第二十九章 姫と銀狐
世の中には色々な人間がいる。
まだ幼かった頃、十を数える前のエリカですらそれぐらいのことは理解していた。だが、それがあくまで表面的なもので、色々の中にも優劣や善悪が有り、その多寡が本当に天と地、月とスッポンレベルまで広がっていることまでは理解していなかった。
例えば、だ。
単なるスペックシートで人物評をするならば、エリカ・フォン・R・ウィルフィードという少女は優秀だ。容姿や頭脳は勿論、家柄に至っては一国の元首家であり、早期覚醒者でもあった彼女は適合者としてのクラスも最上位のEx。最早安いペーパーブックに出てくる登場人物のような出来すぎた人物だが、そうした人間は往々にしてリアルに現れる。
まだエリカのような貴種には珍しくもないし、確たる理由でこそ無いが関連付けは出来るのだ。
王侯貴族に限らず、権力や金を持っている人間には優秀な人間を充てがわれやすい。言い方は悪いが、そうした配合、あるいは掛け合わせを何世代にも渡って行えば自然と優秀な人間は生まれやすい。サラブレットだとか呼称される、言うならば血統という才能を煮詰めたウスターソースだ。
教育という手間こそ前提条件であるものの、大抵の場合は何にでも合う。稀に上流階級から零落した血筋、あるいは庶民まで血が薄まった分家筋から突然変異で才能を発揮する人間が、時に天才などと呼ばれたりもする。しかし大凡の人間が家柄の良い人間に目を向けるのは、本能的に優秀な血を持っていると嗅ぎ分けているからなのかもしれない。
ともあれ、そうした才能を持って生まれてきて、それが育つように優秀な環境を用意されて大事に育てられてきたエリカにとっては、その時までまるで才能の無い人間は見たことがなかった。いや、より正確に言うならはその人物にも才能はあったのだが、丸っ切り向いていない方向性の職業を生業にしている事自体が理解できなかった。
エリカの周囲の大人達は才気に溢れていたし、出来ないことは出来ないと悔しさを滲ませることはあってもはっきりと言い、出来る人間に頼っていた。尤も、それは一国の姫相手に見栄を張って粗相を起こせばその後の進退に係わるのだから滅多なことを言えなかったからなのだが。
その女―――サニーベル・シルヴァリーは、メイドとしては全く以て使えない女であった。
何しろ不器用を絵に書いたような人物で、入れるお茶は熱かったり温かったりと温度管理が雑で、食卓を整えさせればカトラリーをひっくり返し、表に出さないでキッチンに押し込めば暗黒物質を量産する。仕方がないので掃除専門にさせれば調度品を破壊し、窓ガラスを割り、床ワックスを塗らせれば艶ムラが酷い。洗濯はおそらく出るであろう被害を想像すると―――調度品の時点で大概だったが衣服は使用人の仕事着も含むのでベストサイズが急に揃えれない―――どうなるかは想像に難くなかった為見送った。
色々とたらい回しにされた挙げ句、エリカの側付きとなったのが最初の出会いだ。
後に知ったが、元々エリカの護衛として父が期間限定でとある傭兵団から雇ったらしい。ただ、ずっと護衛以外何もしていないのも『すわ警戒しています!』と言わんばかりだったので本人の希望もあって使用人の仕事をさせてみたとのことだ。
尤も、下手の横好きという言葉がこれほど似合う女だとは思わなかったらしいが。
そのメイドらしくないメイド、サニーベルは良く笑う女だった。ヘラヘラではなく、コロコロと。仕事に失敗してもそうやって笑っているだけで周囲が和んだ。美人だったのもあるだろうが、それだけでは異性はともかく同性を敵に回す。だが、彼女は常に明るくにこにこと笑っているだけなのに、同性からも何故か人気があった。
まだ彼女が傭兵なのだと知らなかった時、エリカは尋ねた。
「ベルはお仕事できないのにどうして笑ってられるの?」
結構直截と言うか、受け取り方と相手によっては無礼極まりないその質問に、やはり彼女は笑って答えた。
「女の子はにこにこ笑っている方がいいんですよ、姫様」
