第29話 明日を照らす炎
合図はなかった。ベヤドルは手に持つ漆黒の槍、ペネトレイターを腰だめに構えると、総司達との距離があるにも関わらず槍を突き出す。
「ハッ!」
突き出された穂先から鋭くとがった黒い闘気の塊が打ち出される。その一撃を総司とライラは左右に飛んで避けると、ベヤドルはそれを見越して次々と黒い闘気を連続して打ち出す。地下で見せた裂空斬に似た飛ぶ刺突だ。
「そらそら、どうしたッ!?」
二人は無言のまま執拗に飛んでくる闘気を避ける。時に後ろに下がり、時に転がるように二人は避ける。
その姿にベヤドルは表情を歪める。
「チッ!上手く避けるじゃねえか」
二人は次々に飛んでくる闘気を無傷で避けていた。まるでこちらの攻撃する場所が分かっているかのように。
(躱せる、躱せるぞ!)
総司は避けながらここに来るまでにオグマが言っていたことを思い出す。
♢ ♢ ♢
『このままあの男と戦っても勝てないぞ?』
「は?何だよいきなり」
レヤックの手綱を握るミタリーの背にしがみついていると、頭の中でオグマの声が響く。
『いくらかはマナも回復して戦えるようになってはいるが、それだけだ。別にお前達が強くなったわけじゃない。一度闘ってるんだから理解できるだろう?今のままじゃ勝てないぜ?』
「それは・・・・・」
確かにベヤドルの実力は俺とライラの二人で挑んでも敵いそうにない。それは理解しているが、だからってこのまま見逃すことなど出来ない。
『そこでだ、俺から一つ、助言をくれてやる」
「・・・・・・・どういう風の吹きまわしだ?」
こいつがこんなこと言い始めるとロクなことがない。それはマナを補充する時に嫌というほど理解した。
『好意は素直に受け取るものだぞ?まあ、ここでお前に死なれると困るってだけの話なんだがな』
「前に言ってた『倒したい奴がいる』ってやつか」
『そうだ。だからここでお前が死ぬと俺の目的が達成できなくなる』
まあ、言いたいことは分かった。こちらとしても何か勝てる方法があるなら教えてもらいたいしな。
『いいか?よく聞け。奴が攻撃す時――――――』
♢ ♢ ♢
「ハッ!」
ベヤドルは攻撃を避けられることにイラつき、攻撃手段を変える。
「っ!」
避けながらベヤドルに近づいてはいるが、まだ距離がある。そんな中でベヤドルは同じように槍を繰り出す。ただし、今度は先程の様に闘気が飛ぶことはない。その代わりに――――――
「食らえっ!」
突き出した槍の穂先が、伸びた。
(今度はそいつか!)
地下で見せた技が繰り出される。伸びゆく闘気の刃の先には、ライラの姿。
(狙いはライラか!?)
狙われたライラはしかし、焦ることなく迫りくる刃を半身を捻って躱す。
「馬鹿がっ」
そうベヤドルが笑った瞬間、ライラが避けたはずの穂先が曲がり、ライラの背を狙う。
(捕ったッ!)
ライラの背中に軌道修正された刃が届く、はずだった。
「なッ!?」
しかし、ライラはまるで後ろに目があるかのようにそれを避けてみせた。その事実にベヤドルは目を見開く。
(馬鹿な!ライラのマナ感知で対処できる範囲じゃないはずだ!)
しかし実際にライラは避けた。信じがたい事だが、ライラの実力なら、それもあり得るかもしれないと考え直す。
(ならっ!)
避けられた穂先をそのまま伸ばし、今度は総司を狙う。
(お前じゃこれは避けられないだろう!)
