3-14話

 カーネルの街の冒険者ギルドで、俺は冒険者たちと夕飯を食べている。だけど、なんで俺が他の奴らのメシまで奢ることになっているんだよ?


「まあまあ。太っ腹のアリウス君は、結局奢ってくれるんだよね」


「あんたは……マルシアのせいで、アリウスが|あの子たち(・・・・・)にも奢るハメになったんだから。少しは反省しなさいよ」


「ジェシカは何を言っているのかな。アリウス君は、そんな細かいこと気にしないよね?」


 まあ、メシ代を奢るのは構わないけど。マルシアのせいで奢らされるのは、ちょっとムカつくな。


 俺に喧嘩を売った六人の女子は、端の方のテーブルでメシを食べている。こっちを窺う視線には、色々な感情が入り交じっている。

 ロングウェーブの女子レイが仲間を起こすために使ったバケツの水は、六人の女子が自分たちで片付けた。マスターの無言の圧力に耐えられなかったようだな。


「それにしても、あいつらを見ていると昔のジェシカを思い出すよ」


 五年前にカーネルの街を訪れたとき。俺に唯一喧嘩を売ったのは、当時一五歳のジェシカだからな。


「ア、アリウス。私はあいつらほど酷くなかったでしょう!」


 まあ、グレイとセレナに憧れていたジェシカの場合とは全然状況が違うけど。

 六人の女子はしばらくこっちを窺っていた。だけど意を決したように立ち上がって、俺たちのテーブルへやって来る。


「なあ、あんた……マジでSSS級冒険者のアリウスなのか?」


 ツインテール女子ヘルガがバツの悪そうな顔をする。レイに水を掛けられたときは、また飛び掛かって来そうな勢いだったけど。俺がSSS級冒険者だと知って、自分がしでかしたことに気づいたのか。