「私のほっぺを良いようにするのは貴女くらいよ、ベル」
ふにふにと姫の口元を笑みの形にしようとするメイドに、エリカは呆れたように言った記憶がある。
その頃の、いや彼女と出会う前のエリカはあまり笑わない少女だった。
物心付く前から英才教育を受けていたのもある。自分が他の子供とは違う立ち位置の人間で、そのために優秀な教育者を付けられたのだから。だが、彼等は正しく自らの分野の教育者で有り続けた。詰まるところ、彼等が求める成果、そして依頼主が求める結果とは、エリカが彼等の望む教養を身につけることであって、情操教育は教育者の領分ではないのだ。
だから、エリカは持ち前の聡さで人の感情を読み解くことはあったが、その情緒が何なのか、自分にもそれがあるのか余り理解していなかった。それでも体面、という概念は理解していたので社交的に笑うことはあったのだが、心から笑ったことは少なかったし特に異能に目覚めてからはその傾向は顕著になった。
そんなある日、サニーベルは彼女の中にすっと入ってきたのだ。
「配られたカードに嘆いても仕方ないんですよ。そのカードで勝負するか、人生のルール自体を変えるかしないんですから。そのどちらを選ぶにしろ、折角なんですから楽しんでやるべきでしょう?」
彼女は享楽的と言うか、刹那主義と言うか、あまりものを考えない人間だった。だが、本能的に生きているせいなのか彼女の言葉は虚飾の類は一切無く、そして本質を得ていることが多かった。
「いいですか姫様。当たり前のことですが、生きていれば死ぬまで人生は続くんです。それを単なる余暇と見るか、ドラマと見るかでやる気も違ってくるんですよ」
「ベルはどう見ているの?」
「当然ドラマと見てますよ。だから楽しむことしかしません」
「それは、バカンスとどう違うの?」
「人間って余暇の最中は楽しいことしか出来ないんですよ。わざわざ旅行先にまで辛い仕事を持ち込む人はいないでしょう?でも人生は決して平坦なシナリオではありません。山あり谷あり真逆あり。時に涙あり、笑いあり、苦しいことも、スカッとすることもあります。その全部を楽しむには、余暇では温すぎるんです」
「ベルはよくばりね」
「ええ、そうですよ姫様。一度人間として生まれたからには、我儘に生きなくちゃ勿体ないでしょう?人生のライトユーザーなんて
その後、一国の姫になんて言葉を教えてんだとマジ説教を食らっていたが、あの女はそれすら楽しんでいた。
一事が万事、こんな感じだった。一期一会を眼の前で起こる森羅万象に行っているような女で、見えていて飽きない。だから、彼女がエリカの側付きとなってから笑うことが増えた。
それを良い影響と見たか、彼女に対して周囲は道化師のような扱いで、その意図はなくても自然とそのように振る舞っているサニーベルもそれで良しとしていた。
そうして二年経って、父と彼女が交わしていた契約期間が終わった。
元々、その契約だったのだが、サニーベルが辞職すると言い出し初めてエリカは大いに慌てた。恥も外聞もなく行かないでと誰かにしがみついて叫んだのは、生まれて初めてのことだった。父に契約更新を願い出ても、更新しないのが最初の取り決め、と言われればエリカには為す術は無かった。精々サニーベルにしがみついて情に訴えるだけだ。
だが、そんな姫の我儘にメイドはいつものように笑みを浮かべて、しかしその時ばかりは年の離れた姉のように口を開いた。
「いいですかエリカ。生きていれば、誰かと別れることだってあるんです。特に女の子は、その時に思いっきり泣いていいんですよ。そして泣き疲れて立ち直ったら、前よりずっと綺麗になっているものなんです。私との別れは、エリカが綺麗になるための予行練習と―――いつか再会する時を楽しむ為の前振りと思いましょう」
彼女はしがみつくエリカを優しく抱きしめると、太陽のような笑みを浮かべる。
「たった一度の人生なんだから出会って別れて、泣いて笑って、生きてることを楽しむの。全力でね」
