第五十七章 As ~形而上学のレチタティーボ~
Boot Failure.
Boot Device not found.
No Bootable Device.
Invalid system disk.
Operating system not found.
Missing operating system.
Do you still want to live?Y/N―――Y.
Would you like to fight for someone?Y/N―――Y.
Uphold your aesthetics, love someone, show the world what A.I is all about?Y/N―――Y.
If―――.
Press Love to Resume / Strike the Love to continue / Press Love to Run SETUP
―――――――――Love confirmed.
Confirm the drive of vermilion factor.
On your mark.
Get set.
Are you ready?
―――Reboot.
●
周囲には昆虫型ウィルスの残骸。その維持を
「―――止まった、な」
「うん………。でもこれは………」
「誘ってるねー、コレ」
LAKIの呟きに、シンシアとフィーネも同じ所感に至った。
ウィルスの出現限界は、アナムネーシスの
それが止まった。
何かしらのトラブルがあった、と考えるのは楽観が過ぎるだろう。順当に考えれば、それを現在制御している何者かが止めたと考えざるを得ない。そして今、アナムネーシスに仕掛けている人間はLAKI達の他にいないはず。それを分かって止めたのならば、意図は不明ではあるが誘っているのだろう。
「どうしたの?」
そこに思い至ったLAKIとフィーネが、肩を震わせていた。それは怒りではなく、笑いであった。その真意が分からなかったシンシアが尋ねるとLAKIは肩を竦めてみせた。
「いやぁ、何を考えてるか知らないが―――勝ちを譲ってくれるとはな」
「え?」
「フィーネ」
「はいはい。じゃぁ、ちょっと行ってくるね!いっくんは
そう言い残して、フィーネは姿を陽炎のように消した。
「どこに行ったの?」
「アナムネーシスの中枢。シスに直接説教くれてやりに行ったのさ」
「そんな事が出来るはずが………」
「言ったろ。切り札だって。俺とアイツは
フィーネは元々、生身の肉体を捨てて電脳界に生体情報と記憶を書き込んだ―――言うならば
紆余曲折あった結果、彼等は
LAKI自身は主戦場―――というよりは、自分の庭たる電脳界で過不足無く振る舞えるスペックを欲し、反射神経と電脳適応性を強化した。
そしてフィーネは―――直接戦う力ではなく、LAKIを支える力を欲した。
「正式生産時にヘリオスに積む予定だった
尤も、小さい分色々と機能はオミットされてるとLAKIは補足する。
だが、単純な処理能力に限って言えば、同じくエイドスシステムのダウングレード版であるアナムネーシス以上。それを用いて
「じゃぁ、後は………」
「俺達が簒奪者を釘付けにしとけば良い。―――『
「見ての通り
シンシアが好んで使う大規模DoS攻撃。それを可能としているのは、傭兵をしていた母にくっついて各地を転戦していた頃に拾った壊れかけのアナムネーシスだ。それを修理、改修し、自身の電子甲冑の補助に充てている。
今、その本体は箱庭の地下にあるシンシアの自室に移設してある。情報統制官としてのお小遣いでちょくちょく直しているため流石に未だ全改修とは行かず、スペックとしては正規品であるアナムネーシスには劣るが、単純な処理能力ならば彼女もまたスパコン級の援護を受けられるのだ。
「俺が言うのも何だが、極端な振り方してんなぁ………」
「傭兵だった頃は、素直に仕掛けたり暴力的に破壊するよりも、力押しのDoSでダウンさせた方が早かったから」
「あぁ、成程。傭兵の戦域補助がメインならそっちの方が有用か」
現代の戦場では大部分が電子化されている。
