オキナグサ

友真てら

春になりきれぬまま。

あぁ、もうこんな季節なのか。生暖かい風が僕に季節の訪れを告げる。まだ冬の気配が残る部屋に差す明るい光が、季節に置いてけぼりの僕を刺す。僕はほんの少し空いていた窓をそっと閉じた。


あの日、世界一面が白銀に染まった。なんの汚れもないそれは、空っぽの僕を朝笑うかのようにキラキラと輝いていた。窓を開け、そっと息を吐く。―春を失った僕に残るものなんて何も無い。僕の口から出たそれが空に消えていくのをぼうっと眺めていた時、携帯電話が僕を呼んだ。連絡なんて普段滅多に来ないのに。思い足取りでベットの上に放り投げていた携帯を取る。

何件も並んだ見慣れない番号からの不在着信。どうせ詐欺かなにかだろう、鬱陶しいな。そう思い画面を閉じたその時、また携帯が鳴った。

なんだよもう。出ればいいんだろう、出れば。僕は半ば投げやりに電話をとった。

「どちら様ですか。」

「あの、私」

向こうから聞こえたか弱い声と僕の声が重なる。白銀の世界に春の匂いがした気がした。


電話は、君からのものだった。数年前、桜を眺めていた君。同じクラスになって、同じ制服を着て。ほんの少し同じ時を過ごした初恋の人。あの日、春のような君に、桜のような君に、僕は全てを捧げると誓ったのだ。

そんな君からの突然の連絡に歓喜と嫌悪が渦巻く。もう何年も連絡を寄越さなかった癖に。ああ、やっと見つけてくれたのか。どうして今なんだ、もう僕には何も残っていないというのに。

嬉しい。憎い。愛おしい。殺したい。


数年前のあの日に春を失った僕は黒く汚れていた。電話越しに聞こえる君の声さえも飲み込んでしまいそうな程に。

いつもみんなに愛される桜の君と、誰に見向きもされないオキナグサの僕。僕の心は白銀に囚われ、君は僕の心を溶かせなかった。君の声すらも僕の耳には、心には届かずにあの日の花のように散っていった。

ぼやけた意識の端で君の声がする。

「ごめん」

そう言い残し、逃げるように君との電話を切る。


春になりきれぬまま、白銀に埋もれたまま。主役への嫉妬や憎みに染まった脇役は、嫌い、羨んだ主役に恋をした。まるで運命かのように。


その恋が、裏切りになるとも知らずに。





薄暗い部屋。

ぼやけた視界の端で携帯電話が僕を呼ぶ。電子機器の青白い光がうるさく照らし続けるこの部屋で、春の過ぎ去ったこの場所で。僕の時間は、あの日から止まったままだ。

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オキナグサ 友真てら @piyo_pyon

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