短編SS「緊急親睦会」
はい、ロイヤルミルクティお待ちどうさま。
絶品? ふふ、当然よ。なんたっておじいちゃん直伝のレシピで、その上この私が淹れたんだから(う、嬉しい〜!)。
はあぁ。それにしても、蓮君が来るまであと三十分かあ。大体あんたは毎回いつも早く来すぎなのよ。今日は私もたまたま時間があったからおじいちゃんのお手伝いも兼ねて早めに来たけど……ルディックが好きだから? ……ま、まあ、ご贔屓にしてくれているのは有り難いけどさ。え? 私の淹れるミルクティが飲めてラッキーだったって……な、なによ、おだててもこれ以上はなにも出さないからね(あとでもう一杯サービスしてやった方がいいかな……)!
そうねえ、蓮君が来るまでの間、せっかくだからプチ親睦会でもやりましょうか。あんたときたら口を開けば社会学の話ばっかりだし。たまには違う話でもして、お互いの新しい一面を知ったら、もっと仲良くなれると思うのよね。
……もう仲良しの間柄じゃないのか、って? いや、まあ、そういう見方もあるかもだけどさ(こいつには照れってもんがないの?! 調子狂うじゃない)。
と、とにかく! 私について、何か知りたいことはない? なんでも答えるわよ。
――待って。何を訊きたいか、当ててあげる。……うん、わかった。
ずばり、どうして私が蓮君のことを好きなのかを知りたいんでしょ?!
も〜、しょうがないわね。これは私のとっておきなんだけど、今日は特別に教えてあげる。
え? そんなに興味がないって?
いやいや、遠慮しなくてもいいのよ。聴きたいって顔に書いてあるんだから。
え? 本当に興味がない? それより最近読んだ漫画の中でおすすめはないかって?
ちょっとあんたそういうとこよ! 少しは他人に興味もちなさいよ!
まぁいいわ。始めさせてもらうから。初めて人に話すんだから、ちゃんと聴いてよね。
私、もともと近所の公立に進学する予定だったんだけど、小六のときにちょっと環境を変えたくなることがあってね。急遽中学受験を決意したわけ。当然、受験のための勉強なんてしてこなかったから、周りの受験生との遅れを取り戻すため、合格実績に定評のある塾に毎日通って、家では夜中まで机にかじりついてた。
――別に褒められるようなことじゃないわよ。人生かかってたから必死だっただけ。その反動で、今は勉強する意欲なんてほとんど消え失せちゃったし。……って、ここは笑うところよ! 深刻そうな顔しないで!
今はともかく、あの時はすべてを犠牲にして受験勉強に励んだって言ってもいいくらい、頑張った。
大好きな漫画や小説、ゲームも全部封印して、体調管理も徹底して、何がなんでも合格してやるって気持ちで毎日過ごしてた。
努力の甲斐あってか、中学入試当日の体調はバッチリ。前日にはママと一緒に何度も持ち物のチェックをした。受験票、冷え対策のカイロ、糖分補給のための小さなお菓子類、鉛筆や消しゴムの予備もたくさん用意してね。
開場と同時に試験会場に入って、緊張しながらもなんとか指定の教室を探しあてて、私の受験表と同じ番号のシールが貼られた机までたどり着いた。
そのまま着席してもよかったんだけど、時間にまだ余裕があったから、先にお手洗いに行くことにしたの。で、教室に戻って、いざ試験に必要なものを準備しようとしたら――
なかったの。あんなに何度も確認したのに、筆記用具一式が入ったペンケースが、なかったのよ。
血の気がひくってああいうことを言うのね。信じられなくて、鞄をひっくり返したりもしたけど、やっぱりペンケースはなかった。家まで戻ることも考えたんだけど、ギリギリ間に合わないかもしれないくらいの時間で。
あとでママから聞いてわかったんだけど、事情をよくわかってなかった末の弟が私のカバンから抜き取っちゃってたみたい。入試の日はママも仕事だったから、発覚したのは全部終わってからだったんだけどね。
――試験監督の人に貸してもらえないか申し出なかったのかって? そんな度胸も余裕もなかったわよ。まあ今になって考えれば、それがベストだってわかるんだけど、あの時はかなり気が動転してたし、何より、大切な日に忘れ物をする子なんて印象悪くて不合格にされちゃうんじゃないかって思ったのよね。
で、なんとかしなきゃって教室を飛び出したはいいものの、どうすればいいかわからなくなって。あんなに頑張ったのに、やっぱり私はダメなんだって絶望的な気持ちになってさ。泣きそうになりながらうずくまってた。
私の前を通りすがっていく受験生の子たちの怪訝そうな視線。つらかったなあ。
いや、なんであんたが怒ってんのよ。……うん、ありがと。
でもま、私が反対の立場でも声はかけられなかったと思う。みんな自分のことでいっぱいいっぱいだっただろうし。
どれくらいうずくまってたかな。実際は五分とかそれくらいの長さだったんだろうけど、すっごく長い時間ひとりぼっちでいるような心細さのなか、「どうしたの」って優しい声がした。
そう、私に初めて声をかけてくれたのが、蓮君だった。
もうびっくりしちゃってさ。だって、想像してみてよ! 考えられないくらい綺麗でかっこいい子が、私と同じ目線になるようにわざわざしゃがんで、ものすごく気遣わしげな視線を向けてるのよ?! 幻覚でも見てるのかと思って、ナチュラルに頬をつねったわよ!