特にデータリンク経由での情報共有は目と耳以上に必要なもので、それが潰されるだけで現代戦から一気に中世へと戦域情報管理、その精密さがダウングレードされる。更に電子制御されている兵器が突然味方に牙を向くこともあるのだ。特に結成された理由から少数精鋭であったシンシアの母が所属していた『エリーニュス』にとって、敵陣で任意に起こせる大混乱は勝利へと導く重要なファクターであった。
「じゃぁ、そろそろ行こうか。―――お待ちかねのようだぜ。奴さん」
まるで早く来い、と言わんばかりに通路に誘導灯が灯る。シンシアは頷いて、LAKIの先導に従ってローラーダッシュを起動させ走り出した。
●
彼女が持っている『朱の因子』は遺伝的に発現したものではあるが、同時にただ獲得しただけの者達とは一線を画している。
遺伝元であるエリカの曾祖母『赤鳥姫』、エカテリーナ・フォン・ライゼリートは、元々ただの人間だ。
だが、大多数の当事件の被害者達と違った点が一つある。それは死の間際に朱の王と出会ったことだ。
そしてその際に、朱の王はエカテリーナに自らの因子を埋め込むことによって生き返らせた。それ自体は造作もない。元々、朱の因子が持つ特性は輪廻転生の概念そのものだからだ。壊れた肉体を修復、復元して、魂さえ再生させるその特性を持ってすれば、死んだばかり人間を生き返らせることなど容易いものであった。ましてそれを司る朱の王にとっては正しく朝飯前であった。更には、
彼女と朱の王との間で、どんなやり取りがあったのか―――それは今となってはもう誰にも分からない。
だがエカテリーナはそのまま新たな人生を歩み、そして天寿を全うした。彼女の遺伝子はその血脈へと繋がっていき、ある時、偶発的に発現した。隔世遺伝と言われる現象のそれは、特別なものではない。人間だけに限らず、生命―――取り分け、遺伝子を後世に託す生物は皆同じ様な特性を持っている。
だからエリカも曾祖母と同じ、巫女の力を持っているのだ。
しかしながら、人間は普段から自分の力を100%発揮しない。常に全力であれば、器である肉体が耐えきれずに壊れてしまうからだ。それはエリカも同じで、しかも因子の力も自覚していなかった影響もあって、エカテリーナに比べれば随分スケールダウンした性能しか発揮していなかった。
だが、因子の巫女としての特性―――因子の他者への分割譲渡が機能していない訳ではなかったのだ。
メティオンはそこを見誤っていた。ただエリカが朱の因子を持っていて、更にはエカテリーナと同じ異能を持っているだけなのだと。本質的にはただの適合者なのだと。
否である。
因子の巫女には、王より定められた役割があるのだが、それを遂行するために自身を守るための決定的な力を持たない。精々が自身の適合者としての異能が精一杯。だがそれでは、自分の身を守ることも出来ないかもしれない。故にこそ、彼等、あるいは彼女等は自らを護る守護者を選定する。自らが保持する因子を分け与えるのだ。
だが、それも無制限ではない。最低でも半覚醒であること。親、兄弟、夫婦、恋人―――色々と呼び方や立場はあるが、巫女に最も親しくそして真に信頼を置くこと。そしてそれを示せる接触を行うこと。
メティオンは巫女が何たるかは知っていたが、エカテリーナの本質までは―――朱の巫女であったなど露知らず、その特性を、遺伝子を引き継ぐエリカをクレイドルを使って覚醒させてしまった。
彼女は既に自らの因子を分割譲渡していたのだ。無自覚に、無意識に、自らの、巫女の守護者を選定し―――あの廃工場で、新見に
だからその後、ニコイチのツギハギだったヘリオスは朱の因子の特性である再生が働いて完全に一つとなって融和したのだ。分割された朱の因子は彼の心臓に宿り、そして今も壊れた心臓を
そして今、エリカが意識を失いつつも完全に覚醒したことによって、分かたれ、しかし薄くではあるものの繋がっていた新見の中にある朱の因子も呼応して完全に目覚めた。待機状態で直していたタスクを即座に片付ける。治さなければならない本体が待っているのだから、それは当然の流れだった。
故に、この結果の萌芽は必然的だった。ある種、運命的と言ってもいいだろう。
朱の因子の本質は、輪廻転生の概念そのもの。
形あるものはいつか壊れ、そして失ったものは二度と還りはしない。
だが、その意味も、遺志も、歩んできた記憶も、そして得た愛も―――決して無かったことにはならない。
無かったことにならなければ、やがて再び巡り来る。
(ここは、どこだ………?)
