第29話 その日の前 3

 ヒケシアは、“ふん、クソ皇子、自身の保身だけには敏感なようだな。”と感じていた。メランタ以下、今までは正騎士と行動を共にすることが多く、ディオゲネスが外出する場合に周囲を固める役割が主である3人と舘の門番であることが多いボスボロサが、常に館の中でも、彼の周囲を護衛、警戒するようになっているのに気が付いていた。しかも、ヒケシアに、彼女に注意を向けていることに、直ぐに気が付いた。

 ヒケシアが、今まで通りにディオゲネスの動向を監視するために、彼に近づこうとすると、必ず彼女らが誰何するようになったからだ。“臆病者だけに、こういうことには敏感なのだな。”としか思わなかったものの、彼女らの真剣な、敵意を持った目には驚いた。それ程彼女らが、自分の主に忠誠を尽くす姿と自分が警戒されることにだった。彼女の認識では、彼女らは、ディオゲネスは、盗賊の後に犯した者でしかないはずで忠誠心を持つ相手とは想えなかったことと、彼、彼女らに警戒されないようにふるまってきたはずだという主観があったためである。

 皇太子から具体的な指示などはなかったが、皇帝が倒れたことが通知された以上、ディオゲネスは粛清対象だと、彼女は考えていた。皇太子からは、止めるように等の指令はない。彼女は、正騎士団長の思いに、不介入の暗黙の了解もうけとっていた。あとは、1人で実行すべく、様子を窺うだけであった。

「主様。最近、やり過ぎでは?」

 パイステアが湯の中で、寄りそいながら言ったのは、今日の午後のことだった、直接的には。

 下半身を丸出しにしながら、壁に体を密着させながら、漏れ出る喘ぎ声を抑え、腰を必死に動かしているメランタに、その背に胸を密着させて、やはり下半身丸出しのディオゲネスが彼女の胸を押さえるようにして、下半身を打ち付けていたのは、館の中の、人の来ない一角だった。

「あ、あ…。」

と動かなくなったメランタに、なお下半身を打ち付けていたディオゲネスの動きが止まった。彼は、快感の余韻に体がびくついている彼女の耳に囁いた。

「彼女が求めてきたからだし…、まあ、私も…。それに、彼女がヒケシアに対して、あまりにもピリピリしていたから…。」

 彼女が襲ってくるとしたら、皆が分散した時を狙うだろうし、いきなりだろう。彼女は強いし、自信過剰なくらいだが、万全を期して実行するだけの理性はある。だから、絶対にヒケシアに対して不利な状態で戦いが始まらざるを得ない。いきなり彼女が怪しいからと言って斬りつけるわけにはいかないからだ。皇帝直属の聖騎士に、そんなことをしたら、謀反の冤罪を張られかねない。

「だから、とにかく守りに入って時間稼げ。そして、皆を呼べ。」

 正騎士達は期待出来ない。しかし、さすがに時間がたてば動かざるを得ない。

「だから、お前が盾に死のうとするな。お前は、最後の盾ではないし、それを期待していない。死ぬなら、時間を稼いでから死ね。」

 快感の余韻の中、彼女は必死に頷いた。

「それに、疲れるどころか、元気になるくらいだし、私もお前達も…。」

 ディオゲネスの言葉に、パイステアは真っ赤になって下を向いた。彼が彼女らを助けた時も、魔力が増加した時も体力を消耗しなかった。彼女達も、魔力の増加で消耗が激しくなることはなかった。そして、さらに重要なことは、彼は彼女らをいくらでも抱けるし、彼も彼女らも、その後疲れが残るどころか、体力を回復しているほどだった。

 そのため、領民、いやそれだけでなく、帝都では上は皇帝から下は庶民まで、

「ディオゲネス様は、精力絶倫なのかな?」

「それ程、ハイエルフの女がいいのかね?」

「やっぱり、ハイエルフの女って、淫乱なんじゃないか?」

「いやいや、ディオゲネス様が、変態なんじゃないか?」

と噂されることになっていた。

 ただ、全ては彼にも彼女らにも分からなかった。

「怖いんだよ、私は。だから、抱いてしまう。お前達はどうなんだ?」

 ディオゲネスが心細そうな目で、首をひねってパイステアをのぞき込むと、彼女も心細気な表情で小さく頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る