威力も早さも先程の攻撃とは桁が違う。総司の力量をある程度理解しているベヤドルは、総司なら倒せると考えた。
(地下で見せたあの力が何なのかは分からないが、あんな力、リスクなしにそう何度も使えないだろう)
そう計算したうえで総司に狙いを絞る。が―――――
「っ!!」
心臓を刺し貫こうとする刃に対し、総司は動かしていた足を急停止。ベヤドルに向けて走っていた総司を貫くはずの刃は、総司が急停止したために総司の目の前を横切る。
「な、に?」
その光景に今度こそベヤドルは驚愕する。総司の実力では今ベヤドルが仕掛けた攻撃を避けることは出来なかったはず。それがどうしたことか、実際には総司は攻撃を読んでいたかのように避けた。
(一体、どうしてっ)
攻撃を避けた総司は再びベヤドルに向けて走り出す。ライラも総司よりも先行して走っている為、ベヤドルとの距離はあと僅か。
「くっ!」
こちらに向かってくる二人に焦り、ベヤドルは伸ばした穂先を一旦戻すと、再び同じように槍を繰り出す。今度は先程よりも更に速さと威力の増した刃が二人に向かうが・・・・・
「なっ!」
突き、薙ぎ、斜めに、横に、二人を近づけまいと刃が二人を襲うが、その事如くを二人は避ける。
(馬鹿な、俺の攻撃を読んでいるのか!?)
一向に当たらない事に困惑するベヤドル。しかし、総司とライラの額には大量の汗が浮かんでいることにベヤドルは気付かない。
二人は別に余裕でも何でもない。かなり紙一重で避けている。困惑するベヤドルにはそのことに気付けていない。
二人がこうして紙一重で攻撃を避けていられるのは、オグマの助言があったからだ。その助言とは――――
(っ、今!!)
迫る刃が届く前に総司は身を屈めて避ける。総司は身を屈めながら、ベヤドルのある一点を凝視する。
総司の視線の先には、ペネトレイター、その柄を握るベヤドルの手元。
♢ ♢ ♢
『奴が攻撃をする時、相手の手をよく見ておけ』
「手?」
『そうだ。刃を飛ばす時は柄を握りこみ、穂先を曲げる時は手首を捻り・・・・・・そう言った挙動がある。そいつを見極めれば奴の攻撃を躱すことが出来る』
気付かなかった、そんなことしていたのかベヤドルは。
『お前達はマナ感知に頼り過ぎるところがある。マナ感知も万能じゃない。攻撃を察知しても反応できなければ意味がない』
なら、どうするのか?その答えが――――
♢ ♢ ♢
ステップを踏んで右に避ける。
(手首を捻ったってことはッ)
更に後ろにバックステップで後退すると、眼前を穂先が掠めていく。
(オグマが言った通りだ、ベヤドルの手元をよく見ておけば次に何をするのか予測が出来る!)
オグマの助言は単純明快、攻撃をあらかじめ予想すると言うもの。
しかし、言うほど簡単な事ではない。どう仕掛けるかを事前に相手の癖などから見抜いても、状況によっては対処不能な事態になる場合もある。例えば死角からの攻撃などがいい例だ。
だから・・・・・・
(っ!後ろっ!!)
背後から迫る闘気を察知して慌ててしゃがみ込む。
(危なっ、あともう少し遅れてたら串刺しだっ)
マナ感知と並行する形を取れば、その問題も解決できる。ライラにもこのことは既に教えてある。だからライラも直ぐに実行に移せていた。
ただし、これには問題がある。
マナ感知は意識を集中することで目に見えないマナの動きを感知する技法だ。相手の動きを観察しながらとなると、マナ感知に回している集中力が持たない。
総司よりも戦闘経験があるライラならある程度はもつが、殆どぶっつけ本番の総司には荷が重い事だった。
「オラッ!」
穂先を戻したベヤドルは、今度は闘気の刃を飛ばす攻撃に切り替える。
飛んでくる闘気の刃を二人は最初の様に躱していくが、ベヤドルはそれを見越して刃を飛ばすと同時に穂先を総司に向けて伸ばす。
「くッ!」
豪雨の様に飛んでくる闘気の刃と、自身に向けて迫る穂先。それを同時に向けられた総司は思わず足を止めてしまう。
(まずいっ、マナ感知が!?)
