嘘のつき愛

によ

嘘のつき愛

カカオ配合率高めの苦いと思われるチョコレートを一つ口に含む。

美味しくない。私は大の甘党だというのを知っていて彼は、わざとこのチョコレートを渡す。

「苦いの大好きだもんな、お前」

 彼はにたりと笑った。

「あなたは、甘いの大好きだったわよね」

 私は鞄からホワイトチョコレートの生チョコを出し、彼に渡した。彼は袋を開けると、道に投げ捨て、口の中にそれを放った。それから口の中でチョコレートを転がし、溶かすようにして飲み込んだ。

「お高いのをありがとう」

 私たちは捻じ曲がった関係。歪曲。非対称。それでいて、がきんちょ。未成年。子ども。中学生。思春期。沢山の名前が付く、青春真っ只中の男女。

「ねえ雄太、私たちが見ている星の光は、もう何億年前に星が放った光なのよ」

「だから?」

「こうして私たちが星の光を見ているとき、その星はもうないのかもしれない」

「俺たちは、証人ってわけだな」

「そう。生きていたと証明する、証人」

 寒空に浮かぶ星は、私が好きな夏の夜空よりよく見えた。

 雄太がはぁっと息を吐いた。白い煙が出た。私も真似をして息を吐いた。白い私の口から吐かれた空気は、静かに夜へと消えて行った。

「そろそろ帰らないと、また補導されるぞ」

「そうだね」

時刻は21時だった。河川敷は、繁華街よりも空気が冷たく、私たちの身体は冷え切っていた。

「ただいま」

返事はない。

「おかえり」

 私たちは、ただいまとお帰りを言い合う。

「もうここまで臭うよ」

「脱臭剤まこう」

 私たちは、兄弟であり、恋人であり、一番の理解者だった。家族は二人だけ。母も父も、もういない。

部屋に荷物を置いてから、私は夕飯を作り始めた。雄太はテレビを見ている。

「私ね、今日クラスで、優香ちゃんって哲学者みたいって言われたわ。そうかしら」

「お前は世界を理解しようとしてるからな。考えすぎ」

「別にそんなことないわ。ただ、考えることが好きなだけよ」

 カレーは私の得意料理だった。母と昔何度も作ったことがある。隠し味はチョコレート。少しだけ、ひとかけら。涙が出た。

 雄太は私が泣いていることに気づいていて、敢えて何も声をかけない。傷口に砂糖をつけてなめ合うほど、私たちは甘くない。

 覚悟はとうにできていた。

「カレー出来たよ」

 白いお皿にご飯と、カレーをよそり、テーブルに置いた。

 テーブルの上に置きっぱなしの花瓶の花は、あの日から水を入れていない。とっくに枯れているけれど、放置している。

「うまいなあ。お前の作るカレー。隠し味とかあんの?」

 私は笑顔で秘密―、と答えた。

 ご飯を食べ終わってから、二人で風呂に入る。それから私たちは同じ布団で寝る。毎日、毎日。

 帰りが遅い両親は、このことを知らなかった。

 別に、性行為をしているわけじゃない。

 お互い、片親で育っただけに、その片親のストレスのはけ口になっていただけに、愛に飢えていたんだと思う。

「ねえ、私たちが離れ離れになったとしても、私ちっとも悲しくないわ」

「俺も」

 お互い強がっているのか、本心なのかは私たちにも分からなかった。ただ、同じ布団の温もりだけは、真実だった。

 朝早く、手紙を残して私は布団から出た。

 

 


 私たちは、両親を殺した。

 あの日、早く帰ってきた両親は、私たちが一緒にお風呂に入っていることを知った。私の裸を見た父は、私をベッドに連れて行き激しく私を犯した。

母は、それを見て笑っていた。小さい頃は、あんなに優しかった母が、けたけたと笑っていた。

私は必死で抵抗し、ベッド横のテーブルに置いてあったボールペンで、思い切り父の顔を刺した。その次に、お腹。無我夢中で。

 母はそれを見て叫んだ。しかし、すぐに私を見て叫んでいるのではないと分かった。雄太が母の背中を包丁で刺していた。

 二人は死んだ。6日前のこと。

 私たちは、二人の死体を風呂場に隠した。腐敗し始めた死体の対処など、知るわけもなかった。


 私一人でやりましたと言いに行く。雄太は逃げて。


 そう書いた手紙を机の上に置いた。

 交番は、目の前だった。

「優香―」

遠くから、私の名前が聞こえた。

 追ってきた雄太の声だった。

 私は走るように交番へ向かった。

「危ないっ」

気が付くと病院だった。

そこが少年院の病院だと後後知った。

「気が付いたようだね」

 白衣を着た年寄りの男は言った。

「雄太は!?」

私はベッドから飛び起きようとしたが、体中が痛くて動かなかった。

「亡くなったよ」

 交番に急いで行こうと道路に飛び出した矢先、トラックにはねられそうになった私を雄太が突き飛ばし、代わりに轢かれたのだと男は言った。そして私も運悪く反対車線に車が来て轢かれたのだと。運よく命は助かったが、後遺症が残るかもしれないと。

 涙が止まらなかった。

「君は両親を殺したのかい」

「ええ」

 雄太がいないこの世で、私はどう生きればいいのだろうか。その時、雄太の声が聞こえた。

「悲しくねーんじゃねーのかよ」

 

 親のこともあり、私の罪は重くならなかった。施設に入れられ、昨年で18歳になった。施設を出る時だ。

 暑い暑い大好きな夏が来た。夜空に綺麗は星は、都会の明かりに紛れてすっかり見えない。

「いつの間にかね、苦いチョコレートがすっかり大好きなのよ」

 私はそう言って、歩道橋から飛び降りた。


「お前、嘘つきだよ」

「?」

「味覚障害」

「苦さだけは、感じられたの。雄太を思い出させるためかな」

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嘘のつき愛 によ @niyo

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