3-10話
「み、みんな……今日は私がサンドイッチを作って来たんだけど……」
「ノエル、ありがとう!」
「凄く美味しそうね!」
みんなは真面目に練習するだけじゃなくて、一緒に楽しく過ごしている。人見知りのノエルもすっかりみんなに打ち解けて、バーンやジークとも普通に喋っている。
サーシャも見学するんじゃなくて、一緒に練習に参加するようになった。
「ところでバーンは、エリス殿下について何か聞いているか?」
「いや、俺もエリクから聞いて初めて知ったくらいだ。もうグランブレイド帝国に戻らないって言っているんだろう? さすがにそれは不味いと思うが」
グランブレイド帝国とロナウディア王国は大陸西部の二大大国であり、ドミニク皇太子とエリス王女の結婚は二国の関係を強固にするためのモノだ。それが破談になれば、関係に亀裂が入る可能性がある。
「なあ、バーン。ドミニク皇太子って、どんな奴なんだ?」
「俺とは五歳違いなんだが……正直、俺はドミニク兄貴が苦手だぜ」
バーンにしては、めずらしく歯切れが悪い。
「ドミニク兄貴は強いし頭も良い。だが自分よりも下の相手を馬鹿にして、人前で
弟のバーンもドミニク皇太子の被害にあったんだろう。情報収集は冒険者の基本だから、ドミニク皇太子の人物像は一応掴んでいるけど。評判通りの奴みたいだな。
「俺も姉上のことは何も聞いていない。ロナウディア王国に戻って来てからも、姉上は以前に使っていた学院の寮の部屋にいるから。俺もほとんど話をしていないんだ」
ジークはエリス王女のことを心配そうに話す。実の姉のことだから当然だろう。
「私はエリス殿下が自分の我がままで行動するような人とは思えないわ」
ソフィアはエリクの婚約者だから、貴族嫌いのエリス王女とも面識がある。ソフィアが言うには、帝国に留学する前のエリス王女は気さくな性格で面倒見が良く、ソフィアにも優しく接していたそうだ。
「エリス殿下は優しいだけじゃなくて聡明な人よ。だからロナウディア王国に戻って来たことにも何か理由がある筈だわ」
「私もそう思いますわ。エリス殿下が軽はずみな行動をするとは思えません」
サーシャもジークの婚約者だから、エリス王女と面識があって。エリス王女が留学するまで仲良くして貰ったそうだ。
俺としてはエリス王女と関わりはないし、余計な口出しをするつもりはない。だけどジーク、ソフィア、サーシャが心配そうにしているし。ミリアとノエルも、そんな三人のことを気遣っている。
だからもし俺に何かできることがあれば、やろうとは思っていたけど――
※ ※ ※ ※
昼休み。俺はエリクのサロンに呼ばれた。
「アリウス、実は姉上――エリス王女に関して、君に相談したいことがあるんだ」
唐突な話だけど。エリクは真っ直ぐに俺を見る。
「姉上の婚約者であるグランブレイド帝国のドミニク皇太子が、裏で好き勝手にやっていることは解っている。証拠は残っていないけど、ドミニク皇太子はヨルダン公爵に資金援助していた。グランブレイド帝国が勇者同盟軍の動きを静観している陰で、イシュトバル王国と繋がっている可能性も高い」
ドミニク皇太子については、良い噂を聞いたことがないけど。まさかヨルダン公爵やイシュトバル王国と繋がっていたとはな。
「王侯貴族が政治絡みで暗躍するのは良くあるは話だ。僕も人のことは言えないからね。だからこれは僕の我がままだ。僕はドミニク皇太子を失脚させて、姉上との結婚を破談にさせようと思っている」
エリス王女との結婚を破談にさせるために、ドミニク皇太子を失脚させる? そこまでしたらグランブレイド帝国も黙っていないだろう。
「勿論、根回しはしてあるよ。ドミニク皇太子は他にも色々とやらかしていて、グランブレイド帝国の皇帝もそれに薄々気づいている。だから証拠さえ掴めば、文句は言わないと承諾を得ているよ」
皇帝と話をつけているのか。さすがはエリクというところか。
だけど、そこまでしてエリス王女とドミニク皇太子の結婚を破談にする理由は何なんだ?