ここにきて、総司の集中力が切れてきた。今総司の感覚では自身の周囲のマナの動きが殆ど分からない状態になってしまった。
飛んでくる闘気の刃は目で見て避けることが出来るかもしれないが、それを回避しながら伸縮自在なあの槍から逃れるのはほぼ不可能。
「殺ったッ!」
一つ二つと飛んできた闘気の刃を避けていたところに、猛スピードで迫ってきた穂先が総司の胸を貫かんと迫る。
(しまっ――――)
猛然と迫った刃が総司を貫くまさにその瞬間――――
「炎刃烈破っ!!」
『っ!!』
総司を貫かんとした刃が、炎の刃によって弾かれる。
「ライラ、お前っ」
「まさか、ティソーナの力を?」
驚く二人をよそに、総司を守る様に前に出たライラは不敵にニヤリと笑う。
「ようやくわかったぜ、こいつの使い方が」
『ほう、手を貸したとはいえ、よくこの短時間で使えるようになったな』
「オグマ?どういう事だ?」
『今の小娘の力じゃあのアーティファクトの力を引き出すには足りなかった。そこで俺がマナの補充ついでにあの小娘のマナをアーティファクトに馴染むように調整したのさ。まあ、元々あの小娘には適性があった、俺はそれを少し後押ししたみたいなものだ』
燃え盛る炎の刃をベヤドルに向け、ライラは宣言する。
「遊びは終わりだ。ここからは全力でお前を潰す」
その宣言が気に入らなかったのか、ベヤドルは狂気に満ちた顔でライラを睨みつける。
「・・・・・今さっきアーティファクトを使えるようになっただけで、もう勝ったきでいるのか?なめるなっ!!」
ベヤドルの怒気に染まった声にライラは鼻で笑う。
「フン、それはこっちのセリフだ。アタシは一人じゃないんだぜ?・・・・・・・・いくぞソウジ、合わせろっ!」
「ああっ!」
総司は力ずよく頷くと、ライラと共に走り出す。
「雑魚が一人いるぐらいで気取るなっ!」
間髪入れずに迫る二人に向けて容赦なく闘気の刃を連続で繰り出す。
「炎刃っ!」
飛んできた刃を先行して走るライラが炎が纏う刃で切り伏せる。
「なにっ!」
今まで避けるのにも苦労していたはずが、ライラは今、ティソーナの力でそれを切り払っていく。
(力が湧いてくる。これがティソーナの、アーティファクトの力かっ!)
次々と飛んでくる刃を切り捨てながら走るライラの姿を見てすぐさま槍を戻し、穂先に力を集める。
「これならどうだっ!!」
穂先に集めた力を解き放つように勢いよく突き出すと、穂先が伸び、まるで鞭のようにしなりながらライラに向けて襲い掛かる。
だが、それを見てもライラは臆さない。
「爆陣炎っ!」
迫る刃に合わせる様にティソーナの刃を叩きこむと、小規模な爆発が起こる。その爆発により槍の軌道がずれる。
「ソウジっ!」
「オオォォォォォォ!!」
ライラの横をすり抜けると、総司は今まで足に溜めていた闘気を解放、一気にベヤドルに躍りかかる。
「チッ!」
突き出した槍を持ち前の技量で素早く戻すと、総司が放った拳を引き戻した槍の柄で受け止める。
「くっ!」
しかし、想像よりも重い一撃に思わずベヤドルの足が下がる。それを勝機とみて総司は畳み掛ける様に拳を連打する。
「調子にのるなっ!」
「ぐっ!」
総司の乱打に合わせる様に槍を回転させて柄頭を総司の腹に叩きこむ。
態勢を崩す総司に更に追撃を仕掛けようと槍を振り被るが・・・・・・
「させるかよっ!」
ライラが二人の間に割り込むように乱入してそれを防ぐ。
「邪魔だ!」
鍔競り合いに持ち込まれたベヤドルは力任せにライラを弾き飛ばそうとするが、態勢を整えた総司がそれをやらせまいと横から仕掛ける。
あえなく総司の攻撃を避けるために後ろに下がるベヤドルに、今度はライラが切り込む。
仕方なくベヤドルは薙ぎ払うように槍を振るってライラを退けようとするが、その横薙ぎの攻撃を総司が潜る様に身を屈めてすり抜け、ベヤドルに殴りかかる。
「くっ、こいつら!」
ライラが防ぎ、総司が攻め、総司が注意を引きつけ、ライラがその隙を突く。総司とライラの攻撃がベヤドルに反撃の隙を与えぬように次々と襲い掛かる。まるで先程とは立場が逆転したかのような状況だ。
(分かる、ライラが何を考えているのか!)
