本編 転
第四十章 あなたの太陽になりたくて
「今日は新見は休みだ」
特班の班室にて、朝礼の開口一番で山口がそう口にした。
それに対して反応は2つ。エリカとリリィはやはりと言う顔をし、三上と飛崎は首を傾げた。
「遅刻かとでも思ったが………。班長に何ぞあったのか、教官」
「あー………」
飛崎が尋ねると、山口はエリカとリリィの方へ視線を彷徨わせた。その段階で凡その検討は着いたが、飛崎も三上もエリカへと視線を向けた。
「昨日、私が襲撃を受けたの」
「ほぅ………」
「大丈夫だった、んだよな?」
その報告に飛崎は目を細め、三上は戸惑いながらも尋ねる。
「ええ、でも少々班長が無理したようでして」
「異能でも使ったか」
「え?班長異能は使えないはずじゃ………」
飛崎の予想に三上が疑問を口にする。
新見貴史という
実の所、去年の当人の希望は航空士官学校であった。
「後遺症の関係で使えないとは言っていたが、適合者としての数値は未だクラスExのままだ。なら無理をすれば使え無くもないんだろうよ。ただ、その反動がどうだかは知らんがな」
使えないのと無理をすれば使えるのとでは天と地の開きがあるものの、その代償如何によっては結果的に使えないのと一緒だ。たった一度何らかの異能を発動したはいいが、それ以降は戦線離脱では余りにもお粗末が過ぎる。
それが戦況を覆すほど強力ならばともかく、新見が不貞腐れたように半端者と言うぐらいなのだから、特に際立ったものでもないのだろう。
であればいっそ封じて、汎用の武器などによる支援に回った方が余程有用だ。
「そう、ね。タカシは異能を使って、その反動で倒れたわ」
あの後、新見はしばらくして目を覚ましたものの体調の悪さを訴え、エリカ達は救急車を呼んで近くの病院へ運ぼうとした。しかし彼はそれを拒否してPITでマフィア然とした強面の男を呼び出した。強面の男はぶつくさ文句を言っていたが、新見が『ごめん兄貴。他に頼る相手もいなくて………』と陳謝すると深くため息を付いて、乗ってきたセダン車に押し込んで、どこぞへと去っていった。
強面の男が誰なのかエリカもリリィも聞こうとしたが、男は『身元引受人だ』と一言告げただけで他には答えようとしなかった。
その後もPITで連絡を取ろうと試みたが、未だ返信は無い。
「えっと………」
「こうなることは予想できておったはずだぞ。今更殊勝な面すんな。堂々としていろ」
少し思い詰めた表情になるエリカに三上は掛ける言葉を失い、飛崎は突き放すように叱咤した。
「こんの山猿………!」
「いいの。リリィ。事実だし、レンなりの気遣いよ」
「ですが!」
「タカシにも悪いことをしたわ。後でお見舞いに行かないとね」
その辛辣な言葉にリリィがにわかにいきり立つが、エリカは首を横に振って静止した。
実際、予見していたのだ。テロリストに身柄を狙われているのだから、自身の生活圏にいる無関係な人間を巻き込む可能性など、想像しないはずがない。
確かに色々事情もあったし、手を出しにくい状況や環境を作っていた。だが、それとて完璧ではないのだ。相手がなりふり構わず攻勢に出れば、そうしたことも当然起きる。
理解はしていた。だが、実感は無かった。いや、目を背けていたのかもしれない。
少なくとも、エリカは一度攫われている。その時はすぐに気絶させられたので見ることはなかったが、一国の姫の身柄を奪取するのに無血はないだろう。その時の被害はエリカは知らない。まだ幼かったのもあるが―――。
(いえ、知ろうとしなかったのかもしれないわ………)
それが王族として生まれ育った傲慢さか、はてまた心を壊さぬための本能的な自己防衛かは分からない。
いずれにしても、今回の件で初めてエリカは自身が襲われるという事案―――より正確に言うならばその波及先について深く考えなければならなくなった。
「それで、襲撃者はやっぱりJUDASだったのか?」
「いいえ。この国のマフィアみたい。だけど………」
「ヤクザ風情がお前さんに手を出すとは思えんな。力不足も良いところだ」