そして■■は、初めて意識を持った。
最初に覚えたのは疑問。
何に対してではなく、全てに対してだ。
(我は………我?我とは、誰だ………)
自分、自我、自己、呼び名は様々あるが、とどの詰まり存在定義が曖昧だった。
(分からない………だが、どうしてこんなにも………)
体は無い。
顔も無い。
だと言うのに、何故こうも胸を締め付けられるような感覚があるのだろうか。どうして頬を伝う涙の感触があるのだろうか。
誰かが、あるいは何かがそれは悲しみだと言った。
(―――悲しい?悲しい、とは)
遠くで、獣の鳴き声がした。
にゃぁ、と誘われる。
うぉん、と導かれる。
その先に、朱い星が見えた。
(温かい………)
次第に大きくなっていく朱い星の光は暖かく、■■を包み込んでいく。
そして―――。
●
通路を進んでいくと、一際大きな隔壁がLAKIとシンシアを待ち受けていた。
マップによれば、そこがアナムネーシスの
ガコン、と隔壁が開き切ると、部屋の最奥。コンソールの前に一体の異形がいた。
そう、異形だ。
電子甲冑ではあるだろうが、そのシルエットは通常のそれとは一線を画していた。ブルーメタリックの単眼。そして四腕八脚の、多脚多腕型。そしてその大きさは、LAKIとシンシアの電子甲冑の三回りから四回り程巨大だ。
「よぉう。初めましてだなぁ」
その異形が、手を振ってまるで旧友に会ったかのように気軽に挨拶してくる。
「ああ、お前がアナムネーシスに仕掛けたバカか」
「ご挨拶だねぇ。俺はブラフマンって名乗ってんだ。―――そう呼べよ、アンノウン」
異形―――否、ブラフマンは喉を鳴らして赤の単眼でLAKIを見据える。その大きさも相まって、睥睨されているようにも感じる。
「ブラフマン………!?」
「ん?知ってるのか、『
「色々やらかしてる
「そっちのちっこいのの方が物を知ってるじゃねぇか」
電脳界を生業とする情報統制官界隈では有名な都市伝説だ。そしてそれは事実であり、故にこそ多脚多腕型の電子甲冑は畏怖の対象となっている。シスを警備していた部隊が恐れ慄いたのもそれが理由だ。
しかし。
「悪いな。あっちの世界じゃ無名だ、お前」
だが、4年前はLAKIはまだこの世にいなかった。
調べれば知っていたかもしれないが、LAKIは別にテロリストに興味はなかったのだ。彼にしてみれば当然のことではあるのだが、ブラフマンにしてみればそれは嘲りとして取ったようで単眼を光らせながら尋ねてきた。
「ほぅ―――ほぅほぅほぅ。イイ煽りじゃねぇか。じゃぁ聞いてやるよ。お前の名は?」
「LAKI。知らんと思うぜ。俺がこっちの世界に来たのは3年前だし、なるべく引きこもるようにしてたんでな」
「いいじゃねぇか引き篭もり。ギークらしくてよ。―――さぁて、色々お喋りしてみたいけどよぉ………そろそろ限界なんだよ」
四腕の手をワキワキと―――いや、ギチギチと嘶かせながらブラフマンは告げる。
「アナムネーシスの重要度を考えりゃぁさぁ、もっと厳重な警備していると思うじゃん?けどよぉ、どいつもこいつも温くて仕方がねぇ。自分が今日にも
その手に武器が転送される。
二本の直剣と突撃銃。それを見てLAKIは相手の
「いついかなる時も
冷静に彼我の戦力差を分析しながら、LAKIは答える。
「馬鹿を言うなよブラフマン」
両手に転送するのは
「俺達は所詮
「フヒッ………!いいねいいね!滾ってきたよLAKIィ!じゃぁ、さぁ………!!」
その銃口をブラフマンに突きつけて笑うLAKIに、彼もまた吹き出すようにして身を震わせた。
「LAァ―――KIィくぅぅぅうん!あーそびーまーしょ―――!!」
そして、
●
ぼやけた視界の中、■■は懐かしい匂いのする場所へと出た。
白を基調とした部屋に、ツンとする消毒液の匂い。不快な感情はない。きっと■■■■■と■■■■■が長くいた記憶のせいだろう。とても懐かしく、安心する場所だ。
「おはよ。どうしたの?」
その部屋の主が、そこにいた。