(分かるぞ、ソウジの動きが!)
二人はこの時、互いの動きと考えが不思議と分かる様な気がした。
それは決して偶然ではない。それは二人がお互いを認め合ったことで生まれたものだった。
今まではライラは総司の事など歯牙にもかけなかった。その結果、総司の動きを考慮することなく独自に動いていた。
総司はライラの考えが分からず、その動きについていくことが出来なかった。
だが、ライラが総司と一緒に戦う事を前提に動き、総司がライラのその動きから考えを読み取り行動に移す。連携と呼べるものがようやくこの時二人は理解できるようになった。
(この二人、地下の時とはまるで別人っ!)
二人の絶え間ない攻めにベヤドルは内心焦り始めた。
「ぐっ!」
更に悪い事に、ここにきて地下で総司から受けた傷が痛みだす。
ここに来るまでの間に馬車の中で薬と治癒魔術で応急処置をしてはいたが、先のビジャルの戦闘、更に連続して総司とライラの相手で流石のベヤドルの身体も悲鳴を上げていた。
(くそ、時間がない!)
自分自身の限界が近い事にベヤドルは焦る。このままではいずれ自分は敗れる、と。
「っ!」
そんな時、ベヤドルの視界の端に映る影があった。
♢ ♢ ♢
「う・・・・・・んン・・・・・・・」
何かがぶつかり合う激しい音に、ファムは目を覚ます。
「ここ、は?」
ぼやけた視界の中に木箱や麻袋などが散乱しているのが映る。
「私、兄さんと馬車に・・・・・はっ」
そこで自分が置かれている状況を思い出す。
「そうだ私、兄さんに眠らされて・・・・・・」
どうやら馬車に何かがあったらしく、荷台が横倒しになっている。奇跡的にファムは無事だったが、視界の隅には一緒に乗っていた数名の奴隷達が横たわって気を失っている。中には血を流している者までいる始末だ。
「そうだ、兄さん!」
自分の兄がいないことに気付き、ファムは縛られた体を無理矢理動かして荷台の外に身体を引きずる様に這わせる。
なんとか身体を引きずって外に出ると、夜明けが近いのか、空が明るくなり始めていた。
そんな夜明け前の空に、何かが激しくぶつかり合う何度も響く。
「兄さん?」
音がする方の、馬車の反対側に身体を引きずっていくと、信じられない光景がそこにあった。
「そんな、どうして・・・・・兄さんっ!!」
今まさに総司とライラを相手に死闘を繰り広げる兄の姿がそこにあった。
♢ ♢ ♢
「兄さんっ!!」
「っ!」
涙を浮かべて自分を呼ぶファムの姿が視界に入り込んだ。
(そうだ・・・・・俺はファムを)
総司とライラはファムに気付いていないのか、ベヤドルに激しく攻め立てる。
(ファムを、俺はっ!!)