「ああ、そうだけど。相手の実力も計れない奴が、やたらと喧嘩を売るなよ。そんなことをしていたら、早死にするからな」


 ヘルガは悔しそうな顔で黙り込む。何もできないで俺に気絶させられたから、言い返しようがないんだろう。


「アリウスさん、今回の件は本当に済みませんでした。その上メシまで奢って貰って、申し訳ないと思っています」


 レイが深々と頭を下げる。こいつが六人のリーダーってところか。


「反省しているなら、もう良いって。メシくらいで、どうこう言うつもりもないしな。おまえら、メシでも酒でも好きに注文しろよ」


「さすがはSSS級冒険者だな。私たちと稼ぎが違うって訳だ」


 さっき武器を抜こうとしたショートボブ女子がニヤリと笑う。


「おい、ルージュ。ふざけるのも良い加減にしろ!」


 レイが嗜めるけど、こいつらのリーダーをやるのは大変そうだな。


「なあ、アリウスさん。さっき私たちを気絶させた早業、マジで凄えな!」


「そうそう。全然動きが見えなかったぜ!」


「なあ。どう鍛えたら、あんな動きがでいるんだよ?」


 ポニーテール、前髪ぱっつんショート、ストレートロングの三人が興味津々という感じで俺を見ている。だけどこいつら、全然反省してないな。


「おまえたちまで……アリウスさん、本当に何度も済みません! あとでキチンと言い聞かせますので」


「いや、こいつらは|真面(まとも)に反省なんてしないだろう。だけど俺は別に怒ってないからな。これ以上俺に関わらないなら好きにしろよ」


 痛い目を見ないと解らないなら仕方ない。そこまで面倒を見てやるつもりはないからな。


「一つだけ忠告しておくけど。好き勝手にやりたいなら、もっと強くなるんだな」


 我がままを通すには実力が必要だ。だけどこいつらは所詮B級冒険者だからな。

 しかも『白銀の翼』の次にS級冒険者になるのは自分たちとか舐めたことを言ったから、冒険者ギルドで完全に浮いている。自分たちだけで頑張るしかないな。


「いや、ちょっと待ってくれ!」


 話に割り込んで来たのは、ツインテール女子ヘルガだ。


「手も足も出ずにあんたに負けて、私は実力の違いを思い知ったんだ。自分が思い上がっていたって、解ったんだよ」


 ヘルガは真剣な顔で俺を見る。


「アリウスさん、済まなかった……勘弁してくれ」


 自分たちと同類だと思っていたヘルガの態度に、レイ以外の四人がシラケた顔をする。だけど俺はきちんと反省して前に進もうとする奴は嫌いじゃない。


「なあ、ヘルガ。ここからは、おまえ次第だからな。だけど変な期待はするなよ。おまえの面倒を見てやるほど、俺は暇じゃないからな」


「そんなことは解っている。今さらあんたに頼めるかよ」


「だけどおまえを鍛えてくれる奴を紹介くらいはしてやるよ。なあ、ゲイル。おまえたちは暇だろう? ヘルガの面倒を見てくれないか。勿論、報酬は本人に払わせるから」


 ゲイルたちのパーティーは、今はそこまで真剣にダンジョンを攻略していない。だから時間的な余裕はある筈だ。それにもう一つ、ゲイルに頼むことには理由がある。


「ガキの面倒を見るくらい構わねえけどよ。お嬢ちゃん、俺はアリウスみたいに優しくないぜ」


 いきなり話を振ったのに、ゲイルは文句を言わない。こいつは意外と面倒見が良いんだよ。だけど俺は優しくないからな。

 ヘルガがゲイルの実力を見定めようと目を細める。


「私にはあんたがどれだけ強いのか解らない。こっちから頼むのに悪いが、実力を試させて貰って構わないか?」


「ああ、別に構わねえが。怪我しても文句を言うなよ」


 冒険者ギルドの修練場で行ったヘルガ対ゲイルの模擬戦は一分で片が付いた。開始早々にヘルガは投げ飛ばされて、唖然としているところにゲイルが剣を突きつけて終了だ。まあ、ゲイルのレベルは二○○を余裕で超えているから当然の結果だろう。


「ああ、解ったよ……ゲイルさん、私の完敗だ」


 ヘルガは素直に負けを認める。だけど今度もレイ以外の四人の女子が、こんなオッサンに負けるなんてあり得えないと蔑んでいる。


「てめえら、好きに言えよ。私はパーティーを抜けるからな。ゲイルさん。下働きでも何でもやるから、私に戦い方を教えてくれ」


「お嬢ちゃん、良い心掛けだな。俺が徹底的に鍛えてやるぜ」


 こう言うと何だけど、ゲイルは冒険者として停滞している。それなりに強くなったことに満足して、目標を見失っている感じなんだよ。


 ジェイクと違って|荒(すさ)んでいる訳じゃないから問題ないけど。ヘルガを教えることがゲイルの刺激になるじゃないかと思ったんだ。これがゲイルにヘルガのことを頼んだもう一つの理由だ。


「ヘルガ、てめえ……裏切るのか」


 ショートボブ女子ルージュがヘルガを睨む。


「パーティーに入るのも抜けるのも自由だろう。下らないこと言うなよ」


 まあ、ゲイルが面倒を見るんだからな。ルージュが下手なことを考えても、ヘルガに手は出せないだろう。


「なあ、レイ。おまえはどうするんだよ?」


 レイも他の四人と違って真面だからな。真面目にやる気があるなら、他のパーティーを紹介しても構わないけど。


「アリウスさん、私は……こいつらの面倒を見る責任がありますので」


 リーダーだから仲間を見捨てられないか。まあ、それも選択肢だろう。だけどレイはこれからも苦労しそうだな。


「アリウスが何を考えているのか、私にも解るわよ」


 ジェシカが小声で囁く。


「あの子たちをダンジョンで見掛けたら気に掛けるように、他のパーティーのみんなにも言っておくわ。ホント、アリウスは女に甘いわよね」


「ジェシカ、助かるよ」


 俺たちにできることはここまでだ。レイも冒険者なんだから、あとは自己責任だな。


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