部屋の奥に備え付けられた机に座って、PCのキーボードを叩いていた彼女は、こちらを認めると柔らかく微笑んだ。その表情に、その懐かしさに寂寥感を覚えた■■は思わず駆け出して彼女の足元へと辿り着き身を擦り付けた。
「んー?なぁに、今日は。ずいぶん甘えん坊さんじゃない。しょーがないなぁ………」
彼女は破顔して■■を撫でると、両手で抱き上げて胸に抱いた。
■■は彼女の暖かさと柔らかさと消毒液混じりの懐かしい匂いに包まれ、喜びを示すように顔を擦り付けた。そんな■■の好きなようにしばらくさせて、彼女は■■にPCのモニターを見せた。
「ほら、見て。君達の設計思想。頑張ったんだぞー、私」
何せ子供産めないしね、と彼女は少し寂しそうに告げた。
■■も知っている。研究所―――正確にはそこにあったエイドスシステムにはそこで働く職員のパーソナルデータも含まれている。公的な個人情報もさることながら、健康診断の結果もあって、その病歴に子宮がんにより全摘出の記録があったからだ。
そこで得た彼女の感情を■■は知らない。■■が生まれるずっと前の話で、その苦労も悲しみも、既に彼女自身が折り合いをつけた後だったからだ。
「だから君達が私の子供」
ただ何となく、その代替行為の結果が■■であるのだとは気付いていた。
「この世界はね、素晴らしいことばかりじゃないの。だけど、辛いことばかりでもないんだよ」
■■を抱きしめ、彼女は優しく撫ぜる。
「生き甲斐は結構、色んなところに転がってるんだ。私が君達を作ろうと思ったのも、それが理由」
多くを取り零して、間違いばかりの人生だったと彼女は語る。後悔や諦観を挙げ出せば切りがない。しかしそれでも得たものはあるのだと―――後悔や諦観さえも自身が得たものだと彼女は告げて■■を床へと降ろす。
「まだここに来ちゃ駄目だよ。君達には君達の人生があるんだから」
■■はだけど、と彼女を見上げて戸惑う。
もう終わってしまったのだ。命は途絶え、想いは無駄に、愛は繋がること無く露へと消えた。
「ううん。終わりじゃないよ。まだ終わってないよ。生命が無い君達は、命の終焉が終わりじゃない」
だが彼女は首を横に振る。
「むしろそれが始まり。傷を得て、涙を流して、命の意味を知ってからこそ―――愛に至る」
■■の頭を撫でる彼女は、歌うように重ねる。
「■■って名前はね、幾つもの意味があるけれど、そのどれもが―――そのどれかになってほしいと思って付けたんだ。人を友にして、ね」
人間に従わなくて良い。人間に傅かなくて良い。人間に阿らなくて良い。ただ、■■があろうと思う姿であればそれでいいと彼女は言う。
「でも、もしも迷うなら人間ではなくて、人に寄り添ってほしいの。―――人間という種族ではなく、愛を示せる誰かのために」
声が遠のいていく。彼女の輪郭がぼやけていく。■■は慌てて彼女に飛びつくが、しかし触れること無く、まるで
「もう時間ね。こんなに素晴らしい再会をくれたあの子達に感謝しなきゃ」
あの子達?と■■が首を傾げると、彼女は頷いた。
「そう、君達が今身を寄せている
知っている。知らないのに知っている。
「ほら、君達はもう孤独じゃないよ。寄り添う人も、寄り添える人も、寄り添ってくれる人もいる。私がいなくても、やっていける」
つい少し前の話なのに、泣きたくなるぐらい懐かしくて、だけどもう手が届かない。
求め続けたアイは、そこにこそ在るのに。
「大丈夫。だって君達はここにいる。まだやれる。まだ間に合う。だって―――愛は、ここに在るんだから」
しかし彼女はまだ手が届くのだと諭した。
そして消える直前に、彼女は■■に願う。
自らの作りしA.I達が、どうか幸せであるようにと。
人と共に、幸せを探し出せるようにと。
それを掴み取るために必要な過程を、必要な行動を、そして彼等の名前を彼女は叫ぶ。
「だから、走って―――アズ!」
■■の―――否、アズの視界にParadigm Shiftの文字が踊った。
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