最終話 さよなら(13/15)

■シーン15■ 日山食品東京第2事業所


       所内俯瞰。社員達が忙しげに立ち働く。


       外から戻って来た様子の啓吾、パソコンの前に腰を下ろす。


啓吾   :「ん? 茉莉からメール?」


       パソコン画面。メール一覧。

       マウスが動いて、画面が切り替わる。

       メール本文表示。


茉莉の声 :「茉莉です。

       お昼ごちそうするから、12時にサウスウィンドに来て下さい。

       きっとよ」


       啓吾、顔を上げて室内を見回す。

       壁時計の針は12時23分を指す。

       啓吾、舌打ちをして立ち上がる。



■シーン16■ レストラン・サウスウィンド


       窓際の席に茉莉、手を上げる。啓吾、店内を小走りして茉莉の前に来る。

       茉莉の前にはコーヒーと水のコップ。


茉莉   :「(抗議口調)遅いじゃない!」

啓吾   :「ごめん」

       椅子を引いて茉莉の前に座る。肩で息をする。

      「今さっき、取引先から戻ったんだ。これでも全速力で来たんだぜ」

茉莉   :「どうだか?」


       ウェイトレス、啓吾の前に水を置く。


啓吾   :「ランチ!」

       肩で息をする。水を一気に飲み干す。ネクタイをゆるめる。大きく息を吐く。

      「で、何? 茉莉がメシゴチだなんて」

       お手拭きを取る。

茉莉   : 軽く肩をすくめて、

      「ん? うん‥‥」

啓吾   : 額を拭い、ちょっと気恥ずかしげにニヤッっと笑う。

      「どうせ、あれだろう? 俺が落ち込んでるだろうから様子見てやろうとか、そういうんだろう?」

茉莉   : いたずらっぽい笑みで啓吾を見て、

      「まあね。それもあるんだけど、啓吾に報告する事があって」

啓吾   :「報告?」

茉莉   :「私、今度、アメリカに行くの。スタンフォードでMBAを取って来るわ」

啓吾   : 椅子にもたれて、

      「(理解が追いつかず、ややなおざりな声)へえ、すごい‥‥」

       次第に実感がわいて、背もたれから体を浮かして、顔を輝かせて、

      「へえ、すごい! すごいじゃん、茉莉! すごいよ!」

茉莉   :「(笑って)誉めるなら、取ってから誉めて」

啓吾   :「(飽くまで驚いて)いや、すごい! それ、すごいよ! さすが、茉莉だな!」

茉莉   : 気恥ずかしげに顔を逸らし、肩をすくめて啓吾を見て、

      「まあね‥‥。啓吾のその『おだて』を聞くのも、これが最後かと思うと寂しいわ」

啓吾   : 意外な様子で、

      「最後? どうして? 帰って来るんだろう? その‥‥、2年とかしたら」


       ウェイトレスが、啓吾の食事を持って来る。


茉莉   : いたずらっぽく笑って、

      「まあね。でも、この会社に帰って来るかは分からない」


       啓吾、手にしたナイフとフォークを止めて、茉莉を見てしばし絶句する。


啓吾   :「(殊更あきれたように)最低だなあ! 会社の金で行くんだろう?」

茉莉   : 肩をすくめる。

      「だから、メシゴチ! 内緒よ?」

啓吾   : あきれて茉莉を見て、

      「だったらステーキでも頼んだぜ。安い口止め!」

       ハンバーグにナイフを入れる。一切れ、口に入れもぞもぞと食べ、茉莉を見る。

      「でも、そうだな。茉莉なら、きっと、もっと色んな仕事が出来るよ」

茉莉   : 笑う。

      「ありがと」

       小首を傾げて、

      「啓吾はどうするの?」

啓吾   :「俺?」

       ハンバーグをモグモグ頬張る。

      「俺は、留学申し込んでない」

茉莉   : しばしきょとんとする。急に吹き出して

      「やだ、分かってるわ、そんな事! (笑い出す)嫌だ! やな人! 啓吾ってそういう冗談を言う人だったの?」

啓吾   : ガツガツと食事を続ける。ちらっと目を上げて茉莉を見る。

茉莉   : 笑い納めて静かな表情で、

      「あの子からは、その後、連絡はあったの?」

啓吾   : 食事を続ける。

      「いや」

       ガツガツと食べる。

茉莉   : 気楽な口調で、

      「会いに行ったら、啓吾の方から?」

啓吾   : ぎょっとして顔を上げる。

      「えっ!?」

茉莉   : 当然な様子で、

      「小田原なんでしょう? すぐそこじゃない」

啓吾   : ほっとした表情を浮かべて、

      「ああ‥‥、まあな。でも、向こうはこちらを憶えていないんだし、あいつにはあいつの人生があるからな」

茉莉   :「啓吾の顔を見れば思い出すわよ」

啓吾   :「だと良いけど」

茉莉   :「弱気ね」


       啓吾、ちらっと茉莉を見て寂しげな笑みを浮かべ、また、食事に取り掛かる。

       しばらく、ガツガツと食べる。


茉莉   :「で、どうするの、これから?」

啓吾   : ライスを口に運ぼうとしていたのを止めて、

      「何も」

       フォークを下に戻して、茉莉を見る。満足げな笑みを浮かべる。

      「考えちゃいないさ、なんにも。ただ‥‥」

       目線を下げてはにかんだ様に躊躇する。

      「ただ、ちょっと、仕事が面白くなって来たかな」


       茉莉、しみじみした表情で啓吾を見る。ふっと笑みを漏らす。


茉莉   :「ふふふ。駄目よ、啓吾は」

啓吾   :「(きょとんと)なに?」

茉莉   : いたずらっぽい目で啓吾を見返して、

      「だって、何かあったら、啓吾は飛び出して行っちゃうもの」

啓吾   : 心外な表情で茉莉を見て、

      「さんざんな言われようだな!?」


       茉莉、クスクス笑う。目を下げて笑い、目を上げて啓吾を見て、声を上げて笑い出す。肩を震わす。

       啓吾、眉間にちょっと皺を寄せて笑ってみせる。

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