エイプリルフール特別編SS「異世界ファンタジー系社会学小説?!」

 かつて、「忘れられた学問」を用いて世界のことわりを発見した偉大なる学者が存在した。その学者の名は、マックス・ウェーバー。彼は「合理化」を基軸に歴史を読み解き、隠された世界の理――キンダイカの呪い――を発見したのである。


 人類の歴史、それは「呪術からの解放」を経て、徹底した合理化――「キンダイカ」の過程であること。今現在の世界を支配するシステム「シホンシュギ」や「科学」などを始めとする、「普遍的な」諸制度の数々は合理性の増大――「キンダイカ」の結果であった。


 ウェーバーはまた次のような「事実」にも言及していた。


 その昔、世界は神秘的で予測不可能な力によって諸々の現象は説明され、理解されてきたこと。

 人々の生活は、呪術、迷信、伝統、職人芸といった「非合理的」なものにより支配されていたこと。

 それは、現在に生きる人々からすれば信じられないくらい非効率的で、反知性的な世界だったけれど、牧歌的で、何より彼らの存在は惑わされることなく安定していたという。


 しかし、キンダイカの呪いにより、次第に世界は合理的な思想に支配され、人々は利益の追求や目的のみを考えるような合理的な生き方を余儀なくされた。


 ウェーバーはただちにこの世紀の発見を世界中に向けて発表しようと試みた――が、それは叶うことなく、ウェーバーは彼の研究成果ごと、忽然こつぜんと姿を消した。


 教科書や歴史書では、ウェーバーを「世界の秩序を乱そうとした反逆者」として紹介し、彼の失踪理由を「借金苦によるもの」と説明している。


 ――もちろん、こうした記述は全て嘘だ。


 ウェーバーが姿を消したのは、「キンダイカ」を秘密裏に押し進めてきた組織「モダニティ」により遣わされたエージェントによる暗殺が原因だった。


 忘れられた学問――「社会学」は、その昔、世界を掌握しうる大賢者の学問と謳われていたという。

 

 しかし、「社会学」を使いこなすには、世界に蔓延する「ジョウシキ」に縛られない尋常ならざる精神力と、一つの物事に固執することなくさまざまな立場から対象をとらえようとする柔軟性、そして、面倒なことを自らが進んで考えよう、解き明かそうとする飽くなき好奇心と胆力の持ち主でなければならず、これら全てに適性を持つ者はそうそう現れなかった。


 次第に「社会学」の使い手は減少し、ついにはウェーバーただひとりになってしまった。ウェーバーは自身の時間をすべて研究に費やし、とうとう隠された世界の理にたどり着いた――のだが、それは「モダニティ」の面々にとっては好ましくない出来事であった。


 人々が「キンダイカ」に何の疑問をもたず、目を向けることもなく、「ジョウシキ」に縛られ続けていれば、世界は「モダニティ」のほしいままにできる。


 ところが、人々が世界に疑問を持ち、各々調べたり、考える対象にされるとまずい。「社会学」なんて使われたらひとたまりもないだろう。


 そこで、ウェーバーの暗殺である。彼を亡き者にすれば、不都合な事実――世界を支配する「キンダイカの呪い」――も、「社会学」も消し去ることができる。こうして、「モダニティ」によるウェーバー暗殺はひっそりと実行され、「社会学」の使い手も絶滅したのだった。


 *


 ここは「呪術」から解放され、徹底的な合理化が進んだ都市、「セイヨウシティ」――のはるか東に位置する小さなぼろ屋である。かろうじて雨風が凌げる程度の、この古いぼろ屋に、ひとりの来客があった。


「――君が、マックス・ウェーバーのお孫さんかな?」

「えっ、なんで俺のじいちゃんのこと知ってんの?」

 

 ぼろ屋の住人――ショウゴ・マイエは目を丸くしながらも、突然の来客による唐突な質問にも臆することなく訊ね返した。


「僕の名はユウ・カンナギ。君のおじいさんには小さい頃世話になってね。っと、色々話し込みたいところだけど、時間がないから端的に言おう。君に秘められた『忘れられた学問』の力を解放するべく、僕と一緒に旅に出てもらう」


「ええっ?! 知らない人と旅ってちょっとキツイです」


「ん? 先ほど自己紹介したがそれでは足りないか? えーと、そうだな、生年月日も伝えるべきだったか」


「いや、多少情報が増えたくらいで知り合い認定しませんよ! ってか、『忘れられた学問』って何ですか?」


「そうか。あのときの君はまだ赤子だったか。話せば長くなるんだが………」


 言い終わる前に、ユウは素早くマントをひるがえし、ショウゴをかばった。

 ドーン!!!!

