祭りに向かって

 エッセンドルフの難行を終えたところでコウから連絡があった。やったぁ、デートのお誘いだ。夕食デートだからその後は、


「勝負下着はどれにするの」


 実の母親が娘に向かって言うセリフか。まあ、やる気で行くけど。


「明日のお昼はいるの?」


 朝を飛ばすな。


「泊まりでしょ」


 いくらなんでもさばけすぎじゃ。でも行ってみるとコウだけじゃなかった。


「悪いな。ご飯だけやから」

「それでお邪魔虫は消えるから」


 こいつらもやるしか考えてないな。それはともかく、わざわざ顔を出したのはユリへの頼みで良さそう。


「そうやねん。プランAで行ければ良かったんやけど、さすがに無理があったわ。そやからプランBにする」

「もともとプランBが本線だったのだけどね」


 なになに、へぇ、そういうプランか。


「でも出演者は?」


 するとコウは、


「音楽界と言っても一枚岩じゃない。ポッポス、アイドル系は近いしロック系も遠くはないが・・・」


 個人事業主の集まりみたいなものだから、活躍する方面で温度差がかなりあるそう。だったら、どうして飛鳥井瞬の時はあれほど一致団結したのよ。


「あの時は葛󠄀谷四朗がおったからや」


 誰なのそれ。どうも音楽業界を牛耳るドンみたいな野郎で良さそう。世論にも乗って思う存分の処分が出来たそうだけど、


「もう葛󠄀谷もおらん。まだ残党は残っとるけど風穴を開けてやった。二十年前の結束力はもう無くなっとる」


 それでわざわざユリをエッセンドルフに、


「それはある。救国のヒロイン、ユリア侯爵殿下がお出ましになるだけで、日本フェスの人気の桁が二つぐらい変わるからな」


 いつもながら迷惑な話だ。それでも日本フェスは大成功だったらしいから、これでも正式の大使としては満足しないといけないんだろうな。話は友好親善だからそれは良かったと思うけど、


「エッセンドルフで日本ブームが巻き起こっとる」


 エッセンドルフ人にとっては東洋の神秘の国どころか、どこにある国状態だったからそうなるか。ブームになれば情報発信が増える。こう書けば御大層だけどSNSとかの書き込みが増えるよね。


 ユリが見たドラマも超が付く人気になって話題沸騰みたいな状態らしい。そうなっても不思議無い名作だった。でもさぁ、でもさぁ、いくら超人気になっても五万人の小国だよ。だから何が起こる訳でもないじゃない。


「エッセンドルフはベルヌ条約に加盟しとらんからな」


 ベルヌ条約って著作権の国際協定みたいなものらしいけど、それに加盟していないって違法コピーやり放題を出来るとか、


「違法やないで。エッセンドルフ国内では合法や。あの国でもネットの影響力は大きいんや」


 ネットだって著作権保護はあるけど、ネットには統一管理団体がない。これはネットが出来た時からそう。ネットは今や世界中をカバーしてるけど、他の物でたとえたら、単なる道程度なんだよ。


 それも道路でクルマを走らせようと思えば運転免許が必要だけど、ネットは誰でもいつでも参加できる。著作権無視の動画のアップなんて日常茶飯事だものね。それを取り締まろうと思えば今度は人力作戦になる。


 人力と言ってもAIもあるけど、ブームとかになって爆発的に配信者が増えたら取り締まり能力を簡単に凌駕してしまうそう。時間さえかければ抑え込めるそうだけど、一時的には野放し状態が出現するぐらいで良い。ユリだってそうなってるのを何度か見たことがある。


「そこでやが・・・」


 それって無理があるよ。


「そんなことはあらへん。外交関係に関するウィーン条約第三条や」


 なんだそれ、


「派遣国と接受国との間の友好関係を促進し、かつ、両国の経済上、文化上及び科学上の関係を発展させることだよ」


 当たり前そうなことだけど、


「だからエッセンドルフ日本大使が噛んだら、誰も手出しが出来んようになる」


 待ってよ、待ってよ。ユリがエッセンドルフ政府とかに交渉して許可を取れってことなの。


「大使の仕事やんか」


 そりゃ、そうかもしれないけど。厄介そうじゃない。


「どこがよ。こんなもの許可じゃないよ。通告で終わっちゃうよ」

「そうやで、ユリのエッセンドルフの地位をどう思てるんや」


 みたいなのは今回のエッセンドルフ訪問で痛感した。前回の時も馬車でパレードやらされたけど沿道はパラパラだったものね。ところが今回の駅からバルザースまでのパレードは、どこから人が湧いて出たかと思うほどのものだった。国民の半分ぐらいが集まったんじゃないかと思ったほど。