三上の疑問をエリカは否定したが、飛崎の懸念通り背後にJUDASがいるのは間違いないだろう。実際、それを示す証拠や証言が捕らえられた襲撃者から出てきている。
「薬を条件にエリカ様を狙うよう指示した者がいるそうですわ」
「薬?」
「ええ、最近流行っているブルーブラッドとかいう」
「ふ、む………」
ここ最近、巷を騒がせている薬物の名前に飛崎が顎に手を添えて考え込む。
「知ってるのか?飛崎」
「いんや教官、とんと見当もつかんな」
それを見て山口は尋ねてみるが、彼は肩を竦めてはぐらかした。
「ともあれ、今日は新見は休み。場合によっては明日以降もだ。飛崎、代わりにお前が仕切れ」
「了解した」
「さて、今日の連絡事項だが―――」
問い詰めることも出来るだろうが、素直に口を割るとも思えないし、特に興味もない山口は朝礼を進めることにした。
●
夕方になってやっとこさ起き出した新見は、ベッドから足を下ろし一息つく。
「大丈夫なのか?貴史」
「ううん、どうかな………あぐっ!」
看護と称して昨日からずっとそばにいるアズライトに答えながら立ち上がってみるが、その瞬間に心臓に鋭い痛みを覚えてすぐにベッドに腰を下ろしてしまった。
あの後。無理をして異能を使った後で目覚めてみれば、エリカを襲った不届き者達は全て拘束されていた。それに安堵していたら、直後に心臓に先程のよりも酷い痛みを覚えた。それが無茶を通した代償なのは理解していたが、我慢出来ない程の痛みだったのは予想外だった。以前であれば座り込むレベルで収まっていたものが、のたうち回る程の激痛になったのだ。
心配するエリカ達をよそに、新見はすぐに灰村を呼び出して病み属性の闇医者の元へと送ってもらった。何しろ新見の持つヘリオスは特殊な装置だ。結果的に人工心臓の役割を担っているだけで、本質は違うものなのだ。それを理解しているあの闇医者ならばともかく、初見ならば戸惑うだろうしこれは一体何なんだと根掘り葉掘り聞かれる羽目になり、その先は非常に面倒臭い未来だろう。
と言っても、あの闇医者でも多くのことが出来る訳では無い。精々が痛み止めの処方ぐらいで、後は状態が落ち着くまでは麻酔で眠らせる程度だった。
それが落ち着いたのが今日の昼過ぎ。後はまたぞろ灰村に頼んで寮に送って貰い、一息ついたら今の時間になっていた。
「はぁ、はぁ、ふぅ………しんど………」
「薬は効いていないのか?」
「いや、一時よりは大分マシになったよ。目覚めた直後は本気で死ぬかと思ったから」
不整脈や心筋梗塞など胸の痛みを表現しようとすると、幾つかの症例が浮かぶ。だが、その病気を経験したことがない新見にはどれ程のものか分からず、結局心臓が痛いという端的な表現に落ち着く。無理矢理表現するならば、例えば心臓というシリンダーブロックを、コンロッドが中から突き破ろうとしている感覚だろうか。
「でも参ったな。このままじゃ明日も教練校に行けそうにないや」
ベッドに倒れ込み、大の字になっていると猫が冷蔵庫の扉に飛びつき、器用に開けてから中の500mlペットボトルに入った水を咥えて持ってきた。
「ん」
「ああ、ありがとう―――っと」
コイツ大道芸でも食ってけるんじゃないかな、と新見が思って水分補給をしていると部屋のインターホンが鳴った。すぐさま猫が反応し、洗濯かごやキャビネットなどを伝って壁に備え付けられた親機へと辿り着く。
肉球で通話ボタンをぽむ、と押すと。
「エリカ?」
映像越しに、エリカがいた。その後ろには他の特班の面々もだ。
『あ、アズライト?タカシのお見舞いに来たわ』
「え、あ、ちょっとまっ―――ぐっ!」
『タカシ!?』
汚部屋でこそないがそんなに片付いてないぞ、と新見が慌てて動き出そうとするが再度胸に走った痛みによって阻害される。
「吾輩が開けてこよう」
それを見かねた猫が玄関へと赴き、レターボックスを足場に鍵に飛び付いて解錠する。すると特班の面々が挨拶もそこそこにぞろぞろと入ってきた。
「おい、無事か班長」
「う、うん。大丈夫だけど大丈夫じゃない」
「思ったより重傷っすか」
「いや、そうでも………あたたた………」
「大丈夫なんですの?」