今思い返しても恥ずかしいんだけど、話しかけてもらって気が緩んだのか、事情を話す前に泣いちゃってさあ。きっと、すごく困らせたと思う。でも、蓮君は優しく背中をさすってくれて「ゆっくりで大丈夫ですよ。僕にできることがあれば教えてください」って待ってくれたの。
もぉぉぉぉ、かっこ良すぎるでしょ! 自分だって大切なときなのに他人を思いやれるなんてすごくない? なんてできた人なの?! 全人類が好きになるわよ! あのときの蓮君は………………
【約十分後】
ご、ごめん。ちょっと興奮しすぎた。話を戻すわ。
ようやく落ち着いてきた私は、正直に筆記用具を持っていないことを説明したの。そしたら蓮君、なんのためらいもなく自分の鞄からペンケースを取り出して、鉛筆数本と消しゴムを私に差し出したのね。
まさかそこまでしてもらえるなんて思ってもみなかった私は心の底から驚いた。すぐさま、受け取れませんっ! て返そうとしたら、蓮君は「僕、心配性だから筆記用具は余るほど持ってきたんだ。だから、遠慮なくもらってくれると嬉しいな。この日のために頑張ってきたんだよね? だったら、一緒に合格しようよ」って。
その労わりに溢れた言葉を聞いて私はまた泣きそうになった。でも、もう困らせちゃダメだって涙を堪えて、ありがとうございますって深く頭を下げたんだ。
蓮君の試験会場は別の教室だったから、そこでお別れ。
試験問題は、過去問よりもずっと難しかった。あんたも受けたから知ってるわよね。
おまけに私の苦手分野からの出題も多くてさ。本来の私なら、すっかり怯んで諦めてたと思うんだ。
だけど、私を助けてくれた優しい、天使のような男の子に報いたくて。私、合格しなきゃ、いや、絶対合格するんだって強く思った。もちろん、それまでも合格するぞって一心でやってきたけど、なんていうのかな、うまく言えないけど、無敵のパワーが湧いてくるって感じで、諦めずに空欄を作らないよう、最後まで粘った。面接も、私にできる精一杯を出し切ることができた。
――それで、あとはお察しの通り、私は無事に合格。……もしかすると、ちゃんと鞄に筆記用具が入ってて、ふつうに試験を受けてたら落ちてたかもしれないって思うんだ。だから、弟には密かに感謝してるんだよ。
でさ、蓮君と同じクラスになってたらいいなって祈りながら入学したものの、やっぱりそこまでうまくはいかないよね。お礼を言いたかったけど、クラスは離れてて接点もなし。結局伝えることができないままここまできちゃった。
今年同じクラスになれたのは本当に嬉しかったな。ま、社会学カフェがなかったら同じクラスなのにほとんど話せなかったわけだけど。
――え? 蓮君にお礼を伝えないのかって?
……言いたいよ。言いたい、けど。なんか……。うん。
もう少ししてから――蓮君の隣に立っても、恥ずかしくないくらい魅力的な私になってからにしようかなって。
なによ、だから褒めても何も出ないってば。ええ? 本心って……あーもう、ほんとにあんたって無自覚っていうか……。ま、その言葉は有り難く受け取っておく。
あ! 蓮君! さすが、きっかり時間通りだわ。
……私の話ばっかりになっちゃったわね。次はあんたのとっておきを話す番よ。だから、来週も少し早めに来て。別に恋の話じゃなくてもいいから。約束ね。楽しみにしてる。
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます