第3話 意地の張り合い
デムローデの街を出た先にある草原。視界には街を囲う外壁が望める場所で、俺とライラは向かい合っていた。
「・・・・・本当にやるのか?」
「何だ?今更怖気づいたか?」
挑発するようにライラが笑う。
イラッ・・・・・・
「・・・・・・絶対、泣かす」
「二人とも、準備は良いかね?」
向かい合う俺達の間に、組合長のオベールさんが確認してくる。
「いつでもいいぜ」
「・・・・・こっちもです」
何でこんな状況になったんだ?
「では――――――」
オベールさんが俺達から少し距離を取り、右手を天に向けて掲げる。
俺はガヤルさん特注の手甲のついた拳を固く握り構える。
それに応じて、ライラも小さな体には不釣り合いに映る大剣を両手で握りしめて腰を落とす。
「始めっ!!」
掲げられたオベールさんの右手が勢いよく振り下ろされる。
勝負開始だ。
♢ ♢ ♢
時間は少しさかのぼって、昨日の事・・・・・
「勝負、だって?」
「そうだ」
クロードの件に関しての話し合いから、奴隷購入の金策問題の話。そこまでは良かったはずなのに、ライラは今何と言った?勝負?
「どうして俺がライラと勝負しないといけないんだよ?」
ソファーから立ち上がって、挑戦的な目を向けるライラを、俺は困惑しながら見返した。
「ペアを組む相手が弱いと、アタシの仕事が増えて面倒なんだよ」
様は自分より格下の相手をペアにしたくないってことかよ。
「ペアの規定から考えたら、それをフォローするのが相方の務めじゃないのかよ」
「確かにそうだ。けど、お前は別だ」
「はあ?」
別って・・・・・俺に対して因縁をつけてるだけにしか聞こえないんだが?
と、色々と文句を言いたいところを我慢していると、オベールさんが話に割って入ってきた。
「ライラ、勝負などと言い出したからには、それなりの理由があるはずだ。言ってみたまえ」
オベールさんの問いを受けて、ライラは俺を見る目をことさらに鋭くする。
「こいつはクロードから手解きを受けたんだろ?つまり、それなりに戦えるはずだ。そうじゃなきゃ、クロードがわざわざこんな奴の為に紹介状なんて用意しないからな」
「・・・・・ハッキリ言ったらどうだ?」
オベールさんの眼が隠さず話せと言っている様に見える。
それを受けて、ライラはポツリと話し出した。
「・・・・・・・アタシはこいつを認めない、認められない。だから、それを証明してみせろ。同じ男を師事し、教えを受けたのならッ!」
「ハァ・・・・・・・クロードの眼を疑うのか?」
「アタシは自分の眼で見たものしか信じない」
その言葉にオベールさんは又も深々とため息を吐く。
「ソウジ君、すまないが、ライラに付き合ってやってくれないか?」
「え?」
椅子に深く体を預け、何処か諦めたような顔をしながらオベールさんは続ける。
「ライラはこうなると梃子でも動かん。クロードと言う素晴らしい男に教えを受けていたことも手伝って、プライドも高い。勝負を受けて、ソウジ君が自らの手で実力を示してライラを認めさせれば、本人も納得するはずだ。そうだな、ライラ?」
「こいつにそれが出来たらな」
圧倒的上から目線で言ってくれる。
「・・・・・・と言っても、ライラとソウジ君では実力も経験も差がある。そこで、どうだろう?ライラに一撃を当てたらソウジ君の勝ち、と言うのは」
一発当てただけで勝ちって、それは流石に舐め過ぎじゃないか?
「いや、それは流石に――――――」
「いいぜ」
「はぁ?」
即答かよっ!
「良いハンデだ。それとも、止めるか?」
ハンデを付けても余裕ってか?
「どうかね?受けてみるかい?」
オベールさんから問われる。
「どうした?自信が無いなら、この話はなかったことにしてやるぜ?」
・・・・・・この小憎たらしい奴に一泡吹かせたいと言う感情がふつふつと湧いてくる。
「・・・・・・いいぜ、受けてやるよ。吠えずらかかしてやる」
「ハッ!上等だ。やれるもんならやってみろ」
絶対泣かす。そして、嫌でも認めさせてやる。
「では、話もまとまったようだし、勝負は明日、街の郊外で行う。いいね?」
「「おうっ!」」
「よろしい。それでは、今日はここまでにしよう」
オベールさん宣言によりこの場は解散になった。
俺はガヤルさんと共に宿屋へ、ライラは自宅へ。
組合から出て直ぐの別れ際、ライラに「明日が楽しみだぜ」と獰猛な笑みと共に挑発を食らうが、俺も負けじと「首洗って待ってろ」と典型的な台詞を返して、お互い背を向けて歩き出す。
その背を見ながらガヤルさんの呆れたため息を吐くが、今は明日の事で頭が一杯だったおかげで、耳に入らなかった。
♢ ♢ ♢
そして、現在。
俺とライラは勝負開始から、お互い動くことなくその場で構えたままとなっていた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
俺は相手の隙を窺うように観察する。
身長は百四十程度、(年齢的にもう少しあってもいい様な気がするが)小柄な体躯をしている。お腹の視えるタンクトップの上に袖なしのロングパーカーを着ているだけ。下はホットパンツに使い込まれたブーツと、動きやすさ重視の装い。
防御を無視している、とも取れるが、この世界には闘気法がある。闘気法で防御を上げればちょっとした攻撃程度なら簡単に防ぐことが出来る。
もしくは、その小さな体躯に物を言わせたスピードや小回りで攻撃を回避するか。
どちらにせよ、簡単には勝てそうにない。
「どうした?来ないのか?」
睨み合いに痺れを切らしたのか、もしくは余裕の表れか、ライラから声が上がる。
「来ないなら・・・・・・こっちから行くぞッ!!」
「!」
宣言した瞬間、ライラは地を蹴って突撃してきた。
しかもその速度は――――――
(早ッ!)
一気に距離を詰めたライラは腰だめにしていた大剣を横薙ぎに一閃。
咄嗟に腕の手甲でこれを防ぐ。
ガンッ!!
「ッ!」
鈍い衝撃音と共に手甲でライラの斬撃を受け止める。
が、防ぐことは出来たが、想像以上の衝撃に身体がよろける。
「オラッ!」
その隙を逃すことなくライラは続けざまに斬撃を見舞う。
二度、三度と繰り出される斬撃。
それをギリギリで回避し、手甲で防ぐ。時には肩や頬をかすめたりと、かなり際どいが、何とか避けられている。
だが、斬撃の回数と速度はどんどん上がっていく。
時には下から切り上げられ、時には突きを、その斬撃は止まることが無い。
速度も上がってきているおかげで、避けるのも相当に神経と体力を削る。
この状況が続けば、いずれ体力がつき、致命的な一撃を貰う羽目になる。そうなったら終わりだ。
(このままじゃマズい!)
拳闘士タイプである俺は当然、接近戦タイプ。この近距離はまさに拳闘士の間合い。
拳を振り回す俺に比べて、ライラは身の丈ほどある大剣を使っている。懐に潜り込めば、リーチがある分、ライラは剣を振り回すのに苦労する。そうなればこちらが有利。
しかし、実際はどうだ?
剣のリーチ分距離が開き、こちらの攻撃を当てようと思えば、あと一歩の距離がいる。
その一歩がどうしても踏み込めない。一歩踏み込もうとすると、ライラはそれに合わせて同じ分だけ一歩下がり、こちらが下がれば同じ分だけ前に出る。
必ず一定の距離、自身に有利な距離を保って攻撃してくる。
当たり前と言えば当たり前。こんなものは常識と言っていい。実際、クロードからも自身に有利な間合いの取り方について講義を受けたこともある。
その時の距離の詰め方などもクロードから一通り聞いてはいたが、実際こうして間合いを詰めようにも、相手の方がそれを見越してそれを防がれる。
「どうしたっ!大口叩いた割にはこの程度かよっ!」
悔しいけど、間合いの取り方一つとってもライラの方が技術も経験も上だ。勝負開始からたった数分でそれを思い知らされる。
(このままじゃ、一発どころか何もできずに負ける!)
でも―――――
(だからって、簡単に負けられるかよッ!!)
この勝負でライラに認めてもらうには、簡単にやられるわけにはいかない。
手甲のついた拳を固く握る。これに込められた想いを確かめる様に。
(認めさせてやる!絶対ッ!!)
何より――――
(テムロとクロードに、情けない姿を見せられるかッ!!)
上段に大剣が振り上げられる。
「ッ!」
それに合わせて、脚にマナを集中。
脚に集めたマナを一気に開放。
「なっ!」
ライラの放った上段からの斬撃が空を裂いた。
♢ ♢ ♢
がら空きだった頭を狙って上段から剣を振り下ろした。
一応、アタシが持っている剣は訓練用の刃抜き、闘気法を使える奴なら、当たってもそう簡単には死なない・・・・・・当たり所が悪くなければ。
まあ、今放った斬撃に関しては、正直殺すつもりで振り下ろしたけど。
だって、そうだろ?この貧相な面構えの男は、アタシと同じ男から戦い方を教わったんだぞ?
アタシがこの世界で唯一認めた男のだ。
だと言うのに、さっきからアタシの攻撃を防ぐのに手一杯。これでクロードから認められただぁ?
・・・・・・・気に入らない、認めない、イラつく。
だから、いっそ殺してやるつもりで剣を振り下ろした。
けど、アタシの手に攻撃が当たった感触は返ってこなかった。
「なっ!」
そこには奴の姿が無かった。代わりに――――
「オォォッ!」
「ッ!」
右から闘気の気配を感じて、振り抜いた剣を強引に引き戻す。
ガンッ!
引き戻した瞬間、掲げた剣から衝撃が走った。
「ぐっ!」
衝撃を殺す為、アタシはわざと後ろに身体を飛ばす。
けれど、思った以上に力が込められていたのか、剣を持つ手が若干痺れる。
「てめぇ・・・・・!」
見ると、そこには拳を構えたアイツの姿。
「ナメた真似しやが・・・・・・っ!」
言葉を言い終わる前に奴の姿が眼前に迫っていた。
「チッ!」
眼前に奴の放った拳が迫る。それを右足を軸に身体を半回転させることで回避。その勢いに乗せて構えた剣を振りかぶる。が、またもアイツの姿が消えた。
「こいつ、縮地をっ!」
またしても側面から闘気の気配が現れる。それを今度は後ろに身体を投げ出して回避、立ち上がって再び剣を構える。
(まさか、縮地を使えるとはな・・・・・)
縮地。闘気法の一つで間合いを一気に詰めたり、逆に離れたりする為に使う闘術の一種だ。
だが、これには一つ弱点がある。それは――――
「!」
闘気を高めて再びアイツの姿が消えた。けど・・・・・・
「甘めぇよ!」
後ろに振り向きざまに大剣を横薙ぎに放つ。すると、剣から確かな手ごたえが返ってきた。
「っ!」
見れば、なんとか手甲で防いだ奴の姿があった。その顔は驚愕に慄いている。そのまま鍔競り合いの様にギリギリと硬直状態になる。
「縮地を使えるのは意外だったぜ。けどな、使い方がなっちゃいねぇんだよ」
「なに?」
「縮地はほぼ直線にしか移動できない。それが分かっていて、なおかつ相手の技の『入り』を見ていれば、これくらいの事は出来て当然だ」
込めるマナや技術にもよるが、縮地は一直線にしか進めない。移動距離も実は大してあるわけでもない。方向転換しようと思えば、数回に分けて縮地を使うしかない。
おそらくこいつがやったこともこれに該当するはずだ
案の定、こいつはそれを指摘されて悔しそうに顔を歪めている。
「それにな・・・・・・」
「なっ!・・・・・・・・がっ!!」
「縮地を使えるのはお前だけじゃないんだよっ!!」
一度剣を引いて後退。奴の背後に縮地を使って回り込み、無防備な背中に蹴りを叩きこむ。
叩きこまれた奴は、そのまま前に吹っ飛ぶ。なんとか身体を捻って地面に着地するも、その顔は苦痛で歪んでいる。
「クロードから戦い方を教わっただけはあるな・・・・・けどな、縮地なんて使えて当たり前なんだよ、この馬鹿がっ!」
「・・・・・・・・縮地を使えるランクDなんて、この街ではライラとソウジ君しか私は知らんがな」
「うるっせぇ!!」
オベールのオッサンの小言を黙らせて再び剣を構える。
奴を観れば、勝負が始まってからの攻防に加え、連続で使った縮地の反動か、その顔に疲労が浮かんでいる。
「・・・・・・・そろそろ、終わりにしてやるよ」
その宣言と共に、奴の顔が強張る。
アタシはそれに構うことなく大剣を両手で握りしめて、肩に担ぐ様に構える。
それと同時に闘気を剣に纏わせる。大剣がアタシの赤い闘気に包まれて真っ赤に染まる。
これは、アタシの最も得意とする技―――――
「食らいやがれっ!『裂空斬』!!」
赤く染まった大剣を大きく振り抜く。
「なっ!!」
