第13話 燃え尽きる炎

「うっ・・・・・うぅ・・・・テム、ロ・・・・・」


 窓から差し込む月明りに照らされた教会の中で、総司はテムロの亡骸を涙を流しながら抱いていた。


「そ、んな・・・・・嘘・・・・・嘘よ・・・・・・テムロ・・・・・・テムロォォォォォ!!!!」


 駆け出そうとするシェスタ。だが、身体を抑えられ身動きする事すら許されない。


「うぐっ・・・・・テムロ・・・・・テムロォ・・・・・」


 シェスタは最愛の人が死んだ悲しみと、そんな彼の元にすら駆けつけることもできない無力感に涙を流すことしかできない。


「何だ?もしかして、恋人か何かだったのか?そりゃ悪い事をしたなぁ」


 言葉とは裏腹に、デップはニヤニヤと笑う。


「てめぇ・・・・・!」


 その姿を目にして、総司の中から怒りが吹き上がる。

 テムロの亡骸を静かに横たえ立ち上がる。その手から血が滲むほど固く拳を握りしめながら。


「何だ、言いたいことがあるなら言ってみな?」


 相手が今どういった事を思っているのかわかっていての挑発。

 こういった手合いは挑発した方が面白いと思っているデップは更に総司を煽る。


「言いたいことが無いなら、この二人が俺の女になる瞬間をそこで眺めてろ。何だったらそれを観ながら自分を慰めてもいいぜぇ?」


「・・・・・・・うああぁぁぁぁぁぁ!!!」


 モーガン神父とテムロを殺され、更にはシェスタとコロワまでもその手に掛けようとするデップに、総司の中の怒りが爆発し、拳を握り駆け出した。


「へっ・・・・そう来なくっちゃな!」


 デップの頭の中で、総司とクロードを痛めつけた後、身動きを封じた二人の前で、シェスタとコロワを徹底的に辱めてやった後、邪魔な男二人を殺してそのまま村を蹂躙してやろうと考えていた。


(まずは、こいつで遊んでやる)


 こちらに向けて駆け出す総司を迎え撃とうと構えた、その時―――――


「オラァァァァァ!!!」


「ごっ!」


「がはっ!」


 総司の後ろ、クロードを取り囲んでいた男が二人が纏めて吹き飛んだ。


「っ!!」


 想定外の事に驚いて総司の足が止まる。

 振り返ると、そこには鬼の形相したクロードが拳を突き出していた。


「・・・・・・・これ以上は、やらせんっ!!」


 残りの二人の内一人を蹴り飛ばし、もう一人の胸倉を掴んで壁に向けて投げ飛ばした。


「て、てめぇ!」


 その光景に呆然としたのも束の間、シェスタ達を囲んでいた男達数名が手に獲物を握りしめてクロードへと襲い掛かる。


「フンッ!」


 だが、クロードは闘気をその身に纏い、迫る男達を殴り、蹴り、時には躱しながら対処していく。


「クロード!」


「よそ見してんじゃねえよ!」


 男の一人が総司に向けて剣を突き出す。


「くっ!」


 突然の攻撃に驚くも、身体は自然と迫りくる刃を身をひねる様にして回避していた。


「こいつ!」


 回避されるとは思っていなかったの男は慌てて剣を手前に引き戻す、が。


「フッ!」


 それよりも早く闘気を纏った総司の拳が男の鳩尾に突き刺さる方が早かった。


「ぎゃあ!」


 男は直撃を受けてそのまま後ろに転がり気絶する。


「身体が・・・・・・」


(動く・・・・・・訓練の成果か・・・・・)


 クロード相手に訓練を重ねてきた総司は、その辺にいるような荒くれ者程度では歯が立たない実力を身に着けていた。

 しかし、今までは自分よりも遥か上にいるクロード相手だった為、自分が強くなったのかどうかなど総司にはいまいち理解できてなかった。

 この状況にきて、初めての実戦をすることにより、総司は自分が以前に比べて戦えるという確信を得た。


(これなら・・・・・いける!!)