歯を食いしばり、挫けそうな心を無理矢理奮い立たせ、吠える。
「守るんだぁぁぁぁぁ!!」
その瞬間、ベヤドルの身体からドス黒い闘気が身体から吹き上がる。
「なっ!」
「くっ!」
二人はその吹き荒れる闘気に押されるようにベヤドルから慌てて距離をとる。
「な、何なんだ一体」
「これは、あの時のソウジと同じ?」
「俺と同じって・・・・・」
「お前が力を暴走させた時の事だ」
「じゃあ、ベヤドルも?」
「分からない・・・・・・けど、これは・・・・・・」
吹き荒れる闘気に足踏みしていると、その闘気の中心に立つベヤドルが静かに槍を構える。
「っ、くるぞ!!」
ライラの警告の言葉と共にベヤドルは縮地を使って突撃、鋭い刺突を繰り出す。
「フンッ!」
ペネトレイターにらせん状に黒い闘気を纏わせた刺突は、その勢いで地面を削りながら二人に襲い掛かる。
咄嗟に二人は左右に分かれて回避するが、ベヤドルの刺突の勢いで起きた風圧で身体を押される。
「な、何だこの威力!」
槍が通過した場所はそこだけ地面がめくれ上がったかのように削り取られてしまっていた。
「あんなの食らったら一発で終わりだぞ・・・・・・」
総司の背中に冷たい汗が流れる。それはライラも同じで、その威力に目を見開いている。
『ソウジ、気をつけろ。今の奴には理性がない』
「どういう事だ?」
頭に響くオグマに問い返すと、オグマは忌々しそうな声で応える。
『あの槍だ、あの槍に奴は食われてる』
「食われてるって・・・・・何とかならないのか?」
『・・・・・・残念だが、ああなったらもう無理だ』
「無理って、元に戻す方法は無いのか!?」
『・・・・・・・・・・殺す以外、方法はない』
「っ!!」
告げられた言葉に総司は息を飲む。
(殺す?ベヤドルを?)
「ソウジ?」
様子がおかしい総司にライラが声を掛けると、総司は震える声でオグマの言った事をライラに告げる。
「・・・・・・・そうか」
「そうかって、お前っ!」
「それ以外方法が無いんだろ?それに、どのみち取り押さえたとしても、アイツに待ってるのは破滅だけだ」
ベヤドルをこのまま生きて拘束することに成功したとする。しかし、その後待っているのは法の裁き。ベヤドルが地下で言っていたことから、奴隷の密売、違法な取引、殺人、暗殺などの容疑がある事が分かっている。
このままいけば処刑、良くても一生牢の中で過ごすことになる。
「ガアアアアアアア!!」
再び二人に襲い掛かるベヤドル。二人は慌てて回避するが、先程とは威力と速さが違いすぎて避けるのが難しい。少しでも気を抜けば直撃は避けられない。
「覚悟を決めろソウジ!このままじゃアタシ達がやられる!!」
「っ!」
迷う総司を他所に、攻撃を外したベヤドルはすぐさま反転、再び槍を構えると今度はライラにその穂先を向ける。
「ライラッ!」
「チッ!」
総司が警告の声を発するのと同時にベヤドルはライラに向けて突撃する。その速さは先程よりも比ではない。
「ぐあっ!!」
「ライラッ!!」
間一髪防御に間に合ったが、威力を殺すことは出来ず、ライラは大きく吹き飛ばされる。
ライラが吹き飛ばされる最中、総司はライラと目が合った。
「っ!」
何かを託すような、訴えかけるような、そんな目をしていた。
(ライラ・・・・・)
コクリと総司は頷く。それを見たライラが小さく笑った様に総司には見えた。
ライラが派手に地面に打ち付けられ、起き上がれなくなる。ベヤドルは残った総司に目を向ける。
「ベヤドル、お前・・・・・」
まるでベヤドルの意識が消えてしまったかのように、その瞳には何も映っていなかった。
