第360話:バーンの生き方


※三人称視点※


 3本のマストに旗めく四角い帆と、船首と船尾の三角マスト。グランブレイド帝国籍の商船マーズマリー号は、フランチェスカ皇国南方の近海を進む。


 グランブレイド帝国の自治領ルブナス公国の大公カサンドラ・ルブナスは、陽光を浴びながらアルコール度が高い蒸留酒を飲んでいる。カサンドラのステータスなら、酒など幾ら飲んでも酔うことはないが。


赤い髪と褐色の肌。170cm超と女としては長身な身体は、2人の子持ちとは思えないほど鍛え上げられており。男物のシャツとズボンにブーツいう格好で。不敵な笑みを浮かべる顔は美しいが、獣のようなどう猛さを感じさせる。大半の男は委縮してしまいそうだ。


 一般の商船に同航している筈なのに、カサンドラの振る舞いは帝王然としており。カサンドラの周りだけ空気が違うが、船員たちも誰が本当の支配者なのか心得ており。カサンドラの不遜な態度に、文句を言う者などいなかった。


 このとき。カサンドラの視界に突然、飛空艇が出現した。幻術で普通の飛空艇に偽装しているが、カサンドラに幻術など通用しない。


「思っていたよりも、早かったな。まあ、どうせあの男が手を貸したのだろう」


 いつの間にか、カサンドラの周りを10人の部下たちが固めている。年齢は40代から20代半ばと様々だが、共通するのはその実力。全員がSS級冒険者クラスで。殺し合いが日常の彼らは、敵襲に眉人動かさないで戦闘態勢を取る。


 飛空艇は急速に降下して、商船の真上に迫る。商船の乗組員たちが慌てて騒ぎ出すが。


「静まれ! 何を騒ぐ必要がある。ここには、この私がいるのだぞ?」


 カサンドラの良く通る声が響くと、船員たちは気圧されて一斉に口を閉ざした。


※ ※ ※ ※


 カサンドラが乗る商船を捉えると。グランブレイド帝国軍所属の『黒鷲号』は、バーンの指示で商船に急接近。20mほどの高さで、商船に並走する位置につく。


 船体の横にある鋼鉄の扉を開けて、商船に向けてロープを落とすと。鎧姿のバーンとグラブレイド帝国の騎士たちがロープを伝わって、次々と商船の甲板に降り立つ。


 さあ、バーンのお手並みを拝見するか。『|認識阻害(アンチパーセプション)』と『|透明化(インビジブル)』は発動済みだ。俺は上空から船上の様子を窺う。


 カサンドラを守るように立つ10人の部下。全員が、かなりの実力者だ。


 それに対してバーンに付き従う50人ほどの帝国騎士たちも、全員が100レベルを超えているけど。10人の男の相手をするには、戦力的には心もとないな。


「バーン。騎士たちを連れて飛空艇で乗り込んで来るとは、どういう了見だ? 私はバカンスを楽しんでいるのだぞ」


「御託は聞きたくない。俺はカサンドラ姉貴を止めに来たんだ。カサンドラ姉貴はフランチェスカ皇国の貴族を抱き込んで工作して、戦争を起こすつもりなんだろう。勿論、俺を動かすために、情報をわざと漏らしたことも解っているぜ。強かなカサンドラ姉貴が簡単にバレるようなことをする筈がないからな」


 俺はバーンにカサンドラの意図までは伝えていない。だけどバーンは意外と鋭いからな。状況から自分で答えを導き出したんだろう。


「バーン、おまえが何を言っているか解らないが。もしおまえの想像通りだったとしたら、どうするつもりだ? おまえたちの実力で、私を止められると思っているのか。まさか自分が弟だから、私が手心を加えるなどと甘いことを考えているのか?」


「俺もカサンドラ姉貴の性格は理解しているつもりだ。姉貴にとっては、姉弟なんて関係ない。必要なら血肉の争いも平然とするだろう」


「なるほど。バーンも解っているようだな。ならば、どうするというのだ?」


「どうするも何も、俺は全力でカサンドラ姉貴を止めるだけだ」


 バーンはカサンドラを見据えながら、ゆっくり近づいていく。周りを固める10人の男たちが反応しようとするが、カサンドラは身振りで制して。面白がるように笑みを浮かべながら、バーンの方に進み出る。


「良いだろう、バーン。おまえの全力を見せてみろ」


「ああ。そうさせて貰うぜ!」


 バーンは拳に魔力を込めて、カサンドラに殴り掛かる。


 学院の1年生だったとき。相手の攻撃を躱すことを一切しなかったバーンに、それは傲りだと俺は伝えて、実力で解らせた。


 バーンは相手の実力を素直に認められる奴だから。そこからバーンは自分の戦い方を見つめ直して、強くなるために努力した。


 魔力操作の仕方も覚えて。バーンはやると決めたらやる奴だから。真面目に鍛錬を続けて来たんだろう。あれから10年近く経つけど。バーンは確実に強くなった。だけど――


 バーンの拳をカサンドラは最小限の動きで躱して、カウンターを叩き込む。カサンドラの一撃をモロに食らったバーンは、身体ごと弾き飛ばされて。高く空中を舞って、船体に背中から叩きつけられる。


 拳が当たった部分の鎧が砕けて、腹から大量に流血している。だけど、これでもカサンドラは手加減している。本気で殴ったら、バーンは死んでいたからな。


「バーン殿下!」


「おまえたちは、手を出すな」


 駆け寄ろうとするガトーとジャンたちをバーンは止めて、腹を押さえながら立ち上がると。自分で回復魔法を発動する。バーンは意外と魔法が得意だからな。


「カサンドラ姉貴。手加減しなくて良いぜ」


「バーン。おまえは死にたいのか?」


「そんなつもりはないぜ。俺は全力でカサンドラの姉貴を止めるだけだ!」


 完全な脳筋発言で、全然理屈に合っていないけど。これがバーンの生き方だ。


 バーンだって、カサンドラに勝てるとは思っていない。無謀なことは解っていても、カサンドラを止めるために引くことはできない。


 たとえ自分がカサンドラに殺されたとしても、絶対に引かないという意志を示す必要がある。その強い意志がグラブレイド帝国の騎士たちに伝われば、それで構わないと。


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