに来た時も震えて震えて、俺虐めてるのか?って錯覚したからな」

「いやー、襲われると思いまして」



 笑い話となる。



「別にあの生き方は否定しないけど、今の君の方がいいと俺は思うな」

「こんな話に付き合えるのは先輩くらいですよ」

「そうか?何年生かは知らんが、同じように喋ってくれる女子を俺は一人知ってるけどな」

「もしかして、その人が私に似てたっていう?」

「ああ。例のアプリやってるか?」

「はい」

「名前は?」



 語られる名前。



 ……違うな。



「そもそも私、先輩みたいな人と喋った記憶がありませんから」

「そうか」

「そんな人がいるなら友達になりたいですね」

「こういう話が出来ると楽しいからな」

「その通りです」



 無言。



「先輩」

「何だ」

「辛いです」

「そうか」

「最初は友達が出来ると軽い気持ちでした。そしたら男子が寄ってきて、相手をしてたらいつの間にか孤立してて、もう取り返しもつかないとこまで来てて」

「辛かったな」

「辛いです。こんな学校嫌です。本当は今日も来る予定じゃありませんでした」

「そうだな。勉強もだるいし、人付き合いもだるいし、来たくないよな」

「先輩とは違いますけどね」

「そうか」

「ふふ」



 笑う。



 どこか似ていた。



「そうですね。きっと、このままにしてたら私は不登校になります」

「それは困るな。俺の罪悪感の歯止めが効かなくなる」

「でしょう?なら、先輩に取引を申し込みます」

「いいだろう。俺の魂でも何でも掛けてやるぜ」

「その友達と私を友達にして下さい」

「名前も顔も知らないやつを?」

「はい。でも、私にどうしてアニメの話を急に?」

「それは」



『初めまして』

『おう、初めまして』

『先に言っておきますが、これでいくら話そうと実際に会うことはありませんから』

『そうか。なら早速アニメの話するか』

『え、あ、はい』

『何だ?俺のこと出会い厨とでも思ったか?』

『はい』

『よし、じゃあ謝れ。俺の名誉が傷ついた』

『中々癖の強い人と会いましたね』

『こっちの台詞だ。それに、剣士が剣を交えれば相手が分かるように、オタクはアニメの話をすれば相手が分かるんだよ』

『確かに、中々わかってますね、野良猫さん』

『ノラでいい。いちいち長いだろ』

『じゃあ私もセイでいいです』

『そうか?じゃあこれからよろしく、セイさん。今夜は寝かせないぞ!!』

『非常に気持ち悪いですけど、徹ゲーに慣れた私なら問題ありません』

『じゃあ早速』



「そうだな、俺はファーストコンタクトにアニメの話をしないと気が済まないんだ」

「変わってますね」

「そうだな。そのおかげであの人と知り合えた」

「良い人なんですね」

「どこでそう感じ取った?もうゲスでクズで声とゲームプレイと着眼点がいいだけの女だ」

「ベタ褒めですね」

「まぁ実際に会ってブスだったらバカにしてやる」

「嫌われますよ?」

「いいんだよ。その程度で切れる程弱い縁じゃない」

「信用してるんですね」

「感動的に言わんでいい」

「美人だったらどうするんですか?」

「だったら俺がバカにされて、泣いて、笑って、それからいつも通りだ」

「付き合ったりは?」

「考えたこともなかったな。名前も顔も知らないんだからな」

「そうですよね」

「ま、その点君なら可愛いし、面白いし、きっといい彼氏が出来るよ」

「別に私は先輩でもいいですよ?」



 それは



「いや、いいよ」

「どうしてです?」

「俺より相応しい男がいる、とか耳障りの良い言葉は言えないんでな。俺は君をまだ知らない。それだけだ」

「良かったです。これでオッケーされたら速攻で振るつもりでした」

「怖!!」



 え?



 今のって男心を利用した新手のトラップだったの?



「先輩は彼氏としてはクズ過ぎます」

「おい!!」

「ですが」



 手を出される。



「友達としてなら最高点です」

「そうかよ」



 俺はその手を握る。



「紹介する時はまずは好きなアニメを教えて下さい。予習しておきますから」

「多分大丈夫だと思うけどな」



 そして昼休憩が終わった。



「結局見つけられなかったな」



 それから何度も探すが、放課後になっても見つけることは出来なかった。



「これ何日かかるんだ?もしかしたらセイさんが三年生で、俺が卒業までに見つけられなかったらどうなるんだ?」



 一抹の不安がよぎる。



「とりあえず一回連絡入れるか」



 俺は携帯を取り出す。



『セイさん見つけられん、むず過ぎる』



 こんなメッセージを送る。



 ピコン



「ん?」



 返事早いな。



『ちゃんと頑張って探したんですか?』



 はぁ?