「守・・・・・ル・・・・・ファ、ム・・・・・・・」
何かに取り憑かれているかのようにブツブツと呟く。その姿に総司は胸が締め付けられるような思いが込み上げてくる。
「ベヤドル・・・・・お前、そこまで・・・・・・」
「守、ル・・・・・ファムを、守ルッ!!」
「っ!」
爆発的に闘気が高まったと思ったら、ベヤドルは槍を構えて一気に総司に襲い掛かる。
総司はベヤドルが槍を構えた瞬間に、すぐさま縮地を使って回避。その後をベヤドルの槍が先程まで総司がいた空間を穿つ。
「守ル、守ルッ!!」
「ベヤドルっ!」
「兄さんっ!!」
「っ、ファム!?」
そこでようやく総司はファムがいることに気が付いた。
「ファム、どうしてここに!?」
「兄さん、兄さんもう止めて!!」
ファムが涙を流しながらベヤドルに呼びかけると、ベヤドルに変化がみられた。
「ファ、ム・・・・」
ベヤドルの動きが、一瞬止まる。
「っ!」
ベヤドルの瞳がファムに向く。
「ファム・・・・・・守・・・・・・守ルっ!!」
あろうことかベヤドルは、その穂先をファムに向けた。
「なっ!ベヤドルっ!!」
「守ル、ファム、守ル!!」
ベヤドルの闘気が高まり、槍から黒い瘴気が立ち上る。
『不味いぞ、見境を無くしている。このままじゃあの娘が殺されるぞ』
「そんな!」
このままでは、守ると誓った妹を自らの手で殺してしまう。
「そんなこと・・・・・・お前にやらせるかよっ!!」
殺す覚悟が出来たわけじゃない。それでも、ファムを守るために、ベヤドルに最愛の妹を殺したという大罪を犯してほしくない一心で総司は駆け出す。
「!!」
自身に迫る総司に気付き、ベヤドルは穂先をファムから総司に向ける。
向けられた穂先に闘気が圧縮されていき、臨界が近い事を告げるかのように黒い瘴気が濃くなっていく。
規模から考えて、今までで一番威力の高い攻撃が放たれるのは容易だ。
(っ!今の俺のマナじゃ、あと縮地一回しか使えないっ)
オグマおかげでマナは回復できたとは言え、全快とは言えない。精々、普段の三割程度。それもこの戦闘で殆ど使ってしまった。
(けど、ここで止まるわけにはいかないっ!!)
臨界に達したペネトレイターを、ベヤドルは総司に向けて突き出す。それと同時に総司に向けて一直線に黒い闘気が放たれる。
「オオォォォォォォ!!!」
総司は槍が突き出されるのと同時に、ありったけの闘気を脚に集束、縮地を発動させる。
「があっ!!」
迫る黒い闘気をすり抜ける様に縮地を発動したが、ベヤドルの放った黒い闘気の威力は先ほどの比ではない。
直撃こそ避けられたが、総司の脇腹をその余波だけで抉る。
鮮血が宙を舞い、激痛が身体に走る。
「ぐっ!!」
が、総司は歯を食いしばり、足を止めない。
「!」
その姿に、意識が飲まれているはずのベヤドルが驚愕に目を見開く。
そのおかげか、動揺して槍を突き出したまま固まるベヤドルに総司は真正面から組み付く。
「捕まえたぜっ」
「っ!離、セ!!」
「ぐっ!」
口の端から血を流す総司は、ベヤドルにしがみつきながら笑う。その総司の脳天にベヤドルは左の肘を叩きこむ。が、総司はベヤドルから離れない。
「離セ!!」
「があっ!!」
本能なのか、ベヤドルはしがみつく総司を振り払おうと何度も殴る。しかし、それでも総司は離れない。
(いてぇ、けど、離れてたまるかっ!!)
ベヤドルに殴られ、もはやボロ雑巾のような有様の総司だが、その手を離すことはない。
(ベヤドルに妹殺しなんて罪を背をわせない!それに――――)
一瞬総司の頭に先程のライラの顔が浮かぶ。
(アイツならきっと!!)