 突然の閃光と耳をつんざくような爆発音。爆風の中から現れたのは、ショウゴと同じ年くらいの少女だった。


「あら、先客がいましたか。私の方が先だと思ったのに、残念」


「ふう。君か、ミライ。そろそろ僕のところに来る気になったのかな?」


「この状況でそう思えます? 私はそこの――危険因子を抹殺しにきたんですよ」


 そう言うやいなや、ミライは懐から小さな棒を取り出した。ショウゴが何事かとユウのマントから顔を出すと、ミライの手元には小型銃があった。


「?! あ、あいつ、銃なんか持ってやがる!」


「……『ゴフマン』の名の下に発現せよ、『アサイラム』!」


 ユウの言葉と共に巨大な立方体のキューブが出現し、ミライをすっぽりと覆い隠した。


「ちょっと! 何するのよ! 出しなさい!」


「す、すげぇ……今の何ですか?」


「うん。やっぱり話せば長くなるから、とりあえずこの場を離れようか。あれもそう長くはもたないからな」


「……あなたについてったら、俺もああいうのできるんすか?」


「ああ、できるさ。それには『忘れられた学問』――『社会学』の力を解放してもらう必要があるけどね」


 ――社会学。初めて聞いたはずなのに、どこか懐かしいような感覚をショウゴは覚えつつ、走り出すユウの後を慌てて追った。  

 


「ねぇねぇ、どうだった? 面白いでしょ?!」


 夕星小学校社会学部の部室内に、顧問である久野愛の弾んだ声が響いた。


 今年から新設された部活、社会学部の紹介を学校のホームページに掲載するべく、愛は徹夜で「部活紹介小説」を執筆してきたのである。自分で言うのも何だが、なかなかどうして良い出来になったと愛は思う。


「うーーーーん、面白い、のか? これ……」


 複雑そうな表情の眞家まいえ翔吾しょうごがぼそりとつぶやいた。


「っていうか、どうして私が悪役っぽい感じなんですか?」


 笠原かさはら未来みらいが少々不満げに愛に訊ねた。


「いやいや、笠原さんは味方になる設定だから! ニチアサの魔法少女アニメでも、敵だったキャラが味方の魔法少女になるのってエモいっていうか、すっごく熱い展開じゃない?」


「熱いも何も、設定がめちゃくちゃじゃないか」


 社会学部の特別顧問、かんなぎゆうがぴしゃりと言って退けた。


((カンナギ先生、ナイス!))


 児童二人の心の声が偶然にも重なる。


 二人にとって愛はクラス担任でもある。つまり、日頃愛が忙しくしていることを二人はよく知っている。その愛が、部活のために一生懸命徹夜で仕上げてきたという部活紹介のための原稿――なぜ小説にしたのかはさておき――に対し、あまり酷評するのはさすがに気が引けていた。

 

 子どもだからっていつでも好き放題モノを言うわけではない。相手の顔を立てて遠慮をすることだってあるのだ。


「……とはいえ、これはこれでアリだと思う。新しい可能性を感じるな。社会学についての知識と設定については少々訂正を加えるとして……」


((え、あれがアリなの?! マジで?!))


 児童二人の声にならない叫びがひっそりと重なる。

 翔吾と未来はどちらからともなく顔を見合わせた。


「でしょ?! やっぱり侑……じゃなかった、巫先生ならわかってくれると思ったのよね。ほら、ファンタジー小説なら好きな子多いでしょ? そうだ、もっとファンタジーの要素を増やしてみるのもいいわよね。有名な社会学者を召喚して、異能バトルみたいなやつとか!」


「うん、『社会学』の使い手によって階級をつけたり、呼吸をさせてみるのはどうだろうか? たとえば、『社会学の呼吸 壱の型 文化資本!』とか。いずれは鬼を狩りに行くのもいいかもしれない。爆発的な人気が期待できそうだ」


「「いや著作権!!!!!!」」


 本気か悪ふざけか判別しづらい大人たちの様子に、とうとう児童二人も耐えきれず、声を大にしてツッコミを入れた。


 もちろん、愛の力作(?)は学校から却下され、社会学部の部活紹介ページはしばらく更新されなかった。


(了)



――――――――――


 今回は『「僕」と「孤独」の境界線 ―社会学カフェへようこそ―』(https://kakuyomu.jp/works/16816452220158744153)の未来軸のお話である『愛と秩序の四時間目 小学六年生への社会学講義』から、愛の教え子である翔吾と未来をゲストに迎えてエイプリルフールSSを書いてみました。


『愛と秩序の四時間目〜』は、現在、紫月冴星のnoteにて全文を随時公開しておりますので、もしご興味がある方はぜひご覧になってみてください^^


 ここまでお読みくださりありがとうございました!


 

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