「この野郎!」


 ナイフで切りかかってきた男の腕を掴み上げて、そのまま顎目掛けて闘気を纏わせながら拳で打ち上げる。

 男が中空にその体を浮かばせるの無視して、次の男に向けて駆け出し鋭い蹴りを顔面にくれてやる。


(このまま一気に倒してやる!)


 勢いそのままに次の男倒すべく駆け出す。


「チッ・・・・・お前らも行け」


 数の不利をものともしないクロードと、大した実力もないと思っていた総司の姿に業を煮やしたデップが、更に数人の男達をけしかける。


(くそっ!キリがない!)


 更に襲ってくる人数が増えることで、徐々にクロードと総司の身体にも傷が増えていく。


(数は十七、総司のお陰で何とか人数を分断できているが・・・・・!)


 現在、総司に五人。クロードに十二人を相手にしている。

 デップを含めた残りの数名はシェスタとコロワを伴い、聖堂の奥、祭壇の前まで下がってこちらの戦況を眺めている。


「よそ見してんなっ!」


 総司やシェスタ達に気を取られてしまったクロードの脇を狙い切りかかってくる。


「ごふっ!」


 それを裏拳一発で沈めて黙らせ、改めて周りを窺う。


(流石はあの『赤蜘蛛』だな)


 リーダーであるデップが実力は他の男共に比べれば上だろう。それでも自分には及ばないと確信してはいる。しかし、それでも押し切れない。

 何せ数が数だ。そうそう簡単には上手くいかせてもらえない。それと同時にそれなりの修羅場を潜ってきているのか、部下たちも中々に強い。


(組合の情報で、デップは女子供を殺す時は辱めてから殺すと情報で聞いたが・・・・・)


 そんな残虐的で非道な男だからこそ、デップはシェスタとコロワを今すぐ殺さないだろうと高をくくり、攻勢に出てみたもののここまでの力が相手にあるとは思っていなかった。

 考えが甘かった、と後悔するが、あの場でこれ以上被害を出さないためにはこれしか思いつかなかった。


(クソッ!せめて、剣があればっ!!)


 本来クロードは剣を使って戦う『剣士』だ。当然、剣を主体に戦うのが最もクロードの実力を発揮させるのだが、教会の修繕作業で剣をぶら下げていては邪魔になると思い、宿に置いてきてしまっていた。

 赤蜘蛛の調査から帰ってきてから日も経ち、流石に赤蜘蛛がこの村に来ることはないだろうと思っての判断が見事に裏目に出た。

 しかし、それは無理のない事だ。

 赤蜘蛛のリーダーであるデップは、とある名の知れた傭兵団に身を置いていた時期があるのだ。その傭兵団にはクロードよりも遥かに強い者がまとめ上げていた。その者の元、デップは鍛え上げられていた。

 そんな団の掟を破り、団から追放されてしまったのだが。

 デップはそこで様々な事を覚えた。北に行くと見せかけてのノザル村襲撃の計画も、その時に覚えた知識を元にデップが参考にして計画を組み立てたのだ。

 ハンターとして上級と言っても過言ではないクロードを出し抜くほどには頭が回る。それがデップの強みでもある。


「痛っ!!」


「ソウジ!」


 見れば総司は左肩を押さえている。

 どうやら避けるのに失敗して左肩を切られたらしい。その証拠に総司の左肩から血が流れ出ている。


「ハァ・・・・ハァ・・・・・」


(まずいな・・・・・)


 クロード自身はまだ平気だが、総司の体力が限界に近づいている。このままでは先に限界を迎える総司が危うい。


(こうなればっ!!)


「オオォォォォォ!!!」


「「!!」」


 ゴオッ!とクロードの身体から先程とは比較にならない闘気があふれ出す。

 その闘気に当てられて、クロードに襲い掛かろうとしていた男達の動きが一瞬止まる。

 その隙を突くようにクロードは両足に力を込めて全力で床を蹴る。

 爆発的に闘気を解放して一気に駆け抜ける。


(狙うは!)


 教会の中央通路をクロードの纏う赤いオーラが閃光のように貫く。


(大将首っ!!)