 人見知りの俺がどれだけ頑張って話しかけたと思ってんだこの野郎!!



『ふざけんな!!ギャルに絡まれるし、メチャクチャ大人な先輩に話しかけるの緊張して吐きそうだったし、ぶりっ子後輩の時なんてイキって声かけて撃沈だよ!!』



 怒りのメッセージを送る。



 ピコン



『え!!それは頑張りましたね。あのヘタレなノラさんがよくそんな濃いメンバーに話しかけられましたね!!久しぶりに尊敬しました』



 ところどころ棘があるが、まぁ褒められて悪い気はしない。



『まぁな!!!!』



 ドヤ顔スタンプを送りつける。



『ちなみに私は今日学校を早退したので、ノラさんはいない私を探し続けたことになりますね。ざまぁ』



 俺は怒れる右手を押さえ込む。



 危ない、このまま自身のスマホを壊すところだった。



『お前ふざけんなマジで!!殺すよ?ねぇ殺していい?普通連絡入れるくね?普通。いや絶対入れるべきだよね?常識ないの?頭の中小学生なのかな?』



「ハァハァ」



 怒りの長文を送りつける。



 ピコン



『必死乙』



「ウラァ!!」



 携帯を投げつける。



「マイフォン!!」



 そして拾い上げ、撫でる。



「悪い、あのセイさんとかいうアホのせいでこんなに傷ついて」



 少し角っこの方が削れている。



 可哀想に



『俺はお前を殺すことにした。理由は俺の心の分、そして傷ついたマイフォン君の分の二つ分だ』



 俺は殺害予告を送る。



 ピコン



『ひぃ、怖いですぅ。まぁ話の続きは家でしましょう。帰ってからいつも通り、通話しましょうか』



「俺の苦労は何だったんだよ」



 俺はため息を吐く。



 まぁでも



「無駄ではないか」



 今日は思ったよりもいい出会いもあった。



 偶には人に話しかけるのも悪くないな。



「帰るか」



 バックを持つ。



 長い廊下を歩く。



「マジそれな〜」



 人が少なくなったとはいえ、まだ歩いてる人もいるな。



「今日もあそこのパフェ食べに行こ!!」



 あ、今の言葉セイさんが言ってたな。



 モブっぽい声ですらいいものに聞こえるんだよな。



「やっぱり売れると思うけどな」



 歩く。



「俺ダンベル80キロいけたぜ」



 凄いな!!



「私ピアス開けるんだー」



 不良かよ



「僕は実は転生者なんだ」



 どうしよう、凄い気になる。



「あ、はい、今日もお疲れ様です」



 自然と、俺は腕を掴んでいた。



「え?」



 驚いた声。



 それは



 何度も聞いた



「セイさん」



 女の子が振り返る。



「よく、見つけられましたね」



 この顔……



「アイドル?」

「おお!!ノラさん知ってたんですか?」

「今日雑誌を運んでたら表紙に……」

「偶然ですねー。ノラさんはアイドルなんて興味ないですからねー」



 クスクスと笑っている。



「え、えっと……」

「何キョドってるんですか?もしかして私のこと可愛くないって思ってました?」

「正直……」

「失礼ですね!!私毎日のように私は可愛いって言ってましたよね!!」

「でも、その度にこの子達はもっと可愛いって言ってたから」

「そりゃ二次元、ましてや好きなキャラに私が勝てるはずないじゃないですか!!」

「いや……でも」



 もう一度顔を見る。



 まるで作りもののようだ。



「惚れました?」

「バカが」

「はぁ?ノラさんにだけは言われたくありません!!」



 イーっと口を伸ばす。



 今までは声だけだったが、こうして見ると本当に表情豊かだ。



「それにしてもノラさん、下水道と言ってた割には綺麗な顔立ちしてますね」

「アイドルに言われたら皮肉にしか聞こえん」

「いやいや、むしろアイドルのお墨付きですよ?誇って下さい」

「俺の顔をネットで売ったら幾らになるかな?」

「サイン感覚ですね」



 あぁ、やっぱり、顔を知ろうと、相手がアイドルだと知ろうと、俺らは俺らなんだ。



「それにしても早退って?」

「あぁ、実は朝からテレビの生放送がありまして、それに参加しないといけなくて」

「なるほど、そういえば俺の友達も似たようなこと言ってたな」

「ノラさんに友達が!!」

「驚き過ぎだろ!!」


 