「いやゴメンね。折角お見舞いに来てくれたのにお構い出来なくて」
ベッドの縁で腰を落としたまま出迎える家主に、それぞれ声を掛けるが見るからに覇気が無いのが分かる。
「やっぱり、あの時に………」
「うん。結構無茶した」
「タカシ………」
エリカの言葉を継いで、新見ははっきりと言った。ここで嘘を言っても仕方ないと思ったのだ。実際に無茶をしたし、その結果がこの有様だ。強がることも出来るだろうが、返って気を遣わせてしまうだろう。
「あ、でも後悔はしてないから気にしないで。むしろ色々踏ん切り着いたぐらいで」
「でも………」
深刻な表情になるエリカに、新見はパタパタと手を振って軽口を叩くがその表情は晴れなかった。一瞬、妙な沈黙が部屋を支配し、気まずい空間ができあがるが―――。
「ああ、喉乾いたな。―――おい班長。客に出す茶すら無いのかよ」
それを飛崎が破った。
「え?インスタントなら―――」
「どうせコーヒーだけだろ?儂は煎茶が飲みてぇんだよ」
彼はそう言って台所へと向かい、戸棚を勝手に漁って呆れたようにため息をつく。
「何だよ、茶請けもねぇのか。コレだから男の一人暮らしってのはいけねぇ。来客とか考えねぇもんな。おい正治、リリィ、買い出し行くぞ。どうせ飯の用意もロクに出来てないだろうし、ついでに買ってきてやろう」
「え?あ、ああ………」
「ちょっと山猿。何故私が………」
唐突にそんな提案をし、三上は頷きリリィは疑義を呈したが、飛崎は猫の方に視線を向けた。
「なぁ、アズライト。お前さんも行くよな?」
その尋ねに猫は色々と察したのか、一つ頷くとリリィへとトコトコ近寄ってバンザイをした。
「―――そうだな。リリィ嬢。共に行くか?」
「はい喜んで!」
彼女は嬉しそうにアズライトを抱き上げると、先導を切って玄関へと向かって行く。それを呆れたような表情をして飛崎と三上は追いかけて行った。ばたん、と玄関が閉まって部屋には新見とエリカだけになる。
急に二人っきりになったものだから、しばらく『えっと』とか『その』とかぎこちない遣り取りをした後、エリカが軽く咳払いをして口火を切った。
「それで、身体の具合はどうなの?」
「肉体的には問題ないんだけどね。元々、僕は心臓に欠陥を抱えていたから。ちょっとそっちのほうが問題みたい」
「異能と心臓がどう関係するの?」
首を傾げるエリカに、新見が言い淀む。だが、彼女は一つ頷いて。
「他言無用ね。分かったわ」
色々と先回りをされて、新見は観念して自身の来歴を語りだした。
物心つくかつかないかの頃、JUDASによって
自らの過去を全て詳らかにすると、さしものエリカも言葉を失っていた。
「そんな………」
「実は今でもエラーを吐いててね。時々不整脈みたいに鼓動がずれて、痛みが走るんだ」
セルフチェックを掛けるとすぐさま右の義眼にエラーの文字が走るし、それでなくとも動悸が不規則にズレてはエラーを吐く。ハードの異常は露骨に身体に影響を及ぼし、結果として痛みという反応を示す。
以前は異能の行使や鋼の心臓本来の機能を使用する際に起こっていたその痛みが、日常にまで侵食してきている。
「だけど、きっとコレで良かったんだ。僕の心臓は、もうずっと壊れたままで、地に足をつけて生きて行くしか無いんだ。イカロスは墜落して死んだけれど、僕はまだ生きている。きっと、それだけで御の字なんだよ」
「タカシ………」
ギリシャ神話に登場するイカロスは、蜜蝋で固めた翼で空を自由自在に飛んだという。だが、太陽に近づいてはいけないという父の忠告を忘れて太陽を目指し、その熱で翼を溶かし墜落して死んだ。
新見に宿る
「僕はもう空には戻れない。目指すべき太陽も失ったんだから、それでいいんだ」
ぼんやりと天井を見上げて、彼はそう諦めたように呟いた。
●
そんな新見をじっと見て、エリカは思う。
(あぁ、そうなのね。タカシは、ずっと………)
新見はずっと、自分の居場所が無かったのだ。
濁流のような流れに身を任せるしかなく、それでもと見つけた小さな居場所すら奪われてきた。
