音楽の夕べ

 ここがクレイエール・ホールか。初めて入るけど、こりゃ立派だよ。神戸でも最古のホールらしいけど、オンボロっちいところはどこにもないもの。よくこれだけのホールを建てたものだよ。日本のカーネギー・ホールとも呼ばれてるけど、そう言われても不思議無いぐらいの貫禄があるものね。


「こちらでございます」


 今日は関係者席なんだけど、案内されるといたいた、


「これは、これはユリア侯爵殿下。御足労頂きありがとうございます」

「主催ですから当然です」


 これが公式の場でのコトリさん、いや月夜野社長なんだ。ツーリングの時の関西弁丸出しが信じれれないよ。


「副社長をやらせて頂いている如月です。お見知りおき頂ければ幸いです」

「貴社の協力には感謝しております」


 ユッキーさんも堂々としてるものね。堂々どころか、他の関係者席の人を圧倒しているもの。これが首座の女神の威風なんだろうな。


「専務の夢前です。お目にかかれて光栄です」

「常務をやらせて頂いている霜鳥です。両国の親善がこれで一層深まることを期待しております」


 ひぇぇぇ、エレギオンHDのトップ・フォーがそろい踏みだよ。それにしても四人並ぶと綺麗と言うより神々しいだよ。さて今日のはコンサート形式のはず。つうのも、内容に関しては、


『サプライズで楽しんでな』

『ユリの出番はこんなタイミングだからね』


 こんな打ち合わせで本当に良いのかな。まず出て来たのは、えっ、うそ、サルバドールの谷村省吾じゃない。こんな大物が露払いなのかな。ライブで聴くのは初めてだけど、さすがに迫力ある。この歌唱力は今だったら日本一じゃないかな。


 へぇ、谷村省吾が進行役みたいな役割みたい。これって神戸ポート・ポップ・フェスと似たようなスタイルで良いよね。なんて贅沢な。次々とゲストとセッションするけど目が眩みそう。だってミモザのミユでしょ、蓑田尊でしょ、宇佐本楓でしょ・・・会場の熱気はドンドン高まってるよ。つか、これで高まらなきゃウソだ。


「トイレ休憩を頂きます」


 あれ、中断を挟むのか。ユリも御手洗に行っておこう。助かった、関係者席用のトイレは別に確保してくれてた。こういう時の御手洗は大変だものね。あれコトリさんとユッキーさんがまだ帰っていない。


 そう言えばトイレ休憩の少し前から席を離れたよね。やっぱり仕事が忙しいのだろうな。さてユリが席に戻るとセットが変わってる。カーテンが引かれてその前にグランド・ピアノと言うことは、


「ストリート・ピアニストのコウです。こんな素晴らしいところに呼んで頂いて光栄です」


 コウのピアノも気合入ってるよ。そりゃ、入るよ。コウが弾き終わると谷村省吾とちょっとしたトークだ。谷村省吾とコウのトークなんて初めてじゃないかな。ジャンルがちょっと違うものね。


「・・・コウさんもポピュラー音楽に興味があるとは驚きです」

「音楽にクラシックもポピュラーもありません。あるのは歴史を越えて残る曲かそうでない曲だけです」


 あははは、ストリートピアノではポピュラーでもロックでもジャズでも、その場の空気に合わせて弾いちゃうものね。


「でも残念なのは、ボクの心に流れ続ける、あのメロディーが聴けない事です」

「そうなのですか。実はボクもそんな曲があるのです。奇遇ですね」


 ありゃ、話がちょっとキナ臭いぞ。


「今日は飛鳥井瞬の曲が聴けると聞いたのですが」

「コウさん、ネタばらしをしたらサプライズにならなくなるじゃないですか」


 これを聞いた瞬間に関係者席から怒声が、


「それは許さん」

「コウ、谷村省吾、ちょっと人気があるからって調子に乗るな。お前らを追放するなど朝飯前だ」


 なんだよこいつらエラそうに。そしたら谷村省吾が、


「お静かにお願いします。騒ぐようなら退場してもらいます」


 そうだそうだ。そしたら、


「なにを!」


 えっ、そいつらステージに上がりやがった。


「これで終了だ」

「帰った、帰った」

「お前ら覚悟しとけ」


 こいつらヤーさんかよ。ユリも仕方がないからステージに上がったよ。


「お黙りなさい」


 そしたら、


「部外者は口出しするな」

「なにをエラそうに。白人の小娘は引っ込んどれ」


 そう怒鳴られて、いきなり突き飛ばされた。それも思いっきりだ。たまらずユリは尻もちをつかされた。痛いよ、ウソ、服も少し破れてるし、血も滲んでるじゃない。か弱い女にそこまでするか。コウが慌てて駆け寄ってくれて助け起こしてくれたのだけど、もう頭に来た。