「僕は元々
エリス王女は帰国した理由を誰にも話していないらしい。これはエリクが自分で掴んだ情報だ。
王族にとって婚前交渉はご法度。だけどドミニク皇太子は女癖が悪いことでも有名だから、エリス王女さえ黙っていれば、どうにでもなると思ったんだろう。
「姉上のことだから、ドミニクとの婚約を本気で破棄するつもりはないと思う。ロナウディア王国に戻って来たのは、気持ちの整理をつける時間が欲しかったからだろう。姉上は王国のためなら自分を犠牲にしても構わないと思うような人だからね。だけど、だからこそ僕はドミニクを失脚させて、姉上との結婚を破談にしたいんだ」
俺は前世で兄弟がいなかった。双子の弟と妹のシリウスとアリシアについても、いまだに兄弟という実感が湧かない。だから兄弟という感覚がよく解らないけど、エリクがエリス王女のことを心から想っていることは解る。
「アリウス、僕は姉上と一緒にしばらくグランブレイド帝国に行くことになる。ドミニクを失脚させるだけの材料を集めるには、僕が直接動く必要があるんだ。ドミニクは意外とガードが堅くて、相手はグランブレイド帝国の皇太子だから、ヨルダン公爵のときのような手も使えないからね。
だけど安心してくれ。君に約束した勇者同盟軍に関わる国の情報収集は、グランブレイド帝国にいる間も続けるし。何か動きがあれば手を打つからね」
エリクはエリス王女のことで相談したいって言ったけど。結局、全部自分でやるつもりで。俺に義理を通すために、自分がやろうとしていることを話したのか。
「エリク。それで俺は何をすれば良いんだ?」
「アリウス、君は何を言っているんだよ? これは僕と姉上の問題だ。アリウスにとっては、勇者同盟軍を止めることの方が重要だろう」
「情報収集と工作はエリクとアリサに任せているだろう。勇者同盟軍が『魔族の領域』に侵攻を開始したら勿論動くけど、俺には距離の問題は関係ないからな」
『
「俺はエリクに協力して貰っているのに、エリクに協力しない筈がないだろう。ヨルダン公爵のときのような手が使えないなら、強行手段を使うってことだよな。それこそ俺が適任だろう」
俺ならグランブレイド帝国の皇帝の居城に、誰にも気づかれずに侵入できるし。最悪実力行使をすることになっても、俺がいればエリクとエリス王女を護ることができる。
「アリウス、君の気持ちは嬉しいけど。僕はそんなつもりで君に話した訳じゃないよ」
「勿論、解っているさ。その上で言っているんだ。俺もドミニク皇太子が許せないからな。エリクの話を聞いてエリス王女が良い奴だって解ったし、婚約者だからって、何をしても良い訳じゃないだろう」
エリクにしては、めずらしく困った顔をする。計略好きのエリクでも、今回に関しては他意はなくて、俺に義理を通すだけのつもりで話したんだろう。
「エリク、これは決定事項だからな。俺にも協力させろ。断るなら、おまえには勇者同盟軍の件から手を引いて貰う」
「どうやら僕は人の話を聞かない友人を持ってしまったようだね……アリウス、ありがとう。僕に力を貸してくれ」
エリクが覚悟を決めたように、
「当然だろう。それにしてもエリクは、エリス殿下を信頼しているんだな」
「僕がこの世界で頭の上がらない数少ない女性の一人だからね」
エリクが苦笑する。エリクが頭の上がらない相手なんて、想像できないけど。
「君も一緒にグランブレイド帝国に行くことになるなら、姉上と一度話してみたらどうかな? 君と姉上は気が合うと思うよ」
「エリス王女はグランブレイド帝国について詳しいんだろう? だったら事前に話を訊くのも悪くないな」
このとき、俺は何気なく答えたけど。エリス王女と話す機会は予想外に早く来た。
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