 今のクロードに出せる全力の闘気を乗せて、固く握りしめた拳を放つ。

 だが――――――――




「残念だったな」




「なっ!!」


 クロードの突き出した拳がデップの眼前でピタリと止まる。


「狙いは良かったぞ。俺が相手じゃなかったら今のでケリは着いていただろうな」


 ニヤリと笑いながらクロードに見せつける様に両手を掲げた。


「そ、それは・・・・」


 デップの両手に嵌められていたのは、手の甲に魔石が埋め込まれた黒い手袋だった。


「『鋼縛円陣』」


「アーティ・・・・ファクト・・・・・!」


「そうだ。こいつは、魔力で練った糸を意のままに操ることが出来る」


 よく見ると月光に照らされて、魔石から何か糸の様なものが伸びてクロードの身体に絡みついている。


「こうやって相手の動きを封じるとこも出来るし・・・・・」


「ぐっ!」


 ギリギリと絡みつく糸がクロードの身体を締め付ける。


「こんな風に相手をいたぶる事も簡単にできる。まあ、魔力の消費が激しいから普段は使わないようにしているがな」


「クロード!」


 駆けつけようと総司が動くが、それをさせまいと数名の男達が道を塞ぐ。


「クソッ・・・・・このっ・・・・・!」


 拘束から逃れようと四肢に力を籠めるがビクともしない。それどころか糸は更にクロードの身体に食い込んでいく。


「さすがの『炎剣』でも、こいつから逃れることは出来ないぜ」


 デップの言葉通り、クロードが藻掻けば藻掻くほど糸はクロードの身体に食い込む。

 食い込んだ個所から血が滴る程に、強固な力でクロードを縛り上げる。


「さて、いたぶってやろうかと思ったが、予定変更だ・・・・・・」


 身動きが取れないクロードに向けてデップは腕を突き出す。


「・・・・・・・ファイアランス」


 唱えた途端にデップの手から鋭くとがった炎の槍が放たれた。

 放たれた炎の槍は寸分違わず、クロードの胸を貫いた。


「ごふっ!!」


 胸に大穴を開けてクロードは口から大量の血を吐き出す。

 それをニヤニヤとデップは笑う。


「お前の様な危険な奴は、早めに殺しておくべきだな」


「ご・・・・がぁ・・・・・・・」


 声にならない声を上げながら、クロードの身体から力が抜けていく。

 やがて動かなくなったクロードの身体の拘束が解かれ、そのままデップの前に崩れ落ちる。


「実は、俺は『魔術』が得意なんだよ」


 ニヤリと下卑た笑みを浮かべながら、動かなくなったクロードを見下す。


「あ、ああ・・・・・そんなぁ・・・・・・」


 シェスタの目の前でクロードは床に胸から血を流しながら倒れる姿を絶望しながら、ただただ呆然と見つめる事しか出来なかった。

 それは離れている総司も同じだった。


「ク・・・・ロ・・・・・・・ド・・・・・・・」


 ただ、その絶望はシェスタ以上のものだった。

 訓練で何度も手合わせもして、その知識も実力も総司は身近で感じていた。

 実際総司も赤蜘蛛の男達の実力とクロードの実力を比較してもクロードに分があると思っていた。

 だから、心のどこかで期待していた。

 クロードなら、この状況から俺達を救ってくれる、と。

 だが、現実は総司の想像とはかけ離れた結果となった。

 モーガン神父はシェスタとコロワを守って死に、テムロはシェスタを救い出そうとして殺され、シェスタとコロワは未だデップ達の手により拘束されている。

 そして、ここまで自分を鍛え上げてくれた恩師とも呼べるクロードが、無残にも殺された。

 最早希望は絶たれた。

 クロードに及ばない自分の力では、この状況を打開するなど不可能だ。

 そう思った瞬間―――――――総司の頭は考えることを放棄した。


「さて、と・・・・・残りは、そこの奴だけだが・・・・・」


 デップの目が呆然と立ち尽くす総司を捕らえる、が。

 総司は力なく項垂れて、動く気配が微塵も感じられない。


「・・・・・・・・ほっといても問題ないな」


 興味が失せたと言わんばかりに総司から視線を外す。


「さあ、掃除も終わった。そろそろ始めようか・・・・・」


「ひっ!」


 最早総司などデップにとってはその辺に転がっている石ッコロ程度にしか興味はない。

 今デップが興味があるのはこれからシェスタとコロワをどうやって辱めるか、そのこと以外に興味などなかった。