きっと教練校に通っている今ですらそうなのだろう。彼が求めたものは何処か別にあって、それはもう手が届かないと諦めていた。
それは、何処か子供頃の自分に似ているとエリカは思った。
エリカは望めば何でも手に入った立場だ。人材も物もそうだったし、家族仲も良かったから愛情だってそうだろう。
だが、彼女が自ら望んで作った交友関係で、真に欲した関係性はついぞ手に入らなかった。
当然と言えば当然だ。彼女は国を統べる家の長女。言うならば姫であり、それは取りも直さず支配者階級であるということ。友人や恋人のような気安い関係を被支配者階級相手に作れるはずもなく、彼女は家を一歩外に出れば常に孤独だった。
それを寂しいと思ったこともある。だが、恵まれた立場であるのだ。これ以上を望むのは、あまりも強欲だと子供心に理解していた。
彼女は元から聡明で、教育に着いた人材も実に優秀だった。本人の資質と、英才教育が悪い方に作用してしまい、彼女は我儘を言うことは無かった。
そう。その感情を、その諦めを、誰にも言うことはなかった。故に自分を取り囲む全てが虚ろに感じ、笑うことを忘れていた。
―――あの女が、現れるまでは。
『良いですか姫様。世の中なんて、言ったもんやったもん勝ちなんですよ。黙ってても察してもらえるだとか、本当のところはだとか、そういうのは伝える側の怠慢です。甘えです。言葉なんて便利なツールがあるのだから、ちゃんと使いませんと』
『それはおやつのつまみ食いの理由にならないと思うわ、ベル』
『良いですか姫様。―――恋と甘いものに対する我儘は、女の子の特権です』
とてもイイ笑顔でそう言っては気の赴くままに振る舞っていた。
(そうか………私は、タカシを)
新見貴史。留学先の先輩。色々面倒を見てくれて、映画などサブカルチャーについても教えてくれた。割と強引に連れ回しても、苦笑一つでついてきてくれた。エリカの危機にも、見捨てようと思えば出来たはずなのに、逃げることはしなかった。その選択肢を選ばなかったのではなく、その選択肢すら出てこなかった。
空を眺める彼の瞳が綺麗だった。
空を舞う戦闘機を見つめる憧れの目が可愛かった。
自身にどんな不具合が起きるか分からないのに、異能を使うと決めた眼差しがとても凛々しく心強かった。
今、全てに諦観している乾いた瞳を、どうにか癒やしたかった。
この感情をどうラベリングすればいいのか、エリカには思いつかない。安易に恋だ愛だを語るには、彼女自身の経験値が不足しすぎているからだ。だが、そんな戸惑いと裏腹に今まで蓄積した数々の新見貴史との情景が、まるで自動で組み上がるパズルのように形を成していく。
この生まれかけている執着は、この熱量は、とても無視できないし看過してはいけないものだと本能が訴えかける。
ならば、だ。
「そんなことないわ」
彼女は意を決して口火を切った。
「タカシは諦めるの?あのおじいちゃん達は貴方のことを空の男だって言っていたわ。空の男は、そんなに諦めが良いの?」
「違うよ。だけど、もう………」
「仕方がないだとかしょうがないだとか、そんなのは言い訳よ。タカシはそんなに弱い人じゃないわ」
「君に………!」
新見は一度言葉を飲み込みかけ、しかしそれでも叫んだ。
「君に何が分かるんだよ!僕は名前も、友達も、初恋も、空さえ失った!やりたいこともやれることも何もかも奪われて、残ったのはこんなポンコツな身体1つだ!これ以上僕にどうしろっていうんだよ!!」
それが彼の本音だ。
ずっと抑圧されていた、誰にも語れない新見貴史の心の闇。
「―――だったら………!」
故にこそ。
「だったら、私がタカシの太陽になるわ!」
かつてそうであった人生の恩師に倣って、エリカ・フォン・R・ウィルフィードはその闇を払うと決めた。
●
「良かったのか?」
「何がですの?」
野郎二人に買い物を任せ、スーパー伊藤の入口近くでアズライトはリリィにモフられたまま尋ねた。流石に食料品がある商業店舗に入るのは遠慮したらしい。
「貴史とエリカを二人にして」
「二人きりではないですわよ」
そうなのか?とアズライトが首を傾げるとリリィは頷くと自分の髪を掻き上げて、耳に引っ掛けられたIHSを見せる。
