勉強と創作厨は恋が克服できない

神坂蒼逐

prologue

手を伸ばしても

「今からカラオケ行かね?」

「あぁ、行こうぜ!一応聞いておくが、悠真は来るか?」

 そう誘われたのは、一悠真にのまえ ゆうまだった。

「いや、遠慮しておく。帰ってから仕事あるしな」

「了解。それにしてもお前ってガリ勉だよな……。勉強のことを仕事とか言ってるしさ」

「五月蝿いな。しかも勉強を仕事だなんて思ってないぞ?」

 悠真はそれだけ言って教室を出た。

 家に帰り、パソコンを開いた。親が数年前に事故で死んでしまった挙句父の勤めていた社員の策謀の飛び火が飛んできて多額の借金を負うこととなった。

 今はもう返済自体はできているのだが、そもそも稼ぎ源がほとんどないから質素極まりない家に住んでいた。

「さてと……。今日の様子はどうかな……」

 とあるアプリを開くとそこには順位1000以下と表示されていた。

「やっぱり人気にはなってなさそうだよなぁ……。どういうジャンルが伸びいいんだ……?」

 悠真は所謂ネット小説家というものだった。とはいうが正直有名でもないただの小説家夢見るだけの哀しい執筆者だった。

「あ、フォロワーの人新しい作品出してるな。読みに行ってみるか」

 彼を一番最初にフォローした人、石渡奏多は案外このサイト内では有名な小説家だ。全然読まれることのない悠真とは違い、様々なジャンルを書いては全て有名になっていくという変わった小説家だった。

 その中でもやはり一番最初のファンタジー小説である『今宵の月、彼方へと響いて』という作品が一番実力を表していると言えた。

「本当に、この人って実力あるよなぁ」

 その実力をいつか自分に教えてくれないか、そう思ってやまなかった。

 とりあえず一度パソコンを閉じて、勉強机へと向かった。

「今日の課題は……。ちょっと増やすか。執筆は……大体6時からでいいや」

 そう思って悠真はノートを颯爽と開くと、ヘッドホンを被りつつシャーペンを握る。そしていつも執筆時にもよく使う音楽フォルダを選択してたれ流す。

 あまりそうすると集中できないと言われがちだが悠真はその方が集中しやすい方だった。逆に音がないと不安だからそれこそ寝る時だって音楽を聞いている。

 ……だからこそ、勉強中には一つ弊害がある——。


「んー……やっと終わった……。って、もう7時!?早く執筆しないと!」

 ご飯より執筆を優先するあたりが悠真たる所以なのだが、今回はそういうわけにもいかず。

 ピンポーン。

 そんな音が無音で静寂に包まれた彼の部屋に鳴り響いた。

「こんな時間になんだ?宗教勧誘か?」

 それだったら追い返すの面倒だな、どういう嘘が信憑性あるか、とそんなことを考えつつ戸を開くと

「やっぱり家にいたんじゃないですか。なんで居留守をしたんですかっ」

「……はあ、居留守?なんのことです?」

 急に失礼だな、と感じつつ悠真は自分よりも背が微妙に低い目の前の女子を怪訝に眺める。通ってる学校では見かけたことないな。やっぱり新聞配達とかか?

「それで、俺に何か用か?今から俺仕事なんだけど」

「えぇっ!?てっきり家から出ないからニートかと思ってました!」

「……あんたさ、友達少ないだろ」

「……そんなことないですもん」

 露骨に顔を逸らすからバレることは誰にでもわかることなのだが、膨れ顔をしているせいで小さいため息に変わってしまう。

「あ、自己紹介遅れましたね。私は七星鈴ななぼし りんです。今回隣に引っ越してきた者です」

「俺は一悠真だ。それで結局俺は居留守をした覚えはないが……。てか、もしかしなくとも大体5時ぐらいに来たのか?」

「いえ。私たちがきたのは6時くらいで……」

「あー、すまん。その時ヘッドホンしてたから聞こえてなかったかもしれん」

 ——そう。これがヘッドホンの弊害。近くで叫ばれたら勿論聞こえるのだがインターホン程度の音量であれば普通に聴き逃す確率が高いのだ。

「やっぱり遊んでたんじゃ」

「これでも優等生なんだ。そんなことを言わないでもらいたい」

「優等、生?貴方学生さんなんですか?」

「俺はそこまで老け顔に見えるか……。地味にショックなんだが」

「い、いえ!そんなことはないですよ!でも普通今ぐらいに帰ってくるものじゃないですか?」

「俺は部活とか行ってないんだよ。自由参加だしな」

 部活なんて行っていたら出費が手痛くなってしまう。だからあまり行きたくないのだ。

「なんというか、捻くれてますね」

「うるせぇ。別にいいだろ」

 彼女は俺に対して何も用は残っていないだろう。そう思って扉を閉じようとしたのだが。

「ま、待ってください!」

「……なんだよ。俺は忙しいんだ」

「そんな状況の貴方を呼び止めてしまって申し訳ないですが……、貴方に一つ。一つだけ質問があります」

「なんだよ」

 そういうと七星に耳を寄せられて、この悠真にとって禁断の質問を告げてきた——。


 ——そんなことがあった、翌日。

 執筆が進まず結局徹夜に近い時間まで起きていてしまった彼はため息をつきつつ通学していたら

「お、死にそうな眼してるじゃん」

「黙ってろ、十夏」

「ふへ、いひゃい」

 おちょくり口を叩く上峠十夏かみとおげ とおかの頬をつねる。若干の抵抗をするが結局は諦めた。

「そういや、今日うちのクラスに転校生が来るんだって。その子と君のラブロマンスが……」

「始まらねぇよ。てか恋愛する必要性がないじゃねぇか」

「やっぱり君は男子?ついてる?枯れてない?」

「……ぐりぐりするぞ、テメェ」

「わー、こわーい」

 そして教室に入って、HRが始まると

「それでは入ってきてください」

「はい。初めまして私は——」

 その顔を、悠真は見たことがあった。

 自分よりも身長が低い、幼い少女と思っていた少女。

 そして自分の口は自動的に動いて、彼女も、叫んでいた。

「七星!?」「悠真さんっ!?」

 

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