「い、いやぁ・・・・・助け・・・・・・」


 もう助けを求めても、誰も自分を助けてくれる者などいない。

 これから自分とまだ幼いコロワがどの様な末路を辿るのか、想像しただけで死にたくなる。


「お預けを食らったんだ、今から思う存分お前を滅茶苦茶にしてやるよ」


「うぁ・・・・ああ・・・・・・」


 デップの手がシェスタの身体を押さえつけ、その滑らかな肌を持つ脚を無理矢理に開かれる。

 デップはいよいよと舌なめずりをして腰をシェスタの両足の間に押し込んでいく。


「いやぁ・・・・だめ・・・・・お願い・・・・やめ・・・・・いや・・・・・いや、いや・・・・・いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」




        ♢        ♢        ♢           




 シェスタの悲痛な叫びが俺の耳に届く。

 けど、俺はそれに反応することが出来ない。いや、しない。


(あんなに、頑張って訓練したのに・・・・・・・)


 守ることも助けることもできなかった。


(モーガン神父・・・・・・テムロ・・・・・クロード・・・・)


 死んだ、あっけなく、無残に、大切だと思った人達が、目の前で殺された。

 訓練で付けた力も、何の役にも立てなかった。

 あれだけ必死に訓練して、強くなれたと思ったのに、結局意味なんてなかったのか?


(だとしたら、俺は何のために、あんなに必死に・・・・・)


 のろのろと顔を上げると、そこにはシェスタがデップの手で辱めを受けようとしていた。


(俺は・・・・また・・・・・何も・・・・・)


 その光景に、前世の記憶が脳裏に浮かぶ。

 美里の笑顔が、美里との思い出が・・・・・あの男の顔が。



 ――――――見ているだけでいいのか?



 これ以上、俺に何が出来るって言うんだ。



 ――――――なんの為に力を手にした?



 それは、強くなるために・・・・・



 ――――――なぜ、強くなろうとした?



 それは・・・・・それは・・・・・・



 ――――――分かっているはずだ。自分の望みを



 望み・・・・俺の、望みは・・・・・・



 ―――――――望みを叶えたいのなら・・・・・・力を貸してやる



 瞬間、頭の中が黒く染まるのを感じた。




        ♢       ♢       ♢        




「さあ、いい声で鳴け!」


 泣き叫ぶシェスタを押さえつけ、いよいよ己の欲望をシェスタの身体に叩きつけようと腰を突こうとした瞬間、それは起こった。

 ドンォ!!

 デップの奥、祭壇の上に設置されている聖書台が派手な音を立てて吹き飛んだ。


「・・・・・・は?」


 見れば吹き飛んだ聖書台の残骸に自分の部下が倒れているのが目に入った。

 吹き飛ばされた衝撃で意識を無くしたのか、部下の男はピクリともしない。


「・・・・・・・・」


 突然の事に、流石のデップも動きを止めて、部下が飛んできた方に目を向ける。


「お前が・・・・やったのか・・・・・?」


 そこには顔を下に向けたままの総司の姿があった。

 だが、先程デップが見た総司とは何かが違って見えた。


(何だ?こいつ、さっきと雰囲気が・・・・・・・)


「ソ、ソウジ?」


 それを感じたのはシェスタも同じだった。いや、この場にいる全員がそれを感じ取っていた。




 ――――――こいつは、一体何だ?




 皆が見つめる中、総司は静かに口を開いた。


「もう・・・・・・いい・・・・・・」


「何?」


「もう、どうだっていい」


 気でも狂ったか?とデップは思ったが、違う。


 さっきとは明らかに違う。どこが違うのか分からないが、何故だか嫌な予感がしてデップの背中を冷たい汗が流れる。


「誰が死のうが・・・・・・・もう、どうでもいい」


 総司の雰囲気に飲まれて静まり返った教会の中で、総司の顔がゆっくりと持ち上がる。


「お前ら、全員――――――」


 現れた顔は先程まで全てを諦めた様なものではない。


「ぶち殺す」


 この世の全てを憎む様な眼差しをしていた。

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