「襲撃があった直後ですもの。監視の目はありますし、エリカ様には内緒にしていますが、発信機と盗聴器をは仕込んでいますわ。勿論、常時の監視はプライベートやセンシティブなものを含みますので管理権限は私にありますが」
「では今も?」
「ええ」
当然、現在進行系で主と超危険人物のやり取りを監督している。
(まさか班長がJUDASの被害者だったとは………)
しかし驚きだったのは、新見の来歴だった。
リリィ―――正確には、ウィルフィードが公安経由で受け取った情報では孤児扱いで、身元引受人が半グレだということぐらいしか特筆すべき部分はなかったのだ。
「そう言えば、エリカが来日した理由は何なのだ?JUDASに狙われているのなら、祖国の方が守りやすいのでは?」
「以前はその方が良かったんですが、どうもウィルフィード国内―――それも政府中枢に入り込まれているようなんですの。現在、マティアス様を筆頭にエリカ様のお兄様方が大掃除の真っ最中ですわ。片付け終わるのに半年。確認作業に同じく半年は掛かると見て、JUDASの活動範囲が狭く、多人種で構成される彼等の動きにくい単一人種国家に留学することで表向きへの言い訳も同時に行ったわけです」
エリカはJUDASに狙われている。その理由は親であるマティアスは察しているようだが、単なる従者であるリリィには情報は降りてこない。だが、現在行われている粛清に関する情報は彼女も得ている。
凡その掃除は終えているようで、後は細かい勢力を虱潰しにするようだ。折角留学もしていることだし、後数年は日本にいることだろう。
「日本にとっては大迷惑だな」
「何処の国も他国に大なり小なり迷惑を掛けていますわ。国交の全く無い国でも、通貨や交易、外交で別の国を経由して影響を及ぼすことなど良くあることです。そんなものをいちいち気にしていたら、外交どころか密貿易すら出来ませんわ」
しれっと政治家のようなドライな発言をするリリィに、黒猫は目をまんまるにして。
「―――意外と君は物事を広く見ているな」
「アズライト?貴方、私を何だと思って?」
笑顔の問いにアズライトはそっぽを向いた。
●
「なぁ、レン」
「んー?」
同じ頃、カートを転がして店内を回る三上は、次々に商品を手にとってはカートに突っ込んでいく飛崎に声を掛けた。
「班長とエリカって、そういう関係か?」
「おおぅ、お前さん意外と鋭いな―――って、そうか、彼女持ちだからそれなりに見る目があるのか」
「え?マジ?エリカが班長を名前で呼んでだからそうかなーって思ったんだが」
「いや、まだだろうよ。何があったかは知らんが、エリカの方が執着心を持ちつつあるな、アレ」
「大丈夫なのか?政治的にとか色々」
「さぁ?惚れた腫れたはいつの時代も分からんもんさ。始まりは割と唐突で、動き出したら国境や宗教、地位や政治、人種だって飛び越えるしな。行き着く先がどうであれ、始まってしまったら一息つくまでは止まらんもんだ」
「何だか達観してるなぁ………」
自身の恋愛観を語る飛崎に、三上は関心したように唸る。
「昔、儂にも居たんだよ。くっつくには色々問題はあったが、それでもと欲した女がな」
「えっと、その」
「気にすんな。今の時代で儂が目覚めた時には、もう死んでたんだから―――どうしようもなかったさ」
「あー………」
デリケートな話題にどう触れていいか分からない三上は、気まずそうに言葉を詰め、それを見かねたか飛崎は話題を変えてきた。
「それより、お前さんの方こそどうなんだよ。疑似家族」
「特には問題ないな。流石にあれから一ヶ月半経つし、慣れてきた。そう言えば久遠のやつ、お前に会いたがってたぞ」
「ん?儂に?」
「ああ、何でもまたピアノが聞きたいとかどうとか」
その言葉に飛崎は一瞬だけきょとんとして、くっくっくと肩を震わせて笑っていた。
「どうした?」
「いんや。もう諦めた道を求められるのは、意外と悪い気分ではねぇなって思っただけさ」
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