第6話 交錯する想い
ゼミのレポートを提出する為に、雪乃と深雪は三島教授の部屋を訪れた。
「三島教授失礼します。」
ドアを開けると、そこには葵が居た。
「あら?世良先生。三島教授は?」
「教授は今席を外してるんです。レポートですか?私が預かっておきますよ?」
「ありがとうございます。世良先生。じゃあお願いします。」
「ふふっ、先生なんて呼ばなくて良いですよ。ただの助手ですから。葵って呼んでください。」
葵は二人に笑顔で言った。
「じゃあ、葵さん。」
「ありがとう。ちょうど紅茶でも淹れようかと思ってたんだけどお二人もいかが?」
雪乃と深雪は顔を見合せた。
「じゃあ、いただきます。」
「良かった。私も一人で退屈してたの。」
葵は慣れた手付きで紅茶を淹れると二人にティーカップを渡した。
「確か、相良さんと真中さんよね?大学はどう?」
「ええ。とっても楽しいですよ。ねぇ、雪乃さん?」
「はい。とても充実してます。」
「そうなの?良かったわ。」
「それに、雪乃さんは最近運命の出会いがあったみたいなんですよ?」
「ちょっと!深雪さんっ?」
「良いじゃない。葵さんに相談に乗って貰ったら?」
「運命の出会い?」
「そうなんですって!先日、経済学部に編入してきた方と偶然違う所で知り合ってて片想いしてたんですって!」
「もう、深雪さん!恥ずかしいわ。」
雪乃は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「・・・・相良さんはその方の事が好きなの?」
「は・・い。その方はおとぎ話から出てきたような王子様で・・。その方の事を想うと胸が締め付けられるように苦しいんです・・。お母様に相談したらそれは恋だっておっしゃってて・・」
雪乃は、はにかみながら言った。
「そうなの。経済学部に編入してきたって人って?」
「桜葉司さんって方なんです!」
葵は思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになりむせてしまった。
「葵さん?大丈夫ですか?」
雪乃が心配そうに葵の背中をさする。
「あ、ありがとう、相良さん。もう大丈夫よ。」
「葵さん?あの・・・桜葉さんともっと親しくなるにはどうしたらいいと思いますか?」
「・・・。そうねぇ、親しくなるなら遊びに誘ってみるとかどうかな?」
「でも、会社も経営されてるっておっしゃってたのでご迷惑じゃないかしら?」
「雪乃さん!そんな事を気にしてたら親しくなんてなれないわよ?」
「深雪さん・・。」
「大丈夫じゃないかな?たぶん。」
「本当にそう思いますか?」
雪乃は葵をじっと見つめた。
「うん。とりあえず誘ってみたら良いんじゃないかな?」
「わかりました。誘ってみますね!私、頑張ってみます!葵さんも応援して下さいね?」
「・・・。わかったわ。また何時でも相談して。」
「ありがとうございます。葵さんに聞いて頂いて勇気が出ました!」
「うん。頑張ってね?」
雪乃達が帰った後、ティーカップを片付けながら呟いた。
「相良財閥のお嬢様の方が司には似合ってるかもね・・・。」
葵がマンションに帰ってくると、年配の男女がエントランス前にいるのが見えた。
「・・・・。」
葵がマンションの前まで行くと、男性が話し掛けてきた。
「失礼ですが、世良葵さん・・ですよね?」
一見、温厚そうな口振りだが目は笑っていなかった。
「・・・はい。そうです。」
葵がそう告げると、女性がツカツカと葵に近付いた。
「貴女が司の事をたぶらかしたのねっ!!」
その瞬間葵は頬を思いっきり叩かれた。
血が、ポタポタと地面に垂れる。
「っつ・・・。」
「おい!やめなさい!!」
男性が止めに入るが女性は興奮していた。
葵は、手の甲で血を拭き取ると二人に向かい合った。
「桜葉司さんの、お父様とお母様・・ですね?」
男性は一瞬目を見開いたが、すぐに目を細めて頭を下げた。
「家内が失礼しました。」
「いいえ。大丈夫です。そろそろいらっしゃると思っていましたので。」
「・・・そうですか。」
「何を偉そうにっ!!貴方のせいで司は警察庁を辞めたのよっ!この責任どう取るっていうのっ!!」
「・・・。」
「何とか言いなさいよっ!!」
「やめなさい!!お前は少し落ち着きなさい。」
「あなたこそ、どうしてそんなに落ち着いてるのっ?こんな得体の知れない女に司はたぶらかされたのよっ?キャリアまで棒にふって!!そんなの許せるわけないじゃない!!」
「良いから。お前はもう黙っていろっ!!」
男性の鋭い視線に女性がたじろぐ。
「ふんっ!!」
「みっともない所を見せたね?申し訳ない。」
「いえ。お母様の仰る通りです。司さんは私の為に警察庁を辞めました。本当に申し訳ありません。」
葵は二人に頭を下げた。
「警察庁を自分の意思で辞めたのは司でしょう?貴女が謝る事はありませんよ。」
葵は予想外の言葉に目を見張った。
「でもっ・・。本来ならば、貴方の地盤を継ぐはずだったんですよね?桜葉法務大臣?」
「・・・ご存知でしたか?そうですね、司は桜葉家の長男として私の地盤を継いで欲しかった。だけど、司はもっと大事なものを見付けたようですね?」
「それは・・・。」
「良いんです。司は幸せ者ですね?何よりも大切なものがこんなにも早く見付かったんですから。」
「・・・。いいんですか?」
「ええ。何も私の息子だから地盤を継がなければならないという事ではないですからね。実力があれば、血の繋がりなんて関係ありません。」
「あなたっ!!何をいってるんですかっ!司に継がせるんですよ!!」
「もう、黙っていなさい。私は世良さんと話しているんだ!!申し訳ないね、世良さん。」
「いいえ。大丈夫です。・・・本当に良いんですか?まだ、司さんを警察庁に戻すことも出来ますよ?」
葵の本心を探るように見つめてきたがフッと表情を和らげた。
「貴女がそう言うのなら出来るんでしょうね?でも、その必要はありません。司が選んだ道です。私達は司の意思を尊重します。今日お伺いしたのは貴女に頼みがあったからです。」
「頼み?」
「・・・司の事を宜しくお願いします。」
司の父親は深々と頭を下げた。
「まだまだ未熟ですが、貴女の元に置いてやってくれませんか?」
「・・・。司さんがそれを望むなら・・。」
「それで構いません。宜しくお願いします。」
司の父親は頭を下げて待たせていた車に乗り込み帰っていった。
その車を葵はただ静かに見送った。
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