「今日の音楽の夕べは、エッセンドルフと日本の友好親善のために開催されたもの。何人と言えども、これを妨害することは許されません」


 そしたら、


「お前は何様やねん」


 そっちこそ誰だよ。


「エッセンドルフ公国侯爵にして特命全権大使であるユリア・エッセンドルフと知っての狼藉か」

「侯爵で大使だと」


 そうだよそれが悪いか。こいつら許さないぞ、


「警備員、この狼藉者を直ちに連れ出しなさい」


 わらわらと警備員が出て来たきた。だけどさぁ、ステージの袖に待機してたんなら、もっと早くに出て来いよな。お蔭で突き飛ばされて転んじゃったじゃないか。連中は警備員に取り押さえられながらも、


「もし飛鳥井瞬の曲を演奏したら、お前ら終わりだからな」

「俺たちを誰だかわかってるな」


 ええいウルサイ。


「あなた方が誰かなど興味もございません。ですがエッセンドルフの名誉を傷つけたことは決して許しません。それ相応の処分があるものと覚悟しなさい」


 でも、こうなっちゃうとこのコンサートを続けるのは無理かなぁ。するとコウがユリの耳元で、


「なにを言われようがボクは弾くよ」


 コウがピアノを弾き始めた瞬間に後ろのカーテンが落ちた。でさぁ、でさぁ、そこにはバンドだけじゃなくオーケストラもいて、その背後のスクリーンに映っているのは・・・メロディーが流れだすと一人の男が現れたけど、


「♪あなたとの出会いは偶然でも、二人がここで会うのは運命・・・」


 こ、これってエッセンドルフの日本フェスで見たあのドラマ。それもあのラストシーン。それとこの声は間違いない。この声をまさか生で聴けるなんてウソでしょ。谷村省吾はハモってるけど、あの谷村省吾が完全に脇役状態じゃない。それぐらい声の迫力、いや格が違うのよ。まさにウットリさせられる。


「♪愛に応えられるのは愛だけ

 あなたの心は感じてる

 ボクのハートに伝わっている」


 圧倒的な歌声に会場全体が聴き入ってる。そんなレベルじゃない、完全に酔わされてる。そりゃ、酔うよ、酔わされなきゃウソだ。やがて珠玉のラブ・バラードが終わっけど会場はシンと静まり返ってる。なんていうか、次に何かが起こるのを待ち受けてるで良い。


 そしたらドラムのビートが鳴り響き、トランペットが吹き鳴らされた。一転してアップテンポのものになったんだよ。これを聴いて会場は一呼吸おいてから、


「うぉぉぉ」


 怒涛のような歓声が起こり、ふと見ると誰もが拳を突き上げてるじゃない。


「♪欲しいものなら奪いに行け、

 待っていても来てくれるものか」


 この曲はなに。ユリの魂が突き上げられてる。


「♪怖がるやつにチャンスはない

 傷つくのを怖がるのは臆病者」


 もう会場はノリノリで誰も立ち上がって拳を突き出してる。


「♪どんなに傷つこうとも命があれば立ち上がれる、

 この命を燃え尽きさせるものなどあるものか

 OH、OH、OH。OH。OH、OH]


 もうそれこその熱狂の嵐。いつの間にか戻って来てるコトリさんたちも拳を突き出しって踊り狂ってるもの。これが飛鳥井瞬だし、飛鳥井瞬の魂のメロディーだ。そりゃ、コウも谷村省吾も、コトリさんも、ユッキーさんも聴きたかったはずだ。ユリだって一遍にファンになったし、拳を突き出してるもの。会場が壊れるんじゃないかと思う熱狂の中で曲が終わった。


「瞬さ~ん!」

{待ってたぞ}

「キャァー」


 もう拍手と歓声で騒然。ユリもひたすら叫んで、力いっぱい拍手してた。最高のステージだ、いやこれこそ魂のステージだよ。

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