閑話:エリス・スタリオン

 私はエリス・スタリオン、ロナウディア王国第一王女。卒業と同時にドミニク皇太子と結婚することを前提に、私はグランブレイド帝国の帝立大学に留学した。


 留学の目的は結婚するまでの二年間で、グランブレイド帝国の皇族に相応しい教育を受けること。だけど隣接する大国について学ぶことは王家の人間として常識だわ。


 グラブレイド帝国に実際に来たのは初めてだけど、帝国の歴史と地理に文化、皇族や貴族たちの関係まで全部頭に入っている。魔法と剣術、語学や数学といった基礎教育も私の得意分野だから、帝立大学の授業は正直に言えば退屈だった。


 だけど私は自分の役割を履き違えたりしないわ。ロナウディア王国とグランブレイド帝国の関係を強固なモノにするために、私はドミニク皇太子と政略結婚する。私は王族だからロナウディアオア国のためになるなら、私の気持なんて関係ないのよ。


 ドミニク皇太子の女癖が悪いことも、素行が悪いことも知っている。だけど私さえ我慢すればすべて丸く収まるわ。結婚するまでの最後の二年間を、私は無難にやり過ごすつもりだった。あの日までは――


 ドミニク皇太子が呼び出した部屋に窓はなく、私が入ると同時に鍵を掛ける。これで完全な密室だわ。部屋にいるのはドミニクと私だけ。


「ドミニク殿下。これは、どういうことでしょうか?」


 状況は最悪だけど、私は冷静に質問する。


「どうもこうもない。生意気なことばかり言うおまえに、俺の強さというモノを解らせてやろうと思ってな」


 ドミニク皇太子は赤い髪と褐色の肌の偉丈夫。見た目はイケメンだけど、プライドの高さが滲み出ている。

 ドミニク皇太子は嘲るような笑みを浮かべながら、こっちに近づいて来る。


「こんなことをしたら、いくらドミニク殿下でも国際問題になりますが?」


「おまえさえ黙っていれば、何の問題もないだろう。それとも俺に襲われて傷者になったと宣伝するつもりか? 私とおまえは婚約者だ。婚前交渉など別にめずらしくない」


 ダメだ、こいつは何も解っていないわね。皇太子のドミニクなら簡単に揉み消せる帝国貴族に手を出すのとは訳が違うわ。


私がドミニク皇太子に襲われたことを公表すれば、グランブレイド帝国がロナウディア王国に泥を塗ったことになる。両国の関係を強化するどころか、一気に悪化させることになるわ。


「小賢しいおまえは、俺が言ったことの意味が理解できたようだな」


 私が黙り込んでいるとドミニク皇太子は勘違いしたのか、勝手に服を脱ぎ始める。


 ドミニクは確かに強いし、頭も切れる――だけどあくまでも、それなりというレベルだわ。自分がエリクのような策略家だと思い込んでいるみたいだけど、エリクならこんな馬鹿なことは絶対にしないわ。


「さあ、大人しく俺のモノになれ!」


 上半身裸になったドミニク皇太子が目の前に迫る。私は『防音サウンドプルーフ』を発動すると同時に、股間を思いきり蹴り上げる――ブーツに魔力を込めて。


 ドミニク皇太子が声にならない悲鳴を上げて蹲る。私は鍵を開けて部屋を出る。


 隣の控え室には誰もいなかった。さすがにドミニク皇太子も部下に聞かせる・・・・・・・趣味はないようね。

 さらに扉開けると、ドミニク皇太子の二人の騎士と、毅然とした老婦夫人という感じの私の侍女が待っていた。


「エリス殿下、如何されました?」


 私の微かな変化に気づいた侍女が訝しそうに言う。


「ロゼッタ、帰るわよ」


 状況が解っていない間抜け顔の騎士たちを尻目に、私は『転移魔法テレポート』を発動する。ロゼッタと二人で転移した先はロナウディア王国――


 これで全部投げ出せるなら簡単だけど、そんな訳に行く筈がないわ。私はロナウディア王国の王女だから、王女としての責任を果たさないと。


 だからこれが私の我がままで、結局はドミニク皇太子の下に行くしかないことは解っている。だけど、ほんの少しだけで構わないから――


 私は諦めるための時間・・・・・・・・が欲しかったの。


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