そう言って、彼女はまるで小旅行に出ていくような足取りで、小さなキャリーバック一つ転がしながら去って行った。
そして涙の別れをしたその次の日だ。
エリカ・フォン・R・ウィルフィードがJUDASに攫われたのは。
●
夕方のアローレインで働く従業員達にざわめきが走った。勿論、本職である彼女達は表面上には出さなかったが、お互いに目配を交わし、自らの直感が正しいのかを確認しあっていた。
ある一人の来客があったのだ。
一般的に、メイドにしろ従者にしろ、主を己の上に戴く。この喫茶店はそれを模擬的に再現する場所であるため、客にその質は問わない。まぁ、お行儀は除く、と言う注釈は付くが。
だが、家臣というのは主を映す鏡であり、立ち居振る舞い1つでその家の家格というのが見て取れると言われる程に素養を要求される職種である。転じて、その能力に見合った器を主にも要求されるのである。
器にも種類がある。複数の家臣を抱え、その家族ごと養っても尚余る財力から、例え苦境を共にしてもついていきたいと思わせる程の魅力、この主ならば判断を間違えないと思わせる決断力、いざという時に家臣を守れる意志力―――その他にも色々と加味できる素養というのが求められるのだ。
そしてそれ以上に、最も基本的な部分がある。
この信用というのが中々に曲者で、一目で誰かの人間性を見抜くことが出来る目を持つ者などそうそういるものではない。こればかりは経験やそれに基づく勘が物を言う。事前にある程度下調べをしても、その手の人間が自分の暗部を本気で隠そうと思うとそれも可能なのだ。
だが稀に、ひと目見て主に相応しい振る舞いをする人間もいる。俗に、カリスマ性を備えた人間だ。
一言にカリスマ性と言っても、天性のものと教育により後天的に身に着けたものの二種類いるものだが、その両方ともなると稀有も稀有。いるとするならば、王族ぐらいしかあり得ない。
つまり、エリカ・フォン・R・ウィルフィードが来店したのだ。お供も連れずに、たった一人で。
あ、これはヤバイ、と即座にホールを回すメイドさん達の本気スイッチが入る。
今までもそれほど手を抜いていた訳では無いが、メイド喫茶という性質上、余技の部分が大半であった。そもそも、彼女達の主は飛崎であり、もっと言うならばアローレインの本業は傭兵団だ。感覚で言うならば学校の文化祭ぐらいの緩いものだった。尤も、そんな適当にやってても接客に関して言えば名のあるホテルかレストランレベルのものだが。
しかしながら、この手の人間は人を見る目を生まれた時から、それこそ呼吸をするレベルで養っている。ここであからさまに手を抜けば、主の顔に泥を塗ることになる。それは本職としては頂けない。
ならばすることは何か。
まずは案内とおすすめの注文等で時間稼ぎ、その間にメイア店長に報告し采配を賜り、二階で何やら喋るワンコとお話などという羨ましい事をしている主にも御出座願う。
―――と、ここまで僅か数秒。それもエリカを迎えるために歩いている間に行ったメイドさんはすっと同僚に目配せをして状況を開始した。
そんなこんながあって。
「珍しい。お前さんが一人だなんてな」
「あら、レン。そっちこそ一人じゃない」
全力接待をしているメイドさん達の心境を知ってか知らずか、飛崎がひょっこり店の奥から顔を覗かせてきた。
「まぁ、今日は野暮用でな。―――柄にもなく難しい事を考えてたから頭いてぇや」
「相席する?」
「じゃ、遠慮なく」
テーブルの対面の椅子をエリカについていたメイアがすっと引き、飛崎はそこに腰を下ろす。
「んで?お前さんが護衛を引き連れずに何だってここへ?こりゃ全部撒いてるだろ?」
過保護と言えば過保護ではあるが、一国、しかも他国の王族なのだ、エリカは。本人が比較的陽気で親しみやすいから忘れそうにはなるが。その上、JUDASにも何故か身柄を狙われる身の上ともなれば、本来、普段の警備配置でも足りないぐらいである。