「いや半分より多いはずや。日本フェスの一週間は臨時の祝日になってたぐらいやねん」


 ひぇぇぇ、でも道理であれだけ日本フェスにもお客さんが来てたんだ。


「ユリはトットと帰ってもたから知らんやろうけど、あの後にエッセンドルフ中の女が争って侯爵風髪型とか、侯爵風ファッションに狂奔してるぐらいやねん」

「そうだよユリが座ったり、景色を眺めたり、単に歩いただけの道だって所縁の地として新たな観光名所になってるよ」


 なによそれ。まるでアニメや映画の聖地巡礼みたいな扱いじゃない。


「だ か ら、ユリはエッセンドルフでは救国のヒロインで、現代のジャンヌ・ダルクで、実在する聖女なんだって」


 なんかまた余計な呼び名が増えてるぞ。コトリさんたちに言わせればエッセンドルフは田舎で娯楽の少ないところになるそう。これはわかるところがある。人口五万人程度なら日本なら地方の小都市だものね。


 首都のバルザースだって七千人程度だから、日本だったら町どころか村程度。それ以外となるとさらに小さくて、さらに人口と産業構成から農村がメインだもの。そんな小国だから、テーマパークは愚か遊園地的なものも映画館すらないとか。


 そういう娯楽産業が成立するだけのお客さんがいないってことになる。だから自国の芸能人とか、歌手とかは出にくいし、出てもエッセンドルフじゃなくてドイツとかで活躍するだろうな。


 そういう娯楽の乏しいところでの日本フェスは、日本なら万博クラスのイベントになり、それこそ国を挙げてのイベントみたいな状況になるのか。


「ユリはフェスのドラマに涙したやんか」


 あんなものいきなり見せられたら、日本人なら誰だってそうなるよ。


「その気持ちはわかるけど、ユリが泣いたらエッセンドルフがどうなるかや」


 えっ、歩いた道まで聖地化されるぐらいなら、


「準備してあったDVDはまさに奪い合いになった」

「国民的ドラマになって、主題歌も含めて知らん人はおらんやろ」


 堪忍してくれの世界だけどそうなるのか。コトリさんたちが動いているのはコウのためだから協力しない訳にはいかないから、とりあえずハインリッヒに相談することを約束した。


「ここもわからんやろな」

「そうよね。ユリじゃ実感しにくいだろうけど」


 エッセンドルフは貴族社会でもある。そりゃトップが公爵の国だ。それも経済的に完全に自立しているだけじゃなく、エッセンドルフの国家財政の半分以上を支えてるぐらい。だから貴族の地位は高いぐらいは言える。


 もっとも貴族が庶民を搾取支配しているわけではない。基本は西洋流の民主主義だし、政府も議会だってある。それでもカネを出す貴族の発言力は高いし、尊敬も集めてるから成り立っているぐらいの関係で良いと思う。


 この貴族社会だけど階級社会でもある。同じ貴族でも階級差で明らかに違いがある。わかりやすいのは爵位。この爵位が一つ違うだけで貴族社会の上下差は歴然と言って良いほどある。


 たとえば宮廷内でトップの公爵に直答できるのはデューゼンブルグ伯爵とマウレン伯爵だけ。宮廷外のプライベートとか非公式の時はそうでもないけど、公式の場ではそうなっている。さらに公爵と伯爵だって、


「公爵と伯爵の差はユリも見たやろ。伯爵は一段下で片膝ついて挨拶するやんか。その他になると、さらに一段下で最敬礼」


 挨拶の時はそうなってる。


「そやけどユリは公爵と同じ高さで目礼程度や。それだけやあらへん、話す時かって同格のタメ口やろ」


 タメ口は酷いと思うけど、ハインリッヒはユリに丁寧語ぐらいで話すし、ユリは謙譲語ぐらい。これが伯爵になるとガチガチの尊敬語。もっともドイツ語は日本語に較べると敬語はかなりルーズだけど、


「あれがエッセンドルフでのユリの地位や」

「それでもユリは冷遇されてるって声がエッセンドルフでは大きいのよ」


 実感ないけど。


「実感が欲しかったら、一か月ぐらいエッセンドルフで暮らしてみたらわかるよ」

「もっとも一か月もおったら、国民がユリを公爵に押し上げてまうやろけどな」


 冗談じゃない。誰が好き好んで公爵なんかになりたいものか。侯爵だって返上したくてしようがないのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る