「グッ!イイ加減っ!」
手の中でくるりとペネトレイターを回転させ、刃先近くまで手の位置をスライドさせて変える。ビジャルに対してやってみせた技だ。
「死ネっ!!」
勢いよく総司の頭目掛けて振り下ろされる。
「っ!」
槍が振り下ろされた瞬間、しがみついていた総司は手を離す。
「ナニっ!」
振り下ろされるベヤドルの腕を、総司は下から左手で掴み上げる。
「お前こそいい加減――――――」
残った右手がベヤドルの胸倉を掴み、勢いよく自身に向けて引き寄せ、総司は同時に上半身ごと後ろに倒れる様に傾ける。
「目を、覚ましやがれえ!!」
勢いに乗ったベヤドル目掛けて、総司は倒した上半身をバネの様に勢いよく起こす。
鈍い音と共に総司の額と、ベヤドルの額がぶつかる。
「ガアッ!!」
額から血を流しながらベヤドルは大きくのけぞる。それは総司も同じで、額から血を流しながらベヤドルを掴んでいた手を離す。
眼の中で火花が散った様な感覚に襲われ、意識もグラグラと揺れる中、総司は歯を食いしばって残った力で後ろに飛ぶ。
「ライラッ!!」
後ろに飛びながら、あらん限りの力でその名を叫ぶと――――
「よくやった、ソウジ」
総司が地面に倒れる寸前、見上げた空に、ライラがティソーナを掲げる姿が瞳に映る。
「へっ、おせぇよ」
皮肉と共に総司の身体が地面に倒れる。それを空に飛びあがったライラが見送ると、視線をふらつくベヤドルに向ける。
(お前の気持ちも、分からないわけじゃない)
手の中にあるティソーナが、重く感じる。
(アタシも、同じだったからな)
ライラとベヤドルは環境も生き方も似た者同士だった。けれど――――――
(アタシはクロードに出会えて、変わることが出来た)
ベヤドルはビジャルと出会えたが、変わることが出来なかった。
少しの違いで、似ていたはずの二人は決定的に生き方が分かれた。
どちらが本当は正しいのか、ライラには分からない。それでも、ベヤドルにライラは一つだけ胸を張って言えることがある。
(アタシは、前に進む!)
尊敬した男に笑われない様に、敬愛した男に自分の生き様を見てもらうために。
(アタシは、アタシの生き方で、お前の生き方を否定するっ!!)
強く握りしめたティソーナの刃から、豪火が吹き上がる。
『ライラ、よく見ておけ。そして、目に焼き付けろ』
過去の記憶が、大きくて、暖かな背中がライラの脳裏に蘇る。
(ああ、よく覚えてるよ。忘れる訳がない)
過去の記憶をなぞる様に、ライラは燃え盛るティソーナを振り上げる。
『豪炎―――――――』
その姿が、あの日見た憧れと重なる。
「爆炎波!!」
振り抜かれた刃から、ゴオォ!!と極大の炎が放たれる。
「!!」
空から迫る炎の刃にベヤドルは回避を試みるが、総司の与えたダメージのおかげで思うように体が動かない。
「ぐわあああああああああああ!!!!」
回避することも出来ず、空から降る炎で全身を業火で燃え上がらせる。
全身を炎に焼かれながら激しく苦しむベヤドルを、ファムは涙を流しながら見ていた。
「にい・・・・さん・・・・・・兄、さん」
炎に包まれながら、ベヤドルがファムに顔を向ける。
「―――――――――」
「兄さんッ!!」
何かを口にしたベヤドルは、そのまま炎に包まれながら倒れ、動かなくなった。
地面に着地したライラがゆっくりと倒れたベヤドルに近づく。
炎は消え、後に残ったのは全身黒焦げになったベヤドルだったモノが横たわっていた。
「・・・・・・・・嫌いじゃなかったぜ、ベヤドル」
後ろを振り返ると、ベヤドルにやられた脇腹を押さえながらこちらにヨロヨロと歩いてくる総司の姿があった。
その姿に苦笑を零し、ライラは空を見上げてポツリとつぶやく。
「見てたか?少しは、お前に近づけたかな?なあ、クロード」
朝日が照らす空に、ライラの声が風に乗って空へと昇っていった。
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