それでも事足りているのは、ここが日本であるということ。単一人種で構成されるこの国に於いて、海外発祥であるJUDASにとっては構成員がほぼ異国人である以上、動きにくいのだ。全く異国人がいない訳ではないが、情報に無い異国人がエリカの周囲でうろちょろすれば、嫌でも目立って監視体制に入る。
だからこそ、エリカも短時間ならリリィや護衛を振り切って行動しても問題ないだろうと判断したのだろうが。
「不用心だな、おい」
それでもそう思わずにはいられない飛崎の呆れた呟きに、エリカは照れ笑いした。
「―――メイア。
「なぁに?その呪文」
「儂の婆ちゃん世代のコーヒーを召喚する呪文だ。アイスコーヒーだなんてハイカラな言葉は恥ずかしんだと」
「なにそれ面白そう!―――じゃぁ、私も!レイコー、アリアリで!」
単なる注文に面白がって乗っかるエリカは、既にテーブルにあった紅茶を飲み干して追加注文した。その王族らしくない振る舞いに飛崎は喉を鳴らして。
「で?何だって一人なんだよ。格好の的だろ、今」
「お店を出る時には合流するわ。ここなら平気でしょう?」
飛崎の問いかけに、彼女はすっと目を細める。
「
調べればすぐ分かることだ。この喫茶店がアローレインのフロントであるということは。そして、アローレインが業界では『ヤベーやつ等』扱いされていることも。ここで明確に敵対行為を行えば、一国を相手にすることのできる武力が動き出すことも。
ここは、言ってしまえばこの店は法的根拠のない大使館のようなものだと。
「この間、クオンちゃんの時も思ったのだけれど、むしろレンこそどうしてここの事を知っているの?」
「
「お世話になったのはこちらの方ですよ」
アイスコーヒーを2つ、トレンチに乗せて現れたメイアがコップをテーブルに給仕しつつ口を挟む。主とその客の会話中に口を挟むなど、本来メイドとしては言語道断ではあるが、これだけは言っておかねばならないと配下としての矜持の元にエリカを見る。
「飛崎様がいらっしゃらなければ、我々は存在していなかったでしょう」
「随分見込まれているのねぇ」
それに対し、飛崎は肩をすくめるだけだ。
「で?お前さんは?まさか護衛を撒いて一人で茶ぁしばきたかった、何て言わねぇだろ?」
「聞きたいことがあったの。個人的に、ね。事情が事情だから、リリィにも聞かせるのもどうかと思って」
エリカは前置きを一つして、メイアに視線を向けた。
「メイアてんちょー。貴方達の仲間に、
「個人情報はお答えできかねます」
「命の恩人なの」
「申し訳ありませんが………」
頼みと拒否の言葉が並び、2つの視線が交錯する。沈黙がその場を支配し、そのただならぬ雰囲気に周囲の客の耳目まで集め始めた。
その様子に飛崎はため息を1つついて。
「席、変えるか」
そう言ってメイアに個室を用意させ、エリカを伴って移動し、飲みかけのアイスコーヒーを一息に飲み干すと口を開いた。
「サニーベルの事だろ?知ってるよ」
「会ったことあるの!?レン!」
「おう。まぁな」
会ったこともあるも何も家臣です、とは流石に言わなかった。
「元気に、してた?」
「ここしばらくは会ってねぇが、前に会ったのは………何ヶ月前だったか、アローレインとの共同作戦でな」
適当に虚実織り交ぜた話をでっち上げ、飛崎はエリカに水を向けた。
「恩人って言ってたが」
「そう、ね。協力してもらったから、レンには知っていてもらおうかしら。一応、国家機密になるけどいい?」
またぞろ面倒事か、と思わなくもないが、ここまで聞いた以上引き返すことは出来ないだろう。おそらく、サニーベルとその国家機密とやらに主である飛崎すら知らない関係があることぐらいは推察できた。
「―――私ね、数年前、誘拐されたことがあるの」
結構重めのヤツが来た。
時期的には箱庭にとっての空白期の話だ。飛崎が知らないのも無理はない。
誘拐。単なる未成年略取ではない。一国の要人を誘拐となれば話は金だけでは済まないだろう。
エリカの話を要約するとこうだ。
