拝啓、麗しい君へ。

友真てら

全てを君だけのために捧ぐよ、愛してる。

今年も綺麗に咲いたな、良かった。花壇いっぱいに咲いた大きな向日葵をみながら呟く。太陽の方を向き凛と咲く花は、いつも下ばかりを向いて生きている僕とは正反対だ。向日葵ばかりの花壇の端に咲いている小さくて黄色い花の方がよっぽど僕にお似合いか、そういえばこの花なんて名前だったかな。そんなくだらない事を考えながら秘密の場所へ向かう。

向日葵の咲く季節になると、僕らはあの場所で落ち合った。毎週日曜日、太陽が頭の上に登るのを合図にして。



「あ、五分遅刻だよ。」

君の声がする。僕は慌てて時計を見る。確かに太陽は真上にあったはずなんだけどな。

「ごめんよ、お詫びにジュースでも買ってくる。」

そう言い、出ていこうとする僕の服の袖を細い指が掴んだ。

「そんなの要らないよ、ほら早く。」

君に袖を引かれるままいつもの場所へ向かう。そこには向日葵の咲き乱れる花畑があった。そしてその真ん中に、いつ誰が住んでいたかも分からない空き家があったのだ。まだあどけなかった僕達はここを秘密基地だと言い、毎年毎年、ここで二人だけの時間を過ごした。それはとても甘く、幸せな日々だった。


あの日、あの場所で君に出会った十四の夏から、僕の心は君に支配された。君の向日葵の様な笑顔は脳裏にこびりつき、十年経った今でも僕を縛り付けている。君はもういないと言うのに。


あれは確か十七の夏。いつもの場所、いつもの時間。全ていつも通りなはずなのに、君だけがいなかった。世界が君だけを置き去りにしたようだった。血の気が引いた。僕は全力で君を探した。空き家の中、学校や森の中までも。毎日日が暮れるまで探した。他のものなんてどうでもよかった。

君がいなくなってから四週間が経った。この猛暑の中、もし遭難しているなら生きている確率はそう高くないだろうと言われたその時、視界が真っ暗になった。

遭難?あの向日葵のような君が?もしかして誰かが連れ去ったのか?たしかにあんなに輝いていた君ならないとは言いきれない。でも一体誰が、僕だけの君を。ああ、こんなことになるなら僕だけのものにしておくべきだった。



そしてしばらくして、君の捜索は打ち切りになった。



それから一年がたった今、僕は君の夢を頻繁に見るようになった。毎日、毎日、暗闇の中で君の悲鳴や、泣き声が聞こえた。ある日、暗闇があの日見た向日葵畑へ姿を変えた。それは目を見張るような景色だった。一面の黄色の中に、君が立っていた。

「どうして、どうしてなの、ねぇ答えてよ」

荒い声で叫ぶ君。

「何がだよ、僕が一体何をしたって言うんだ」

僕はただ君のことが好きなだけじゃないか。この世の誰よりも。

「どうして殺したの」

殺した?僕が君を?そんなことあるわけない、あんなに君の笑顔に救われた僕が君を殺すだなんて。ああ、なるほどこれは悪夢か。

「逃げないでよ、また私に嘘つくの?」

逃げるだなんてとんでもない。大輪の向日葵の君に、花壇の端に咲く花が勝るわけないじゃないか。

「沢山二人だけの秘密も作ったのに、一緒に向日葵もタンジーも植えたのに」

タンジー?あぁ、あの小さい花はタンジーって名前だったのか。よく分からない名前だな。

「ねぇ、どうして何も言ってくれないの、ねぇ」

君の声が遠ざかる。今日はこれでおしまいのようだ。酷い悪夢だったな。

「目が覚めたらあの場所に来て。いつもの時間にね。」

いつもの場所?嫌に具体的な夢だな。まぁそれくらいなら行ってみてもいいか。明日は君の命日だった気がするし。


悪夢から目覚めた僕は、太陽が真上に登る頃、いつもの場所へ向かった。吸い込まれるかのように向日葵畑の中へ足を踏み入れる。背の高い向日葵をかき分けた先に、首を垂らした一際大きな向日葵があった。まだ太陽は真上にあるのに、どうしてこいつだけ下を向いているんだろう。釣られるようにして僕も下を向く。


その花の下には、沢山のタンジーが咲き乱れていた。




拝啓、麗しい君へ。

僕はどこで間違ったのだろう。

君への愛は、恋は、偽りだったのだろうか。

またいつか会えることを楽しみにしていてくれ。来世あたりで会えるといいな。

また、君の大好きな向日葵とタンジーを、君だけのために捧ぐよ。

愛してる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

拝啓、麗しい君へ。 友真てら @piyo_pyon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