 俺のことなんだと思ってるんだコイツ。



「それにしても、うちの学校にアイドルがいるなんて知らなかったな」

「いや多分知らないのノラさんだけですよ。一時期学校中で騒ぎになって、私学校では個室で授業しなきゃですから」

「通りで見かけないわけか」

「それと、このアプリが流行ったのも、私がこれしてるって言ったのが始まりですから」

「マジで!!」



 衝撃の事実。



「セイさん凄かったんだなぁ」

「逆に知らなかったノラさんの方が凄いですよ、最早」

「そう褒めるな、照れるだろ」

「キモ」



 ストレートが一番効くんだよ。



「まぁ何だ。こうして驚きはしたものの、やっぱりセイさんはセイさんだったてことか」

「それは私の台詞ですよ」



 いつもの小馬鹿にした声ではない



「最初、私は怖かったんです。私がアイドルと知って、ノラさんの態度が変わるんじゃないかと。もしそうなってしまったら、あなたは私のファン1号では無くなってしまうんじゃないかと」



 少しだけ、目に涙を浮かべている。



「だから今まで素性を隠してたのか?」

「はい」

「家に帰って通話しようって言ったのは?」

「急に怖くなりました」

「俺に探すように言ったのは?」

「私を、アイドルではなく、声優を目指す一人の女の子として見てもらいたかったからです」

「ふ〜ん」



 なるほどな。



「イタ!!」

「バカが」



 俺の中で怒りが込み上げてくる。



「俺はお前がアイドルだろうか、ドブみたいな顔してようが同じだ。一緒に同じもの見て笑ったり、泣いたり、バカにしたり、そういうのがいいんだ。それに、俺がお前に惚れたのは顔じゃない。声だ。そんな貼り付けた笑顔如きにお前の声が負けるかよ」



 俺は思いをぶちまける。



「そう……ですか……」



 一雫、落ちる。



「やっぱりセイさんは気持ち悪い程のド変態ですね」

「おい!?今のそういう流れじゃないよね?もっと感動するところだよね?」



 胸に重みを感じる。



「これは私の頭突きです」

「そうかよ。こんな時まで俺への攻撃か」

「はい。決して泣き顔が見られるのが恥ずかしいわけじゃありません」

「そんなこと言われたら見たくなっちまう」

「セクハラで訴えます」

「俺は女の子の泣き顔なんて見たくないさ」

「キモ」



 しばらく時間が経つ。



「実は後輩が出来てな。そいつ、友達がいないんだ。そしてお前を紹介するって言っちまった」

「男なら無理ですよ」

「安心しろ。女の子だ」

「じゃあもっと無理です」

「何故!!」



 胸の重みが消える。



 何故か、もう少しこうしていたかった。



「ノラさんは馬鹿ですね」

「違うが?」

「いいえ、クソバカです。この世で最もアホです」

「微妙に言い方変えんな!!」



 目元は赤いが、涙は止まっている。



 それに、それでも可愛いと思えるほど綺麗だった。



「アニメ好きだ。きっとセイさんも気にいる」

「どうでしょう?険悪になる未来しか見えません」

「何故だ?」

「何故でしょう」


 

 小悪魔のように笑う。



「今度一緒に映画でも観に行きませんか?例のやつです」

「俺が一人で行くって言ってたやつか。いいな」

「私を彼女気取りで自慢げに町を闊歩してもいいんですよ?」

「やっぱ一人で行くわ」

「ちょ!!冗談ですから。ちゃんと変装しますから」

「俺も冗談だ。楽しみだな」

「そうですね」



 微笑み合う。



「ところで名前、知ってますか?」

「俺がアイドルの名前を覚えてるとでも?」

「さすが、二次元以外興味ない男」

「舐めるなよ?俺は三次元もいけるたちだ」

「ほぉ、素晴らしいですね。ではでは、私の名前は」



 ーーーー



「いい名前だな」

「私の誇りですから」

「俺の名前は」



 ーーーー



「珍しいですね」

「まぁな」

「自慢気!!」

「親から貰ったもので唯一気に入ってる」

「反抗期ですねぇ」



 彼女の名前を、顔を、そして



「リアルで聞いた方がいい声だな」

「機械如きで私の声を表すなんて100年速いですから」

「珍しく意見が合致したな」

「さすが、私のファン第一号です」

「当然だろ。だって」



 お前の声は何度も聴いてるから



「帰りますか」

「そうだな」



 投げ捨てたバックを拾う。



「行くかーー」

「はい!!ーーさん」




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