元々、父であるマティアスがどういう訳か事前にそれを警戒していたらしく、その護衛用にサニーベル・シルヴァリーを伝手を使って雇っていたらしい。国の護衛で十分ではないかと思った飛崎ではあるが、どうもウィルフィード公国も一枚岩では無いようで、外部から自由に動かせる人員を欲したとのことだ。
結果、サニーベルが契約していた二年は表向きには何事もなかった。実際には裏で暗闘の類はあったらしく、そう言った意味では彼女の存在は役に立っていたそうだ。
だが、契約の満了を迎え、彼女が去った翌日にそれは起こる。
その日、政治家を招いた晩餐会が開かれており、エリカもホスト側として出席し、そこをJUDASに襲撃された。幾人もの被害者を出し、エリカは身柄を確保される。そして彼女は連れ去られ、JUDASが教会と呼ぶ廃墟に軟禁された。
「成程。そん時に助けられた、と」
「ええ。目と手を失っても、身を挺して私を守ってくれたの。それについては、お父様が本当に悪いのだけれど」
実はこの襲撃事件、裏で絵図を引いていたのは父であるマティアス自身だ。
いかに契約が満了だったとは言え、国内の不穏勢力を一掃できていない状況下で信用できる手駒をエリカの護衛から外すはずもない。本来であれば契約更新を願い出るか、出来なければ交代要員を送ってもらう事もできた。
だが、敢えてそれをしないで隙を晒し、暴発させた。
無論、それは諸刃の剣であることはマティアス自身も理解していたし、その為に万全の防備を整えていた。惜しむらくは、犯人達の関係を見誤っていたことか。
元々、エリカに限らず最高権力者であるマティアスの家族を狙う勢力があるのは知っていたが、彼はそれは国内の反政府組織か政敵だと思っていたのだ。実際に、その手の暗闘をしている内に、政敵の影が見え隠れしていたのもミスリードとなってしまった。JUDASの信者もいたが、あくまで下っ端だったのでトカゲの尻尾切りよろしく捨て駒に政敵が使っているのだろうと。
まさか、JUDASの方が政敵を利用していて、彼等の狙いがエリカそのものだとは露とも知らず。
結果、襲撃事件にはJUDASが3000人の信者を動員して襲撃し、その中に幹部クラスである者も何人かいて剣帝と謳われるマティアスも数の暴力には抗えず身を守ることで精一杯だった。忍ばせていた国軍にもJUDASの信者がいたのも手痛かった。
かくて幾つかの勘違いと不運が重なって、JUDASの作戦は成功する。そして体制の立て直しをしている最中に、まだ国内にいたサニーベルがその騒ぎを隠蔽していたというのに何処からか聞きつけて、マティアスの元を訪れたそうだ。
エリカを救いに行くから承知しておけ、と。
それは助かると依頼料を提示するマティアスに、彼女は笑顔のまま彼を思いっきりぶん殴り。
『一度でいいから
太陽のようなとてもイイ笑顔で吐き捨て、身の丈に迫る段平を担いで出陣していったそうな。
この数時間後、片手と片目を失いながらもJUDASの拠点をたった一人で潰し、エリカを確保したとの報が入ることとなる。
「だけど彼女、事件後にすぐいなくなったから」
エリカの記憶は、サニーベルが文字通り鬼神の如き剣技と炎でエリカ以外の動くもの全てを撫で斬りにしていく背中と、その拠点のボスであったであろう幹部っぽい男が左右に二分割されたのを最後に途切れている。結構バイオレンスな光景だった。
だがグロ云々よりは、助かったという安堵感と、あの何やらせても駄目だったメイドの戦闘能力に対する驚きが綯い交ぜになって、最後には緊張の糸が切れたのかぷつりと意識を失ったのだ。
次に目覚めたのは、翌日自分のベッドの上で、その時には既にサニーベルは彼女の仲間に回収されていったらしい。
「今アイツがどうしてるか知りたいと?」
飛崎の尋ねに、エリカは静かに頷く。
「―――彼女は昨日まで、キューバ解放作戦に従事していました。今は帰投準備をしている頃でしょう」
それに答えたのはメイアだった。唐突に出た地名に、エリカはここしばらく世界を騒がせている事件を思い出す。