放たれたのは、空を裂く斬撃波。飛ばされて開いた奴との距離を、一直線に空気を切り裂きながら突き進む。その速度は縮地より遅いが、かなりの速度だ。今の疲弊した奴では逃げられない。
「ぐっ!・・・・・・オォォォォォ!!」
避けることが出来ないと判断したのか、奴は全身に闘気を纏って、あろうことかその拳でアタシの裂空斬を殴りつける。
「負け・・・・るかっ!」
だが、無理だ。
アタシが裂空斬に込めたマナ量は相当だ。何せ、この一発で終わらせるつもりで放ったんだからな。
踏ん張っているが、それも長くは続かない。ほら・・・・・
「ぐっ・・・・がっ!」
その程度でアタシの裂空斬をどうにかできるはずもなく、そのまま裂空斬の威力に負けて吹き飛ぶ。
地面を数回バウンドしながら転がり、やがてうつ伏せになって倒れる。
「・・・・・・フンッ、終わりか」
剣を片手に倒れた奴の元に歩み寄る。歩み寄って、倒れた奴に剣を突きつけた。
「アタシの勝ちだ」
♢ ♢ ♢
「アタシの勝ちだ」
意識が朦朧とする中、総司の耳にライラの勝利宣言が響いた。
先程受けた裂空斬の威力は相当なものだった。おかげで総司の身体はボロボロ、意識はかろうじて保ってはいるものの、朦朧としている。
「ここまでだな」
いつの間にやらオベールが二人の傍らに歩み寄っていた。
「当たり前だ」
フンッ!と何処か誇らしげに胸を張るライラ。
「ふぅ~・・・・・・・この様子じゃあ、戦闘の継続は無理だな」
オベールは改めて倒れた総司に目を向ける。体力は尽き、闘気法を使うことも出来そうにないほどボロボロになっている。ここから再び戦闘は無理だろう。
「仕方ない、ソウジ君は私が担いで街まで運ぼう。これでこの勝負は終わりだ。いいね?」
「・・・・・ああ」
ライラも理解していた。もう総司に戦う気力も体力もないと。
(チッ・・・・・この程度かよ・・・・・・)
剣を降ろして、興味が失せたと言わんばかりに総司から背を向ける。
これで終わり。そう思って一歩、足を踏み出した。が―――――
「では、ソウジ君を街まで・・・・・・・なっ!」
オベールの眼が驚愕に見開く。
「ん?」
自分の後ろを見て驚愕するオベールに釣られて、ライラも後ろに振り返ると・・・・・・
「!!」
精魂尽き果てたはずの総司が、いきなり身体を起こしてライラに向けて拳を振り上げていた。
剣を下ろしたのがよくなかった。もう、総司に戦う力は無いと背を向けたのがよくなかった。完全に気を抜いていた。だから――――
ぺちっ
「っ!」
弱弱しい音と共に、ライラの頬を拳が叩いた。
「へ・・・・・・へへ・・・・・・」
総司は、笑った。
「俺の・・・・・か、ち・・・・・・」
ガクッ!と膝が折れ、そのまま前のめりに倒れ行き、正面からライラの身体にもたれ掛かる。
そのままずり落ちそうになる総司の身体を、ライラは咄嗟に総司の身体に腕を回して支える。
「こいつ・・・・・・・」
総司を見やると、瞳は閉ざされ、完全に意識が無くなっていた。だが、その顔は――――
「・・・・・・笑ってやがる」
やり切った、満足した。そんな笑みを浮かべながら、総司は意識を失っていた。
「はは、まさか、ここまでとはね」
ライラが抱き留めていた総司の身体を、オベールは横から腕を回して支えて肩を支える。
「なかなかどうして、いい根性じゃないか。そう思わないか?ライラ」
問われたライラはフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「・・・・・・知るか、馬鹿」
「相変わらず、素直じゃないなぁ」
「うるっせぇ!」
その反応に思わずオベールは笑い、それに対してライラは更に罵声を浴びせるが、オベールは意に介さない。
やがて、ひとしきり笑ったオベールは総司の身体を背負う。
「さあ、戻るとしよう。ソウジ君を治療してあげないとな」
総司を背負って街に向けてオベールは歩き出す。
「・・・・・・・・・・」
遠ざかるオベールの背を、いや、総司の背を見つめながら、ライラはポツリと呟いた。
「・・・・・・やるじゃねぇかよ」
その小さな声は、吹き抜けた一陣の風に乗って彼方に消えていった。
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