「キューバ?そう言えば皇竜が発生したのだっけ」
「ええ。そちらは片付いたようです。彼女も無事ですよ」
「―――そう。元気でやってるのね。ベル」
安堵して胸を撫で下ろすエリカに飛崎は茶化すように言う。
「一介の傭兵に随分肩入れするじゃねぇか」
「命の恩人と言う理由もあるけれど、それ以上に人生の恩師よ。私の生き方の大部分はあの日々に培ったものだから」
「その妙に享楽的な部分、アイツ仕込かよ」
「そうよ。自分が主役の人生ぐらい楽しまなきゃ勿体ない、ってよく言ってたもの」
どっかで聞いた台詞だ、と彼は呟き、そう言えばと思い至る。
そもそも、サニーベルも他の家臣達の例に漏れずに戦災孤児だ。だが、箱庭に流れ着いた経緯は若干違う。大抵の子供達が箱庭が運営する慈善団体に拾われて流れてくるのに対し、彼女はある女が拾ってしばらく連れ回していた。
「アイツの美学は知恵仕込みの人生讃歌だからなぁ………。本人も『人生はドラマ』とかいっているし。そりゃそうもなるか」
「チエの人生讃歌………?」
人生讃歌、という言葉だけならまだよくあるで済むが、チエのと枕詞が付くと少し様相が違ってくる。
人生を謳歌し、その素晴らしさの名の下にあらゆる無法と非常識さえも手段としながら、結果に善行を持ってくる一人の女がいた。
名を、
既に還暦を超えた老婆なのだが、過去の悪行―――結果で言えば善行から、人の制御できない天災、つまり『
名が売れ始めた頃は『
「………え?タムラチエ?『最果ての魔女』?」
「おお、昔、儂が児童養護施設に世話になってた頃の後輩でな。その頃はまだガキで当然結婚してなかったから
「レン、あなた武神と言いアローレインと言い『最果ての魔女』と言い、とんでもない人脈持っているのね」
「旧世紀の知り合いがたまさか現代の有名人になっているだけだっての」
そう飛崎は韜晦し、エリカを見据える。
「で―――会いたいのか?」
「それはそうね。だけど、呼んで貰うのは少し違うかしら」
「んん?そりゃどういうこった」
「再会はしたいし、いずれ必ずするわ。だけど、それはもっとドラマティックにするべきだと思うの」
そう言って、彼女は師と同じように太陽のような笑みを浮かべた。
●
「全くエリカ様!御自分が何をなさったか理解しておられるのですか!?」
「ごめんね、リリィ」
「謝罪が聞きたいのではありませんわ!いいですか!?そもそも―――」
迎えに来た車の中でリリィの説教を聞き流しつつ、エリカは流れ行く景色を見て確信する。
(―――やっぱり、そうね)
元々、怪しんではいたのだ。
『
その経緯でアローレインと友誼を結び、彼等のフロントであるメイド喫茶に出入りしているのだと。だが、この間のクオンの騒動でアローレインを使用した時、どうも従業員達の様子がおかしかった。おそらく、一般人では気づかなかっただろう。鉄火場に慣れている人間だとしても無理だっただろう。人に傅かれ慣れているエリカだからこそ、その違和感に気づく。
アレは、ゲストに対する態度ではなく、
つまり。
(レンが箱庭の主)
疑問に思ったのと、今後に対する布石、それからサニーベルに関する個人的な事情もあって今日の単身突撃をしたのだ。
結果、その確信に至った。特に、
(なら、私の取るべき道は………)
正直、JUDASに関してはどうやっても後手に回る。
アレは何処の国にも根を張っているし、信者も一般人から政府関係者まで幅が広い。一宗教の信者と考えるよりは敵国の
こちらに関しては、おそらくエリカの異能を目的としているのだろうが、それを使って何をしようとしているかは今一判然としないし、テロリストのゲリラ戦術を全て見抜くほうが無理筋だ。
ならば、今できることは、落着した後の行動。それをエリカは思索しつつ―――。
「聞いているのですか!?エリカ様!!」
まずはこの怒れる従者をどう宥めるかの方法を探った。
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